飽きっぽい三才児
今回は段落が一マスあいているかな?
「転移!」
カラン! カラン! カラーン!
隣の部屋からは、木製の皿が地面に落ちたであろう音がする。
俺の転移させた皿が空中に転移したか、何か物に当たったか。多分感覚的に前者。
「あー、なかなか難しいな」
初めて物を転移した日から二ヶ月。
色々な条件での転移を試して、効果がわかってきた。
まず転移の最大の疑問であった、転移する場所に別の物体がある場合。
例えば俺が自分の部屋に転移しようと、いつも通りその場所をイメージして転移する。しかし、その転移しようとした場所に誰か人がいたり、物を置かれたりすると転移できるが自動的にぶつからない場所に転移してくれる。
ようするに、転移でミスっても壁の中にめり込んだりしないってこと。
お陰で安心して自分の転移をやることができた。
そして次には、転移は俺が触らないと転移させることができない。
数メートル先に転移させた物を拾うのが面倒くさくて、引き寄せる転移とかできないかなー、とか思ったけど無理でした。
あとは、転移させる物体の半分だけ転移させることもできない。
この皿の半分だけを転移させる事はできないってこと。
ということは転移魔法には物体を破壊、上書きしてしまうことは無いってことなのかな? だとすると安心でいいけど。
後は予想通り、人間の方が魔力の消費が多いとか、距離が遠くなるほど消費するとかだ。
試してみたいんだけど、他の人も許可なく転移できるのだろうか……
ガチャ!
「うわあ!」
「ねえアル! 暑いからあれ出してよ氷!」
「ちょっとエリノラ姉さん、ノックくらいしてよ。びっくりするよ」
「いいじゃない別にー」
「次からはしてね」
はーいと気が抜けた声を出すエリノラ姉さん。絶対次もノックしないな? 何か罠でも仕掛けようかな。
「じゃあ氷出して」
うん、仕掛ける。
次は入った瞬間、転移魔法で頭上からポーン。棚をドアの前に転移させるのもいいね。
「痛い! 何で叩くの!?」
「何かくだらない事考えてる顔してたから」
「何それ? 理不尽! 俺三才の可愛い弟だよ?」
エリノラ姉さんの前では想像の自由すら無いなんて……
「理不尽なんて難しい言葉どこから拾ってきたの?」
「本です」
こう言っていれば大抵何とかなる。
「まあいいから早く出してよ」
我が姉は弟使いが荒いよ。早く出せとばかりにエリノラ姉さんは皿を出す。
「はいはい、アイスキューブ」
ちなみに、氷魔法は水魔法の上位魔法に分類される。夏にクーラー代わりの冷気は必須。必死に練習したよ。
「違うわよ!」
「え? これじゃないの? 氷だよ?」
「この間アルが食べてた、フワフワシャリシャリしてるやつよ!」
「んー? かき氷のこと?」
「そう!それ!」
いや、名前知らないのにどうして相槌うてるの。
「まあいいけど」
仕方ないエリノラ姉さんの為に可愛い弟が頑張るとしよう。
アイスキューブが入ったお皿を端によけて、転移の練習に使っていたお皿を二つとる。
もう一つはシルヴィオ兄さんにあげよう。
俺は氷魔法を使い、サラサラとお皿にかき氷をどんどん積み上げる。
「うわー、細かーい。アルは器用ね」
サラサラと細かい氷が積み上がる姿をじーっと見つめるエリノラ姉さん。
「まあね」
そんな純真な誉め言葉を貰うとちょっと照れ臭くなってしまう。普段はガサツなのに。
ちなみにこのくらいの魔法なら詠唱なんていらない。元から省いてできるからあんまり詠唱しないけれども、魔力操作をしっかりすればこれくらい楽勝。
白銀の粒がサラサラとお皿一杯に盛り上がる姿は、どこか日本の主食であるお米を連想させる。
流石に、パンやスープ、パスタみたいなものが主食の生活に飽きがきたよ。
俺は断然米派だよ? パンじゃ力が出ない。
「はい、かき氷。スプーンは?」
「ないわ!」
堂々といい放つエリノラ姉さん。
俺に取りに行かせるつもりだったのか。まあ、スプーンも練習のために用意してるからちゃんとありますよ。もちろん木製なので安全。
「はい、スプーンもあるよ」
「アルってば準備いいー」
喜ぶエリノラ姉さんを尻目に俺はもう一つのかき氷を持って立ち上がる。
「じゃあ、シルヴィオ兄さんにも渡してくるから」
「シャリシャリして冷たーい」
もう聞いてないや。
「エリノラ姉さん、かき氷にはもっと美味しい食べ方があるんだよ?」
「何なに? 教えて!」
軽くトリップしてたエリノラ姉さんは、現実へと帰還して、猛獣のように俺に迫る。
思った通りに食いついた。
「かき氷はね、少しずつじゃなくていっきに食べた方が美味しいんだよ?」
「えー? もったいないよ」
「その方が美味しいんだって。騙されたと思って食べてみてよ」
「んー、わかった! 無くなったらまたちょーだいね!」
「はいはい、いくらでも」
部屋を出る時に横目にエリノラ姉さんを見ると、エリノラ姉さんはどんぶりをかきこむかのようにかき氷を食べていた。
少しすると廊下にはエリノラ姉さんの奇声が響き渡った。
ーーーーー
今日は我が家の食料のレパートリーを増やそうと思います。
かき氷からお米を連想してしまって、ついに日本料理が恋しくなってしまった。
お米! とかは無理なので、現在の主食である小麦を使って料理をする。
俺は屋敷の一階の左奥にある厨房へと歩く。
近くのメイドさんの休憩部屋では、屋敷内の様々な情報が日々飛び交っている。
「あー、暑い。氷出してー」
「今は夏よ? 王都の特別な魔導具でもないと無理よ」
「夏だから欲しいんですよー」
「はいはい、水でも飲んでなさい」
「キンキンに冷えたエールが飲みたいですー。水でもいいですからー」
「贅沢言わないの。ここの水はまだ冷たい方よ」
「雪でも降らないかなー。あっ、そういやこの前アルフリート様の部屋が何故だか涼しかったんですよ!」
「アルフリート様の部屋が?」
「そうです!こう、部屋に入ると空気が冬のように ヒンヤリとしていたんです!」
「本当かしら? 暑さでミーナってばボケたんじゃないの?」
「うー、本当ですってー、ボケでも夢でもありませんー」
「それにしても、アルフリート様はとても三才には思えないわよね」
「分かります! 天才過ぎますよね? 私なんて簡単な計算教えてもらっちゃいましたよ? 年上としての威厳が無いです」
「天才なのは間違いないけど、行動がこう斜め上をいく感じなのよね。っていうかミーナには元から威厳なんてないでしょうに」
「前者は同意ですけど後者は否定したいですー」
メイドが気の抜けた会話をしている。
今日の話題はどうやら俺だった。
ずっと聞くのも楽しそうなのだが、今日は目的があるので通りすぎる。
「お!坊主! 今日もきたか!」
面倒見の良いおっちゃんのような声を出したのは、この屋敷の料理人であるバルトロ。
スロウレット家は成り上がりの貴族のため繋がりも少なく、人材が不足しがちである。
さらに平民であったノルド父さんには身内が少ない。
現在屋敷で働いているメイドや使用人は、ほとんどが商人の娘であったエルナ母さんから得た人材だ。
その中でもバルトロはノルド父さんが冒険者時代に知り合った数少ない親友。将来は自分の店を持つことらしい。
王都の料理人とは違って、独特な味付けのセンスが両親のお気に召したらしい。
俺もお高くとまった料理を食べるより、素朴で素材を活かした味の方が好きだしな。
「おうバルトロ。今日は厨房借りていい?」
「お? 今日も軽食を貰おうとしてたのじゃないのか?」
バルトロは厳つい顔をしかめ、怪訝な表情をする。子供の前でそんな顔すると泣くぞ? 下手したらそこらへんのヤクザより怖いかもしれない。
「ちょっと作ってみたいものがあるんだ」
「坊主に料理なんかできんのか?」
「きっとできるよ」
日本では一人暮らしが長かったんだ。それなりにはできる。
「本当かよ~?」
バルトロは腕を組んで胡乱気な視線を俺に送る。
その視線を俺は反らさずに受け止める。
料理人にとって厨房とは仕事場であり聖域。子供の遊びで道具を触らせるわけにはいかない。
バルトロは俺を試しているのだ。
「まあ、真剣なようだしいいがよ。怪我させる訳にはいかねぇから、ずっと着いてるぜ」
「ありがとう」
「で、何をなんのために作ろうとしてんだ?」
照れくさかったのか、ぶっきらぼうな言い方で照れを隠している。
顔と図体に似合わずに可愛い人だ。
「スパゲッティを作ろうと思うんだ。知ってるかな?」
「スパゲッティ? 何だそりゃ?」
「卵と小麦粉、少しの油と塩があればできる細長いものだよ」
「小麦ってことはそれは主食になるんじゃねぇのか?」
「そうだね。もしできたら料理のレパートリーがすごく広がると思うよ」
「すげーじゃねえか! できるかどうかは知らんが、やってみろ! 材料を持ってきてやるから」
俺が思い付く限りの材料、道具を言うとバルトロは次々と準備を整える。
俺は身長が調理台に届かないので椅子を持ってくる。
木製のボウルっぽいものに卵や小麦粉(強力粉)を投入してヘラで混ぜていく。
ちなみに硬質小麦で挽いた小麦が強力粉だ。強力粉はコシが強くてパスタやラーメンを作るのに向いている。
薄力粉は軟質小麦からで天ぷらや、ケーキを作るのに向いているけど、うちには無いみたいだ。
「ほー、どんどん固まってきたな」
バルトロは興味深げに固まる様子を見ている。何かに応用できないかと考えているのか。その眼差しは真剣だ。
水を少し加えていきながら、板の上で表面が滑らかになるまで捏ねる。
「何か包むものがあるといいんだけど」
「包むものかー、ムオナの葉で包んだらどうだ?」
「葉っぱかー。それは匂いとか付かない?」
「あー、ムオナの葉は包んでも食材に匂いや風味が移らないのが特徴だからな。皆使ってるぜ」
「じゃあそれで」
バルトロからムオナの葉を受け取る。以外に薄くて大きい。少し包みにくいけど、これなら十分休められそうだ。
サランラップを作った人は天才だよ。
「包んで置いとくのか?」
「こうして十五分くらい休ませるとしっとり、伸びやすくなるんだよ」
「ほー。随分よく知ってるんだな。道具の扱いといい、まるで今までに何回も作ったことがあるようだなぁ」
「あはは。あ、そうだバルトロ! この間に細長い麺に絡めるソースを作っておくんだ! ソース作ってよ! 」
苦しいところを突っ込まれたので、俺はバルトロを急かすように頼む。
「お、ソースか。一体どんなのがいいんだ? 」
「大体何でも合うけど、やっぱりトマトソースかな? 」
「トマトか! そらならうちの村の新鮮なものがある!すぐに作るぜ」
本当はたらこや、クリームとかの方が好きなんだけど、今回はすぐ作れるトマトでいいや。コリアット村のトマトは美味しいんだよ。
この世界の食材って日本と同じものもあれば、無いものもあり、似てるのもあるけど、全然知らない食材もあって不思議だ。
何より米はここら辺に無いのが残念すぎる。きっとどこかの大陸にはあるはずだ。
十五分くらいたったので、強力粉の塊を麺棒が無いので、仕方なく両手の甲で押し引き伸ばしてから、四角にしたら切っていく。
麺棒を作っておかないとな。綺麗に切れないや。
ソース作りは終わったようで、バルトロが俺の切る姿を真剣に見ていた。
顔が怖い。びびって指を切ってしまいそうになったよ。
随分と麺が不揃いだけど気にしない。
後は、適量の塩で茹でるだけ。
すぐに麺がフワリと浮いてくるので、それを掬って皿に盛り付け、ソースをかければ完成!
「本当にできちまったな。見た目はいじればもっと綺麗になりそうだが、問題は味だな」
そっけなく評価してるけど、早く食べてみたいってすごく顔に出てるよ。
すでに自分の椅子とフォークも全部準備してるし。
「じゃあ食べよう! 頂きます!」
俺が少しかき混ぜフォークでくるくると麺を巻き上げると、それを見たバルトロも器用にくるくる麺を巻き付ける。
さて、お味は。
うん、うん、十分美味しいんじゃないかな。特にバルトロの作ったトマトソースが凄く麺に合っている。
トマトの酸味を見事に活かしたソースだよ。
麺はもう少しコシが欲しいかな? 茹でがおかしかったのかな? わからないや。ここからの工夫はバルトロに任せれば良くなるはず。
そう思いバルトロを見る。
「……美味いじゃねぇか! 何だこれ!」
次々と勢い良くバルトロの口に吸い込まれていくスパゲッティ。
バルトロの体格だと軽く五人前とか食べちゃいそうだよ。
「美味かった」
空のお皿の上にゆっくりとフォークを置き、噛み締めるように言葉を出した。
「おう」
その心からの感想に、俺は短いながらも頷く。
「坊主。いやアルフリート様、俺に4日いや、3日待ってくれ。これを越えるスパゲッティを作ってみせるからよ!」
「アルフリート様とか気持ち悪いよ、今まで通り坊主でいいよ。これからもちょくちょく厨房に来るからよろしくね」
「わかった! いつでも来い!」
ニカッと笑みを浮かべるバルトロ。
頼りになるぜ。
それから3日後、バルトロは新作を俺に一番に食べさせてくれた。
味は言うまでもなく、俺のスパゲッティはうどんや、焼きそばのパチモノに思えるくらいだった。
その日は、さっそく家族の夕食にスパゲッティが登場し我が家を騒がせて、スパゲッティブームとなった。
特に女性陣には大変好評ようでここ1週間は毎日食べてる様子。
……俺はもう飽きちゃったよ