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第三話  潔癖症の清水さん




 俺は、授業のない日はなるべくアルバイトに入るようにした。

 早く慣れて、なんでもできるようになりたいからだ。


 黒崎と立木は、社員なので基本毎日出社している。

 他の社員さんたちとは、まだちょっと話ができてない。

 

 マッチョの立木は、底抜けに明るい兄貴って感じで楽しい人だった。

 なぜか俺のことを、「少年」と呼ぶのが謎だったけど。


 「少年よ!! 我が虎えもんには慣れたかな?」


 今日も明るく立木の兄貴が、ロッカールームで声かけてきた。

 上半身裸で、ムッキムキだ。

 

 「はい! おかげさまで! 立木さんの筋肉、今日もキレてますね!」


 「おうよ!」


 そうやって、ボディービルダーがよくやるポパイのポーズをした。


 「アホなことやってないで、さっさと準備しろよ。今日結構詰まってんぞ仕事」


 あきれ顔で黒崎が入ってきた。


 「ああ、またあの潔癖症の清水さんかぁ~」


 立木が困ったという顔をしてぼやく。


 「常連さんなんすか?」と俺が尋ねると黒崎が答えてくれた。


「ああ、しょっちゅうな。潔癖だから事あるごとに呼びつけられる。

 まあほとんどが片づけだから、そんなに大変じゃないけどな」


 「でも、清潔感のあるやつが行かないといけないから、いっつも黒崎が行くことになってる。

 今日は、少年も行ってくるがよい! 清水さんに気に入られそうな気がする」


 「は・・・はぁ・・・」


 立木の兄貴も清潔感あるように見えるけどな・・・。一体何がNGなのか。

 俺は、まだみぬ清水さんに想いを馳せた。


 潔癖ってどんななんだろう。

 俺の身の回りには、いないタイプだから想像できないや。


 ロッカーから移動して、また2tトラックに乗る。

 今日もまたこの前みたいな大片づけなんだろうか・・・。

 

「今日の清水さんな。ちょっとうるさい人だから、ひとまずあの人の言う通りに動け。

 そんな無理難題言ってくるわけじゃないから安心しろ。

 ちょっと住んでる世界が違うだけだ」


 どんな人なんだよ!!! 

 

 俺は、内心冷や冷やしながら、清水邸に向かった。


 閑静な住宅街の中の一軒家で、小奇麗なデザイナーズ物件って感じだった。

 門の前でインターホンをならし、到着を知らせる。


 「どうぞ!」と甲高いけど男の声が聞こえた。


 黒崎が、振り返って「ゴム手袋しろ」というので、持ってきたゴム手袋をはめた。

 門をあけて、中に進み、玄関のドアを開ける。


 「は~~い、ちょっとストーーーップ!!」


 禿げ上がった30代の色の白い男が両手を前に突き出して立っていた。


 「除菌しますので」といって、なにやらスプレーを俺たちに吹きかけてきた。

 

 はぁ???なんなんこれ??

 俺らそんなに汚い??


 「じゃあ、これに着替えてください」


 渡された白い防護服的な物に着替える。足まで含めて全身覆うやつで、目のとこだけ出ている。

 なんか超危険なウィルスでも扱う研究所みたいな雰囲気だった。



 「はい、OK。じゃあ今日のお願いなんだけどね。

  この私としたことがね、冷蔵庫にいれておいた玉ねぎを腐らせてしまったの。

  もう、気持ち悪くて!!!!

  冷蔵庫の中の物にも、もしかして菌が繁殖してるかもしれないから、全部捨ててほしいのね。

  で、気持ち悪いから冷蔵庫ごと廃棄していただきたいの」



「え?」



 俺は、思わず声がでた。

 だって、今冷蔵庫ごと廃棄って聞こえたけど??


 どういうこと?!

 玉ねぎが腐ったくらいで、冷蔵庫まで廃棄するこたねーだろ!

 それこそ、除菌しまくれよ!


 俺は、びっくりして黒崎を見るが、相変わらず眉一つ動かさずに、冷静に対応している。


 「了解しました。代金は、処分費用も込みで15,000円になりますがよろしいでしょうか?」


 「結構ですよ」


 「では、取り掛かります」と言うがいなや、この家の間取りを熟知しているのか迷わずキッチンへと向かう黒崎。


 ちらっと俺の方を見て、ぼそっとつぶやく。


 「5回目だ」と。


 

 ひとまず大きなポリ袋の中に、冷蔵庫の中身を出していく。

 タッパーに入ったものや調味料やらぎっしり入っている。

 


 「これ、本当に全部捨てちゃっていいんですか?」


 俺は心配になって、聞いてしまった。


 「いいのよ! もう気持ち悪いったらありゃしない!」


 俺は、黙ってうなずいて、黙々と冷蔵庫の中身を捨てた。

 


 「キッチンから玄関までの養生をさせていただきたいんですが」


 「どうぞ」


 黒崎が新品の養生用シートを持ってきて、わざわざ清水の前でそれを開けた。

 使いかけはNGらしい。


 動線となる床にひきつめ、壁やドア付近のでっぱりに張り付けていく。


 俺たちの一挙一動を依頼主は、目を大きく見開いて見つめている。


 いや、汚いことしませんってば。

 俺たちどんだけ疑われてんだ??


 この人の汚いセンサーに引っかからないように細心の注意を払いながらの作業となった。

 なんかすんごい息がつまるんですけど。


 養生も終わり、いざ冷蔵庫を運び出す段となった。

 数時間前にコンセントを抜いてもらっていたので、水抜きもされている。

 

 「俺が冷蔵庫前に引き出す。俺が前を持つからお前後ろ持て」


 「了解っす」


 黒崎が、冷蔵庫を押し、俺が下の開いた隙間にすかさず養生シートを差し込む。

 そして、黒崎が養生シートごと冷蔵庫を引っ張り出す。


 冷蔵庫の方向転換をして、傷つけないようにゆっくりと運び出す。


 そのとき、「いや~~~~!!」という依頼主の叫びが聞こえた。


 「冷蔵庫の下もしっかり綺麗にしたはずだったのに!

  なんでこんなに埃たまってんの?!

  片づけて! お願い!! 菌の温床よ!」


 「了解しました。ひとまず冷蔵庫を外に出してから綺麗にしますので」


 「わかったわ! 早くしてちょうだいね!」


 「はい、善処します。 急ぐぞ!」


 「はい!」


 ただでさえ重たい冷蔵庫を急いで運べとか、こいつ何様やねん!

 俺は、イラッときていた。

 そして、ちょっと重さに限界を感じていた。

 なんで、こんなバカでかい冷蔵庫なんだよ!

 業務用か大家族用かと思われるほどの大きさだった。

 

 俺の手の震えに気づいた黒崎が、「いったん下に置こう」と声をかけてくれた。

 その言葉に甘える。

 玄関のところまで来ていた。

 黒崎が一人で冷蔵庫を抱える。

 

 えええええ?!

 俺は驚いた。

 いやいや、このバカでかいのを一人でとか!!


 俺は駆け寄って「持ちますから!」と黒崎を止めた。


 「お前そしたら前持て、俺が後ろ持つ。45度のままな。」


 ようやく、トラックに乗せ終える。


 そして、急いで家に戻るがまた除菌される。

 除菌が終了してようやく中へ入れる。


 冷蔵庫があった場所の床をこれでもかというほど磨き倒し、除菌するところを見せつけた。

 それを見てようやく依頼主は納得したようである。


 はぁぁぁぁぁ、厄介な客だぁぁぁぁ・・・!

 こんなのに気に入られたくない~~~~!


 俺がぶすくれていると、依頼主が代金+2万円をくれた。

 俺が、え?!という表情をしていると、黒崎が教えてくれた。


 請求以上のお金をもらった場合は、現場の作業人へのチップみたいなもんなので受け取っていいらしい。

 

 「黒崎君と坊や、本当にありがとうね。

 これで、あの冷蔵庫ともおさらばできるわ。

 あまりのことで、よく眠れなかったのよ。

 今日の安眠は約束されたわ! また、お願いね!」


 依頼主は、超ご機嫌だった。

 


 帰りの2tトラックの中で俺は、言えなかったことをぶちまける。


「なんすか! あいつ! あういう贅沢なアホは、アフリカあたりに捨て置けばいいんですよ!

 そしたら少しは改心して、あの異常な潔癖症も治るんじゃないんすか?」


「その前に、死ぬだろうな」


 黒崎のあっさりとした一言に俺は何も反論できなかった。


「ああいう人種は、治らんよ。

 もう本能に近いところで動いてる。

 汚いって思った瞬間、もうダメなんだよ。いくら説得しようとしても生理的もんだから。

 でも、ああいう人がいてくれるから、俺たち儲かるんだぜ?」



「そりゃ・・そうですけど・・・。なんつーか釈然としないっす」



「世の中の全員が、お前と同じ価値観で、同じ考えしてるわけじゃねぇ。

 自分の尺度で物見てたら、この職場じゃやってけねぇ。

 無になるんだ。先入観なんてなくすんだ。

 そしたら、案外やりやすくなるぜ」



それは、黒崎なりのアドバイスだったんだろう。

俺は、まだその言葉をそのまま受け取り、理解するには経験が浅すぎた。


でも、それがいかに大事だったかをこれから先の仕事で思い知ることになるのであった。


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