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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第4部 黒薔薇舞う
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騎士の誓い 4

 ティエラ王女王太子就任から五日。

 エヴァンス王子の屋敷でしばし休養していたセレナがすっかり回復し、レティシアたちも事件の事後処理や調査が全て終わったため、アバディーンを発つことになった。


「あなた方にはいくら感謝しても、足りないくらいです」


 王太子となったティエラ王女は、どこまでもすっきりした表情で言った。


「アルストルを出たばかりの私は、王女としての役目から逃げたいとばかり思っていました。でも、皆さんが私を助けてくれました。共に戦ってくれました。私はあなた方の恩に報いたいです」


 それに、とティエラ王女は傍らに立つ者たちを手で示した。


「……私には、大切な夫と愛しい息子、優しいお祖父様、そして頼りになる従弟がおります。そして、私を支えてくれたたくさんの方々が……。私は一人ではないと、ようやく気づけたのです。私はこれから、女王としての勉強を続けるつもりです。お父様が愛したこの国を、私が守っていきます」


 ティエラ王女たちに見送られて、ディレン隊の乗る馬車はアバディーンの門をくぐり抜けていった。

 アバディーンに来たばかりの頃は真っ白な雪に覆われていたのだが、今はすっかり雪も解け、初春の日差しが惜しみなくアバディーンの王都を暖めていた。


 対面式の馬車の内部では、男性三人と女性四人が向かい合って座っていた。

 そして皆は、向かい合って座るレイドとセレナの動向に注目していた。


 レイドは腕を組んで窓の外に目を遣っており、セレナは本を読んでいるのだが――レイドが徐にセレナの方に視線を動かした。セレナも、本から顔を起こす。


 二人の視線がぶつかる。レイドの唇が、ほんのわずかに吊り上がって弧を描く。それを目にしてセレナの頬がさっと薔薇色に染まり、レイドの視線から逃げるように本に目を落としてしまう。緩やかなウェーブの掛かった髪から覗くセレナの耳の縁も、真っ赤だ。


「……あぁー! あっついあっつい! この馬車、魔道暖炉が効き過ぎなんじゃないかしらぁ!」


 微妙な空気を取っ払うかのように声を張り上げ、ノルテはガバッと両脚を開くと手で自分の顔を仰ぐ仕草をした。


「おいレイド、ちょっとクールダウンしなさいよ」

「俺?」


 レイドはきょとんとしてノルテを見た。目を丸くさせる仕草はまるで幼い子どものようで、初めて見る隊長の表情に、皆一様に新鮮な驚きを感じた。


「しかし、この馬車の魔道暖炉はそれほど強力ではなかったはずだが……オリオン、おまえの座席の下辺りに調節摘みがあるだろう……」

「……もういいっす」


 暖簾に腕推し糠に釘。さしものノルテも脱力している。

 どかっと座席に身を投じ、ふはー、と切ないため息をつく。


「あー、こうなるんだったら先にアンドロメダ帰すんじゃなかった!」

「同じ穴の狢だろ。我慢しろ、ノルテ」


 珍しくもノルテを冷静に諭すオリオンだが、その額には丸い青あざが付いている。ミランダも、優雅に脚を組んで隣のノルテの肩をポンポンと叩いた。


「オリオンの言う通りよ。これも鍛錬のうちだと思って諦めなさい」

「こんな我慢大会が何の役に立つってのよ!」


 いきり立つノルテ。口には出さないがノルテに同情しまくっているミランダたちと、訳が分かっていないレイドとセレナ。二人は顔を見合わせ、互いに首を傾げ合っている。


「ったく! こっちは恋に恋して恋に恋いこがれるうら若き乙女だってのに、ちょーっとくらいは遠慮してほしいもんだわ、まったく」


 ぶちぶち言いながらブランケットにくるまり、ミランダの膝に頭を乗せるノルテ。そんなノルテをよしよしと撫でるミランダに、大きな体でがっくりと肩を落とすオリオン。当の本人たちは馬車内の空気が理解できないのか、きょとんと互いに見つめ合っている。


 レティシアはそんな仲間たちを、一番奥の座席から遠巻きに眺めていた。

 実際にレイドから制裁を受けたのはオリオンだけだが、レティシアたちも「あの場」にいた。そして、レイドとセレナの「あの場面」をしっかり見ていた。


 セレナの巻き毛に唇を落とすレイド。赤面しつつもレイドの告白を受けるセレナ。

 夢見る女の子たちの憧れるシチュエーション。


 レティシアは「恋に恋いこがれる」質ではないが、やはり親友二人の幸せな場面を見ていると胸が高鳴った。セレナの恋心に気付いていたからこそ、二人の想いが通じたのは非常に喜ばしかった。


(いつか、私もセレナみたいになるんだろうか)


 誰かに恋して、その人に愛の告白をされる日が。

 そんな日を、心の奥のどこかでは強く望んでいた。


 ふと、レティシアは自分を見つめる視線に気付いた。顔を上げると、穏やかな表情でレティシアを見つめる金髪の少年が。

 彼のスカイブルーの目は優しく、その薄い唇が動いて、「よかったね」と声を出さずに囁かれる。


 レティシアは小さく頷き――そして、さっと顔を逸らした。

 よく分からないが、顔が熱い。

 これ以上クラートの顔を見ていると、頭が茹だってしまいそうだ。


(……もし、私にも大切な人ができたら)


 セレナみたいに、きれいに笑うことができるだろうか。


 いつか、そんな日が来れば―― 

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