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マージナイト・プリンセス  作者: 瀬尾優梨
第4部 黒薔薇舞う
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騎士の誓い 1

 エルソーン王子、失脚。王子としての身分剥奪。勲章並びに名誉職を全て廃し、今後リデル王政への一切の介入を禁ずる。


 ティエラ王女王太子就任式の夜の出来事は一瞬にして国中に広められた。

 王子に荷担していたとされる魔道士はエルソーン王子の失脚を予期して会場から逃亡し、目下捜索中。兵士殺戮事件の首謀者も、エルソーン王子並びにこの魔道士であることが明らかになった。


「それにしても、まさかセレナがエヴァンス王子に匿われていたとはなぁ」


 仲間内だけの午後のお茶会。

 オリオンが漏らした大きな独り言に、誰もが心の中で賛同の声を上げた。

 レティシアは隣の席のクラートのカップが空になったのを見、すぐさま立ち上がった。


「新しいお茶淹れますね。クラート様、お味は何がよろしいでしょうか」

「俺はオレンジ!」

「レティはあんたじゃなくってクラート様に聞いたのよ、この筋肉饅頭」

「いいだろ、どうせクラートは何でもいいって言うんだから。なぁ、クラート!」

「そうだね……今度は確かにオレンジが飲みたい気分かも」

「ほれみろ! 分かったかクソガキ!」

「クラート、別にオリオンに迎合しなくてもいいのよ」

「気にしないでくれ、ミランダ。本当に飲みたいんだよ」


 わいわいと勝手に盛り上がるディレン隊の仲間たち。

 レティシアは通常運転な仲間たちの様子にくすりと笑みを零し、ポットを手に取った。


 ――あの日。ポットの裏側に隠されていた手紙。

 皆が緊張する中、クラートによって読まれたそれはなんと、エヴァンス王子からの内密の手紙だった。


 短い手紙の中でエヴァンス王子は次のようにレティシアたちに伝えた。


 ――気絶したセレナをエルソーン王子の監視下からかっさらい、自邸に匿ったこと。王太子就任式の際は会場の封魔体制を一部解除し、破魔鏡を覆い隠すよう会場を飾ること。後は自分たちにとって都合のいいように動いてくれと。


 すぐさまレティシアたちは動いた。エヴァンス王子の息の掛かっている使用人の手引きで部屋を抜け出し、男性陣は会場に潜入。ノルテは姉女王と接触して二頭のドラゴンを連れて会場外で待機。

 そしてレティシアは先日セレナが着たものとよく似たデザインのドレスを着て、ミランダに複雑な整形魔法を掛けてもらいセレナになりすました。


 顔立ちは変えられても残念ながら身長を伸ばす魔法はないとのことで、ばれないかと内心ヒヤヒヤしていたが杞憂に終わった。要はエルソーン王子が、自分が捕らえ損ねたセレナが目の前に現れたと勘違いして動揺してくれればよかったのだ。

 結果、エルソーン王子に従属していた魔道士は己の不利を悟って、雇い主を捨てて逃亡。ティエラ王女の行動によってエルソーン王子の罪も暴かれ、晴れてレティシアたちも釈放の身となった。


 そして今朝、エヴァンス王子直々にディレン隊の部屋を来訪し、少しばかりやつれた顔で事の顛末を語ってくれた。


 ――エヴァンス王子はレティシアの予想通り、ティエラ王女護送隊のトップにいながらも、父であるエルソーン王子から道中の王女暗殺を命じられていた。父の愚行に最初こそは抗議したエヴァンス王子だったが、友人や領民などを盾に取られ、しぶしぶ父の命に従ったのだという。


 アルスタット地方からアバディーンまでの道中、いくらかの拠点を王女暗殺の場にと計画していたが、土砂災害をきっかけにマックアルニー子爵領主館を実行の場に定め、父王子が手配した手先を集合させた。


 エヴァンス王子は一日掛けて館の造りを確かめ、夜、屋敷荒らしを前段階として暗殺計画を開始させた。だがクラートの機転で兵の配置変更と王女のすり替えが行われた。エヴァンスが首謀者だと知られてはならない以上、王女すり替えまで反映させるわけにはいかない。よってクラートが立てた配置案を書き換えて手先には兵の配置のみ伝えて、わざとセレナの方に手先を仕向けた。


 だが想像以上にディレン隊やベルツ子爵の動きが速く、三階にいる本物の王女暗殺は叶わなくなった。最後に一矢をと、幼いレアンに剣を向けたがレティシアに庇われる姿を見て戦意を完全に失ってしまったのだという。


 その後、任務不履行ということで父から謹慎処分を命じられて城に軟禁されていた。

 これまでのことを鑑み、エヴァンス王子は父を王太子に推すことはできなくなった。父を裏切る覚悟を決め、ティエラ王女を守ることを決意した。

 そしてティエラ王女を落とす材料にセレナが使われるという情報を手に入れた。このままセレナが「証拠」として拘束されればティエラ王女の勝ち目はない。よって辛くもセレナを父から奪い、自邸で静かに療養させていたのだ。


 ふと、ポットに湯を入れていたレティシアは顔を上げた。


「……今朝早くにエヴァンス殿下がいらっしゃったけど、殿下は今後大丈夫なのかしら」


 レティシアのつぶやきに、オリオンと口論していたノルテがくるりと振り返った。


「そんなこと心配する必要ないって。だって、殿下の取った行動は騎士として正解だったと思うよ。そりゃあ、いくら肉親の命令といえどティエラ王女様を狙ったのは処刑に値する行為だけれど、殿下はその罪も自覚してらっしゃったしセレナも助けてくれた。わたしたちにも手を貸してくれたわ。何より……」

「何より?」

「……あれだけイケメンだもの! たとえ世間が許さなくったって、このノルテさんが許したげるっての!」

「……イケメンかイケメンじゃないかはこの際関係ないだろ」

「甘いわ、脳筋男。イケメンは世界を救うのよ」

「言ってろ」

「それに」


 再びぎゃあぎゃあいさかいを始めた二人をさておき、クラートはレティシアが淹れたオレンジティーを片手に緩く微笑んだ。


「この度の件は、ティエラ王女からのお許しももらったのだからね」


 ティエラ王女の王太子としての最初の職務は、今回の事件の処理だった。

 エルソーン王子は王女暗殺を企てた罪で即刻処刑でも構わないと法務官は言ったが、ティエラ王女はこれには首を縦に振らなかった。その代わり、エルソーン王子の身分を全て剥奪してアバディーン王城に生涯幽閉。殺すのではなく生きて罪を償わせるということで、法務官も納得した。


 続いて問題になったのが、エルソーン王子の実子エヴァンス王子である。エヴァンス王子は最後まで、自身の処罰を望んだ。もしくは、騎士として潔い死を認めてほしいと願った。

 だがティエラ王女はそれも固辞した。もし己の過ちを認め、リデルのために尽くしたいと願うのならば、いずれ女王となる自分を支えてほしい。全てが学びの途中である自分の右腕となり、王太子の補佐になってもらいたいと。


 エヴァンス王子はティエラ王女の出した案に最初こそ渋ったものの、祖父であるエドモンド国王の了承も得たこともあり、間もなく首を縦に振った。エヴァンス王子は一月間の謹慎の後、王太子ティエラの補佐官であるリデル公爵に就任するのだという。

 社会から抹消され、首を落とされても仕方のなかった彼からすれば一番の罰であり、同時に最高の名誉だと言えるだろう。


「……それならいずれ、こちらからもご挨拶に伺わないといけないわね」


 そこで一旦言葉を切り、ミランダは部屋の中にいる面々の顔を順に見渡した後、ふっと肉厚の唇を吊り上げて笑った。


「きっと、今頃向こうも落ち着いている頃でしょうし、ね?」


 ミランダの意味ありげな言葉と笑顔を受けて。


 レティシアたちは一旦互いの顔を見合わせた後、神妙な顔で頷き合うとソファから腰を上げた。

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