修行の成果
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「アル! もう帰っちゃうの!?」
翌朝。朝食を食べ終えて、帰還のための荷造りをしているとラーちゃんがいきなり部屋に入ってきた。
慌てて追いかけてきたロレッタがラーちゃんの無作法を咎めようとするが、お別れの挨拶くらいは見逃してあげよう。
「そうなんだ。そろそろ帰らなくちゃいけないんだ」
「やだ! もっと一緒にいよう?」
「でも、ミスフィード家の屋敷にお世話になって二週間になるからね。さすがにこれ以上は迷惑にもなるよ」
「そんなことない。だってアルたちは短いよ? アレイシアとか他の人はもっといる」
「え、そうなの?」
二週間だよ? 仲のいい友達でもいい加減に帰れよってならない?
気安い間柄のエリックでも俺ならそろそろ帰れって言うかも。
「ええ、まあ。当家の賓客として招かれる人は、高貴な方が多いので大体三か月くらいと滞在なされる方が多いですね。長い方ですと一年以上は滞在される方もいます」
確かめるように視線を向けると、ロレッタが教えてくれた。
三か月? 一年以上? 賓客という名の宿泊客か何かでは?
……いや、お金を払っていないので客ですらない。ただのニートだ。
いいなぁ。俺もニートになってみたい。
なんて羨んでいる場合でもないし、感心している場合でもない。
俺はちゃんと今日の朝に帰らないといけないのだ。
「でも、うちはそんな余裕のある高貴な身分じゃないから……」
俺はともかく、ノルド父さんは領主だ。領主にしかできない仕事がきっと溜まっているだろう。
コリアット村から王都までの片道で一週間、滞在に二週間、帰り道に一週間とかかることを計算すると一か月も領地を離れていることになる。
ミスフィード家のように家臣が豊富で、優秀な代官を大勢抱えていれば問題ないかもしれないが、うちではそうはいかない。さすがに帰らないとマズい。
「ラーナ様、あまり無理を申されますと、アルフリート様が困ってしまいますよ?」
「……ごめん、アル」
「いや、いいよ。こっちこそ、急に帰ることになっちゃってごめんね」
本来なら明日、明後日くらいと余裕をもって帰還するものだけど、俺があまりにも人形劇の事業が膨らませてしまったものだから。本当に申し訳ない。
「また王都には行くだろうから、その時は一緒に遊ぼう。ラーちゃんもスロウレット家に遊びにこれるタイミングがあれば遊びにきてね。歓迎するから」
「うん、わかった!」
次の機会があれば、必ず一緒に遊ぶ。
そのことを約束すると、ラーちゃんはにっこりと笑ってくれた。
もうちょっとぐずることを予想していたけど、思っていたよりも持ち直すのが早かったな。
ラーちゃんも少しずつ成長しているということだろう。
ラーちゃんとロレッタが退出すると、俺は荷造りを再開する。
とはいっても、荷物のほとんどはミーナ、サーラ、御者のロウさんが馬車へと積み込んでくれている。俺が纏める荷物なんて身の回りの物や衣服程度だ。荷造りはすぐに終わった。
ミーナとサーラはエルナ母さんのお世話や、他の使用人への挨拶周りで忙しいだろうし、手荷物くらいは自分で馬車へと運び込もう。
トランクケースを持ち上げると、意外と重かった。
お土産などをたくさん買い込んでしまったので思ったよりも重量があるな。
ミスフィード家の屋敷は広い。手で持っていると疲れてしまう。
俺はサイキックを発動すると、トランクケースを宙に浮かべた。
「これなら楽だ」
そのまま部屋の外に出る。
トランクケースを浮かしながら長い廊下を歩いていると、前方からギデオンがやってきた。
彼は俺の横へと並ぶと、歩幅を合わせて歩き始めた。
「玄関までだ。学園があるから悠長に見送りはできんのでな」
「忙しいのにわざわざありがとう」
ギデオンのことだから見送りなんて無視して、平気で学園に向かうと思っていた。
「もう帰るのだな」
「うん。長い間、コリアット村を離れていたから」
「寂しくなるな」
「大丈夫? なんか変な物でも拾って食べた?」
そんな台詞を言うなんてギデオンじゃない。中には偽物が入っているんじゃないだろうか。
「貴様は相変わらず失礼だな?」
俺が疑いをかけると、ギデオンが無礼者を見るかのような視線を向けてくる。
あ、これは本物だ。
「俺にだって寂しく思う心はある」
「そうなんだ」
まあ、ギデオンだって人間だものね。
あんなに可愛いラーちゃんを無碍にしたり、妹であるシェルカの魔法の効果実験にして一切悪びれるところを見せないけど、知り合いとの別れを寂しがる心はきっとあるはずだ。
いや、あるのかな? 振り返ってみるとひとでなしにしか思えないや。
そんな疑念を抱きながら廊下を進み、階段を降りて玄関へと向かう。
「貴様には世話になったな。教え方はアレだったとはいえ、お陰で詠唱破棄のコツが掴めた。改めて礼を言う」
扉を開けて外に出ると、ギデオンがむっつりとした表情ながらも柔らかい声音で右手を差し出してきた。
「いや、ギデオンの努力があってこそだよ」
見るからにしていいところの坊ちゃんだったので、詠唱破棄の訓練にはついてこれないと思っていた。
しかし、ギデオンは貪欲に詠唱破棄の習得を求めて、俺に何度もズタボロにされながらも訓練についてきた。
まだ詠唱破棄の成功率は五回に一回のレベルであるが、一度感覚を掴めたのであれば精度はもっと上がっていくだろう。
俺は右手を差し出してギデオンの握手に応じた。
「隙あり! ウインドブ――ぐはああああ!?」
「無いよ」
握手に応じようとした瞬間にギデオンが詠唱破棄をしてウインドブロウを放とうとしたので俺が無詠唱で後追いしてウインドブロウを放ってやった。
ギデオンが広い玄関を無様に転がり、ミスフィード家の使用人たちが悲鳴を上げた。
しかし、驚いたのは一瞬で事件現場にいるのがギデオンと分かると、なんてことがなかったかのように騒ぎは収まった。この男の普段の暮らしぶりがよくわかるな。
あのひとでなしのギデオンだ。素直に俺の別れを寂しがるはずがないと思ったんだ。
感情を見せたのは俺を油断させて確実に詠唱破棄による不意打ちを成功させるため。
「くそ! このタイミングなら無様に貴様を転がしてやれると思ったのに!」
「こんな形で修行の成果を発揮しないでよ」
制服の汚れを払うと、ギデオンは何事もなかったかのように立ち上がった。
屋敷の玄関で客人に向けて魔法を放ってくるなんて頭おかしいよ。
「後出しの癖に俺とまったく同じ威力に調節して返してくるのが腹立たしい」
でも、こういうところに気付く辺りは魔法使いとしての才能があるんだよな。
先程のウインドブロウだって俺と練習していた詠唱破棄の魔法ではない。きっと俺の見ていないところで必死に練習したんだろう。
「俺に不意打ちをするならもっと駆け引きを上手くするか、無詠唱を習得しないと」
「……このシチュエーション、貴様ならどのように不意打ちをかける?」
「俺なら餞別の品を渡して、相手に重い物を持たせて動きを制限させるね。握手をしたら先導して扉を開けてあげて、相手を送り出して油断させたところでウインドブロウを小声で放つ」
「……貴様は考えることが悪辣だな」
「魔法使いは悪辣であるべきだと、俺は偉大な母から習った」
「なるほど。魔法使いは悪辣であるべきだな」
エルナ母さんからの教えであることを主張すると、ギデオンは見事なまでに手の平を返した。エルナ母さんの悪名が轟いてしまったが、代わりに一人の魔法使いを悪へと鞍替えさせることができたので良しとしよう。
扉をくぐると、外には見送りのために待機していたシューゲルとフローリアがいた。
様子は見えなくてもギデオンがどんな騒ぎを起こしたのか、フローリアにはわかっているらしい。笑みを浮かべているが雰囲気が怒っていた。
「ではな、アルフリート。俺は魔法学園に行かねばならないからここで失礼する」
「あ、うん。またね」
母の怒りを察知したのか、ギデオンはそんな言葉をかけるとそそくさと逃げるようにして送迎馬車に乗り込んで出ていった。
「本当にうちの息子がご迷惑をかけてすみません。魔法のことしか頭にないようで」
「彼がどういう人間かはわかっているので気にしないでください」
ギデオンの中での優先第一は己の魔法力を高めること。それさえ理解していれば、割と裏表のない人物なので付き合いやすい部類だ。
そんなことを伝えると、フローリアは痛く感激した表情を浮かべられてしまった。
「これからも友人として息子をよろしくお願いします」
「あ、はい」
もしかしたら、息子にできた初めての友人のように思われているのかもしれない。
ミスフィード公爵家の次期当主の初めてのお友達か……男爵家の次男が背負うには重いけど、面と向かって否定なんてできない。曖昧に笑って頷いておいた。
屋敷の玄関の前ではスロウレット家の馬車が停まっており、ミスフィード家の使用人と御者のロウさんが荷物の積み込みを行っていた。
帰り道のための水、食料などが主だが、今回はそれ以外にも王都で買い込んだ香辛料、茶葉、ラザレス爺ちゃんからのお土産、ミスフィード家から贈呈された魔道具などと随分と荷物が多いようだ。ちなみにノルド父さんのオーダーメイド枕については後ほど王都からコリアット村に運ばれる手筈になっている。
「手伝うよ」
「アルフリート様、ありがとうございます!」
俺はロウさんに声をかけると、荷物にサイキックをかけて自身のトランクケースと一緒に荷台へと入れた。あとの細々とした品は使用人たちが積み込んでくれるだろう。
積み込みが終わる頃にはラーちゃん、ロレッタ、シェルカが見送りに出てくる。
ギデオンが随分と早くに学園に行ってしまったが、学年が違うようなので登校時間に差があるのだろう。
やがて屋敷からはノルド父さん、エルナ母さんも出てきて、その二人の手荷物などを手にしたミーナとサーラが出てきた。
「シューゲル様、この度は大変お世話になりました」
「いやいや、こちらがかけたご迷惑のことを考えればこの程度は当然のことだ。また王都にくることがあれば、遠慮なく当家を頼ってくれ」
「ありがとうございます」
「共同事業の事もあり、今後ともよろしくお願いしますね」
「こちらこそよろしくお願いします」
ノルド父さん、エルナ母さんがシューゲル、フローリアと別れの挨拶を交わし始める。
ノルド父さんは機会があれば、魔法学園の剣術の授業に顔を出して欲しいと頼まれ、エルナ母さんは是非ともお茶会にと誘われていた。
スロウレット家は出不精と思われているからな。何とかして二人を王都に近づけたいのだろう。
大変そうだなと思いながら見ていると、こちらにはシェルカ、ラーちゃん、ロレッタがやってきた。
「フン、次は学園の授業の無い時に遊びにきなさい。そうしたら相手してあげるわ」
えっと、次はもっと長く一緒に遊びたいから長期休暇の時に顔を出せってことかな?
二週間くらい滞在していたけど、シェルカやギデオンとは顔を合わせる回数が少なかったからな。
「うん、次の機会があれば考慮しておくよ」
もっとも魔法学園のスケジュールとか知らないんだけどね。
「アル、また一緒に遊ぼうね?」
「うん、また一緒に遊ぼう」
ラーちゃんとはミスフィード家の屋敷でも色々と遊んだ。
次に会う時までにまた面白い遊びを考えておかないとな。
「魔法の訓練やヴァーシェルの練習も一緒にね?」
「ヴァーシェルも?」
「アルフリート様と演奏してラーナ様はヴァーシェルがお好きになられたみたいです。また機会があれば一緒に演奏していただけますとラーナ様も喜びます」
ロレッタによると、あれからラーちゃんは精力的にヴァーシェルの授業を受けているらしい。その前までは苦手にしていた印象だが、俺との演奏ですっかりと楽しさに目覚めたようだ。
「わかった。屋敷でもヴァーシェルは触っておくことにするよ」
うちにはヴァーシェルを教えてくれる専門の先生はいないけど、エルナ母さんが弾けるみたいだし暇な時にでも習ってみよう。
次にラーちゃんに会う時に幻滅されたくないからね。
「……はぁ」
「どうしたの、ロレッタ?」
「アルフリート様と一緒に過ごされると、いい意味でも悪い意味でもラーナ様に影響があるので頭が痛いです」
俺のお陰でラーちゃんは一部の魔法の詠唱破棄を習得し、魔法の授業だけでなく、ヴァーシェルの授業にも前向きに取り組んでくれるようになった。
俺の影響で時折悪ふざけをするし、突拍子もないことを考えるし、以前よりも食への拘りが強くなったそうだが、それを差し引いてもプラスなんじゃないかな?
滞在期間中にミスフィード家の屋敷を追い出されていないことからそう判断されている気がする。
「メイドとして頑張って主を支えてあげてください」
なんて呑気な言葉をかけると、ロレッタがどこか恨みがましい視線を向けてきた。
ラーちゃんがお転婆になるか淑女になるかはミスフィード家の教育次第だからね。
「また会おう。アルフリート殿。人形劇の良い報告を待っている」
「何かあれば手紙で報告します」
「うむ」
「いつでも気軽に遊びにきてくださいね」
「はい。またその時はよろしくお願いします」
最後にシューゲル、フローリアと別れの挨拶を交わすと、俺たちはスロウレット家の馬車に乗り込んだ。続いてミーナ、サーラが乗り込んで座席に座ると、ロウさんが扉を閉めて御者台へと座った。
ロウさんが鞭をしならせると、ゆっくりとスロウレット家の馬車が進んでいく。
「アルー! またね!」
「うん、またね!」
ラーちゃんが馬車を追いかけながら手を振ってきたので、俺も窓から乗り出すようにして手を振り返す。ラーちゃんが転ばないか心配だったが、すぐ傍には転ばないようにと見守っているロレッタとシェルカがいたので安心した。
馬車のスピードはゆっくりとしたものであるが、ミスフィード家の敷地は広い。
息が上がってきたのでラーちゃんの足が止まる。
馬車との距離はドンドンと離れるが、ラーちゃんは最後まで手を振ってくれていた。
既に距離は遠くなっているかもしれないが、その心に応えるように手を振り続けた。
ラーちゃんたちが完全に見えなくなると、俺は手を振るのをやめた。
馬車は完全にミスフィード家の敷地を出た。
なんだかとても長い時間を過ごしたような気がする。
実際には二週間くらいだけど、体感的には一か月くらい滞在していたような気分だ。
それくらいミスフィード家の屋敷で過ごした時間は俺にとって濃密なものだったのだろう。
王都の大通りを進んで城門の外に出ると、視界一杯に平原が広がった。
綺麗な自然を目にすると、コリアット村のことを思い出す。
俺たちが帰る頃にはもう少し温かくなっているかな?
俺たちがいない間、エリノラ姉さんやシルヴィオ兄さんたちは屋敷でどのように冬を過ごしていたのだろうか。バルトロは新しい料理を開発しているだろうか。村にいるトール、アスモたちはどのように冬を過ごしているだろうか。
そんなことをぐるぐると考えると、早くコリアット村にあるスロウレット家の屋敷に帰りたくなった。
「さて、コリアット村に帰ろう」
「そうだね」
ガタゴトと馬車で揺られ、俺たちはコリアット村へと帰るのであった。




