変わり者の魔法使い
「次は火の通りにくい野菜類を揚げていくよ」
変わり種の提供が終わったところで、俺は火が通りにくい具材を揚げることにする。
野菜は水分が多く、火の通り方や食感がそれぞれ異なるために適切な処理と揚げ方が必要とされる。意外と難しい具材の一つだ。
基本は水分の少なく、軽めの野菜からだ。ピーマン、ししとう、エリンギなどを投入し、次に野菜の中でも比較的に火の通りやすいタマネギ、ナス、しいたけを投入する。
これなら油が汚れにくく温度も安定しやすく、適温をキープしながらじっくりと揚げることができる。
それらを揚げ終わると、カボチャ、サツマイモ、ジャガイモなどのほくほく系だ。
これらは火を通すのに時間がかかるため百六十度程度の低温でじっくりと揚げるのがポイントである。最初に揚げると他の具材がべちゃっとなるので後半に揚げるのがいい。
最後はミニトマト、ズッキーニなどの水分の多い野菜だ。油に水が多いと跳ねやすく、衣が剥げやすくなる。特にミニトマトは破裂する可能性があるので注意しながら仕上げる。
ベルナードたちに軽く解説しながら注意深く進めると、問題なくすべての野菜が揚がった。
「野菜串揚げの盛り合わせです」
一つの皿に盛り合わせを作っての提供だ。
「……ナスの甘みと油のコクが絶妙に合っているな」
「タマネギの甘みがいいわね」
「お野菜、おいしいー!」
「串揚げにすることで野菜の甘み、旨み、食感が際立っているな」
「ええ、彩りも豊かですし、本当にどれも美味しいです」
ミスフィード一家は野菜の串揚げの虜のようだ。
子供から大人まで幅広い年齢性に受けている。
特にフローリア、アレイシアをはじめとする女性たちに人気が高いな。
串揚げといえば、海老、キス、豚肉などの派手なイメージがあるが、隠れた実力者は野菜にあると言えるだろう。
さて、揚げ物も終盤へと差し掛かってきた。
火の通りやすい野菜、魚介類、野菜類と本数を重ねてきたために、招待客の食べるスピードも落ち着いてきた。
ギデオン、シェルカ、ラーちゃん、バルナーク、グレゴールと食欲が旺盛な者もいるが四人分を揚げる程度であれば、そこまでしんどくはない。
そんな状態を見計らってかベルナードが頼んでくる。
「アルフリート様、少し味見させていただいてもよろしいでしょうか? 私たちが揚げたものとの差を知りたく……」
「いいよ」
なんて言われたけど、ベルナードたちの揚げたものと俺の揚げたものにそんな差があるだろうか? あくまで俺の揚げ物は家庭料理に毛が生えたようなレベルだけど。
内心はそのようにビクビクとしながら揚げたばかりの野菜串をお皿に盛り付けた。
ベルナードがししとうの串揚げを手に取った。
それを選び取るとはわかっているな。
「――ッ」
ししとうを口にするなり、ベルナードが身体を震わせて大きく目を見開いた。
すぐに感想を口にするかと思ったが、ベルナードは呆然としたまま串揚げを見つめて動かない。
ミスフィード家の若い料理人たちは口にするなり、「やっぱり、俺たちの揚げたものとは違う」「俺じゃあ、こんな衣にはならねえ」「食感と閉じ込められた旨みが違う」などと口々に感想を漏らしていた。
料理長であるベルナードだけから感想がないことに戸惑っていると、彼がゆっくりとこちらを向いた。
「……アルフリート様」
「なに?」
「揚げるのがお上手になっていませんか?」
「そうかな?」
「ええ、初めて食させて頂いた時よりも明らかに違います」
「俺にはわからないよ。だって、まだ串揚げを一本も食べてないんだし」
俺も一応は招待客なはずだけど、串揚げの開発者とあってか一本も食べることができていなかった。そんな初めてとの差があると言われても、まるでわからない。
「是非、ご自身で確かめてください」
「あ、うん。わかったからあーんはやめて」
一刻も早く俺に自覚して欲しい気持ちはわからなくもないが、おじさんからのあーんはきつい。
口元に寄せられた串を左手で受け取ると、俺は何かもわからない串揚げを食べた。
「あっ、カボチャだ」
香ばしさの中からホクホクとした食感と優しい甘みが滲み出た。
衣の食感がとてもいいアクセントになっており、じっくり揚げることで甘みが増している。
まるでスイーツのようだ。
「普通に美味しい」
「でしょう!?」
「でも、あの時に食べた肉巻きアスパラガスとの差がわからない。あっちの方が美味しかった気がするよ」
「そんなわけはありません! あの時と比べると、衣の色、食感、風味が大きく違います!」
「そうですよ! あれも美味しかったですけど、今の仕上がりとはまるで違います!」
「こっちの方が美味しいですって!」
そんなことを言うと、ベルナードをはじめとするミスフィード家の料理人たちから猛反発を食らった。
そんな衣の色が、食感が、風味がなんて繊細なことを言われてもなぁ。
肉巻きアスパラガスの一本揚げの方が圧倒的に美味しかった気がする。
やっぱり、深夜のあの時間に食べるというシチュエーションがよくなかったのだろうか。
眠れない夜に少人数でバレないように食べる揚げ物は、とても背徳的で美味しかった。
「間違いなく今の方が美味しいです」
小首を傾げていると、ベルナードが断言するように言った。
あれはドーパミンドバドバによる思い出補正なのかもしれない。
「素材の食感を残しつつも、旨みが最大限に発揮されております。なにか温度管理に違いがあるのでは?」
「うーん、サイキックを使っているからかも……」
「魔法ですか?」
サイキックで串を揚げていると、手作業よりも格段に揚げやすくなったんだよね。
それは手を使わないから楽というのもあるが、それとは違う。
身が収縮した時の音、熱が完全に通った時の感覚、衣の硬度、油の泡の大きさなんかを魔力を通して感覚的に理解できるようになったんだと思う。
恐らく、これは前世で職人たちが何十年も研鑽を重ねた末に知覚できたものを、魔力を通じて体験しているのかもしれない。
「試しに私もやってみましょう」
そんな推測を述べると、ベルナードが腕まくりをしながらサイキックの詠唱を始める。
どうやら彼は無属性魔法が使えるらしい。
ベルナードの魔法によって串揚げが浮遊する。
なんか制御が下手だな。
モヤモヤしながら観察していると、串が油の中へと浸かった。
「……どう?」
「何もわかりません」
一分ほど経過してから問いかけてみたが、ベルナードは首を横に振った。
「うーん、無属性魔法がもっと得意な人はいないの?」
ぶっちゃけ、ベルナードはそれほど魔法の腕に長けていないので知覚できていないだけな気がする。
「残念ながらここにいるのは料理人なので……」
それもそうだ。料理人にそこまでの魔法力を期待する方が間違っている。
「じゃあ、ラーナ様――じゃなくて、ティクルにお願いしよう」
公爵令嬢であるラーちゃんにやらせるのはマズいと思って咄嗟に切り替える。
「いいですよ。アルフリート様にはお世話になっていますから」
グレゴールから許可を取り、ティクルに頼み込んでみると、彼女は二つ返事で引き受けてくれた。
……本当にええ子や。
「サイキックを使って串揚げを揚げればいいんですよね?」
「うん、お願いするよ」
調理スペースに連れてくると、ティクルはサイキックを発動して衣を纏った状態の串揚げを複数浮かび上がらせた。
「さすがに滑らかだね」
「アルフリート様にご指導していただきましたから」
俺が人形操作を教え込んだだけあって、サイキックの発動は非常にスムーズだし、空中制御も安定している。見ていてモヤモヤすることはないな。
「そのまま油の中にそっと入れて」
「はい」
俺の指示により、ティクルが串揚げを三本ほど油にそっと入れた。
「どう? 魔力を通じて串揚げの感触が伝わってこない?」
「……泡による僅かな振動は伝わってきますが、私にはアルフリート様の仰るような身の収縮や熱の浸透具合はわかりませんね」
「うーん、俺の気のせいかな?」
「ですが、アルフリート様は言わんとすることは何となくわかります。私がもっとサイキックを習熟していれば……申し訳ありません」
「いや、ティクルが何も悪くないから。協力してくれてありがとう」
心底残念そうに肩を落とすティクルを俺は励ました。
俺とまったく同じではないものの、一応はティクルも感じ取れた間隔なので間違いではないのではないか?
「ふむ、それに関しては並外れた魔力間隔と魔力操作を誇るアルフリート殿だからこそできる調理法なのだと私は思う」
そんなことをベルナードと話し合っていると、こちらにやってきたシューゲルが言ってきた。
「そうなのですか?」
「ああ、アルフリート殿の魔法力は卓越している。これでも魔法学園で長をやっている私が言うのだ。間違いはない」
ラズールでサルバにも同じようなことを言われたっけ。
それなりに自信はある方だったけど、やっぱり俺の魔法力って高い方なんだな。
「となると、サイキックを利用した調理法は不可能ですね。私たちは料理人なのでこれまで培った技術と経験を元にして匠の域を目指しましょう」
「え、諦めるのは早くない?」
「アルフリート様ほどの無属性魔法の使い手になるなど不可能です」
「確かに時間がかかるかもしれないけど、外から実力者を雇い入れるなりして――」
「仮にいたとしても、そんな領域にいる魔法使いは調理に魔法を使おうなどとは思わないでしょう」
それでは料理に魔法を取り入れる俺が変わり者みたいじゃないか。
そんな発言をすると、周囲にいた人間たちが何を今さらと言わんばかりの視線を向けてきた。
納得がいかない俺はしょげながらも、残りの肉類の串揚げをサイキックで揚げ続けるのであった。




