貴族ほいほい
さて、魚介類の一番星を飾るのはキングシュリンプだ。
ギデオンとラーちゃんが水槽買いした大きな海老。
まるで伊勢海老のような大きさをしていたので下処理が少し大変だった。
太めの串をぶっ刺して何とか形を保ってみたが、これがちゃんと揚がるのか不安だ。
手でそっと入れるのが不安だったのでサイキックで操作しながらキングシュリンプを油の中にそっと沈めた。
油の中で僅かに身を縮めながらも殻を剥かれた白い身が、透き通るように揚がっていく。熱により、尻尾の部分が赤みを増していく。とても綺麗だ。
油に投入して一分か……普通の海老なら十分に揚がっている時間だけど、キングシュリンプはこの大きさだ。もう二十秒は揚げた方がいいだろう。
それにしてもサイキックで揚げる方法はいいな。
わざわざ串をしっかり持つ必要がないし、揚げている最中に串が熱くなって持ちづらくなることもない。具材の重心が偏ると、片方だけ油に浸かって揚げムラができてしまうんだけど、サイキックで最適な重心を維持していればそんな心配もないし微調整も可能だ。
これはいい。
二十秒ほど追加すると、泡が細かくなり衣がしっかりと茶色に染まった。
菜箸でそっと持ち上げる。
十分に油を切ると、四本のキングシュリンプをお皿に載せた。
……大きなエビフライのようだな。串から抜いたら完全にエビフライだ。タルタルソースと一緒に味わいたいと咄嗟に思ってしまった。
キングシュリンプの串揚げの盛り付けが終わると、給仕によってシューゲルたちの元に運ばれていってしまう。
「「ああっ!?」」
目の前にいたギデオン、ラーちゃん、シェルカが残念そうな声を漏らした。
今回はあくまでシューゲルの試食会だしな。
急に呼びつけた面々がいることもあり、あちらが優先になるのは仕方があるまい。
「おお、キングシュリンプは格別に美味しいな!」
早速、一口食べたシューゲルからの満足げな感想が聞こえる。
三人は羨ましそうにそちらを見ると、一斉にこちらへ振り返った。
「おい、アルフリート。早く次のキングシュリンプを揚げろ」
「そうよ。なにをボーッとしてるの!?」
「次、まだ?」
「今、下がってしまった油の温度を上げているんですよ。少し待ってください」
そんなに怖い目をしないで欲しい。
第一陣の具材に加え、キングシュリンプを揚げたせいで油の温度が下がってしまったからね。決してサボっているわけではないと弁明すると、ギデオンたちは焦れったそうな顔になった。
パン粉を入れて、油の温度が元に戻ったことを確認すると、俺は再びキングシュリンプを投入した。
今回もサイキックを駆使しながら揚げムラができないように気を付ける。
目の前の三人が食い入るように見つめてくるのが怖い。シールドが無かったら絶対に油が額に直撃してるよ。
七十五秒ほど経過すると、菜箸でそっと持ち上げてお皿に盛り付けた。
衣がカラリと音を立て、ほんのりとした油の艶が照り返す。
「どうぞ」
給仕が皿を取り換え、配膳するとギデオン、シェルカがキングシュリンプの串揚げを口にした。
サクッという軽やかな音が同時に響いた。
「おお! 今まで食べたキングシュリンプの中で一番美味いぞ!」
「衣の香ばしさの後に甘くて濃厚な海老の旨みがくるわ……ッ!」
キングシュリンプの串揚げを食べて恍惚とした表情を浮かべる二人。
特にギデオンは魚介類が大好物とあって反応がすごい。一心不乱にキングシュリンプを味わっている。
ラーちゃんにはややキングシュリンプは大きかったのか、メイドであるロレッタが一口大に切り分けて食べていた。
「ラーナ様も美味しいですか?」
「うん! ぷりっとしてておいしい!」
その眩しい笑顔を見られただけで満足だな。
俺にラーちゃんのような可愛らしい妹がいたらシスコンになっていたかもしれない。
俺は続けてホタテ、イカ、白身魚などを揚げて提供していく。
こちらは主にシューゲル、ギデオン、フローリア、ノルド父さんをはじめとする魚介類好きやあっさり派閥に好評だ。
「シェルカ様が魚介類を好まれるのは珍しいです」
「そうなの?」
ロレッタがシェルカを見ながら驚いたような反応を見せる。
どうやら普段はあまり魚介類を口にしないらしい。
「……串揚げだと生臭さを感じないから」
俺たちが見つめると、シェルカがやや恥ずかしそうに視線を逸らしながら言う。
高熱の油で揚げることで魚介の生臭さが飛びやすくなる。それで生臭さが苦手なシェルカも楽しむことができるのだろう。ベルナードをはじめとする料理人にはパン粉にハーブやスパイスを混ぜることでより香り高く仕上げることができると伝えてあげる。
そうすれば、他の魚介類であってもシェルカも楽しむことができるだろう。
「次は出汁巻玉子でも揚げてみようか」
「うん!」
ひと通りの魚介類の提供が終わると、ラーちゃんと約束していた変わりダネの具材を提供する。
本来揚げるべきは火の通りが遅い野菜類と肉類であるが、合間にちょっとした遊び心を入れてもいいだろう。
パン粉を散らして温度を確認。衣が底まで沈んですぐに浮かび上がってきた。
よし、ちょうどいい。俺はサイキックで操作して出汁巻玉子の串を投入する。
「油の温度が低くなっていますがよろしいので?」
「出汁巻玉子を揚げるにはちょっと低温が望ましいんだ。高温だと中の出汁が膨張して破裂しちゃうからね」
「なるほど。敢えて低温でじっくりと揚げた方がいい具材もあるのですね」
「まあ、これは変わり種だから滅多に使わないと思うけど」
「いえいえ、ラーナ様は気に入った暁にはミスフィード家の料理人にとって必須の技術となります」
それもそうだと俺とベルナードは笑い合った。
出汁巻玉子を覆う薄い衣がきつね色になったところで俺はすぐに引き上げた。
「はい、どうぞ」
「ありがとう、アル!」
出汁巻玉子に関しては大根おろしとポン酢のさっぱり風、甘めのソースを絡めてのお好み焼き風のコク深い味わいでの提供となる。
「おいしい!」
「よかったです。どちらが気に入りました?」
「ポン酢!」
ラーちゃんはうちの屋敷で食べた出汁巻玉子を一番に気に入っているからか、あっさり目のものの方が好みのようだ。
ベルナードの予想通り、ラーちゃんは出汁巻玉子の串揚げを気に入り、ミスフィード家の料理人にとって必須の技術となった。
「変わり種の串と言ったかね? 随分と美味しそうではないか! 俺はそういうものこそ食したい!」
「そうね。そういう面白そうなものを隠すのはいけないわ」
「ラーナだけに美味そうなものを食わせるな。俺たちにも同じものを用意しろ」
気が付けば、バルナーク、アレイシアがこちらに近寄ってきており、ギデオンが便乗する形で言ってくる。
「アルフリート殿、全員の分を用意してくれ」
「かしこまりました」
ちょっとした息抜きに作ったものだが、他の人たちも食べたくなったようだ。
シューゲルにも頼まれ、俺は全員分の出汁巻玉子を揚げることにする。
ラーちゃん以外に食べる人がいるとは思わなかったが、全員に一つずつ行き渡るくらいには用意してある。
低温でじっくりと揚げると、給仕に提供してもらう。
「外はサクッとしていて中はふんわりとしている。なにより中から溢れ出る出汁の味がいい。これが本当に卵なのか? 俺の知っているものと随分と味付けが違うが……」
「スロウレット領では、出汁を混ぜた玉子焼きが流行っているのよ」
「ほう、機会があれば、そちらも食してみたいものだ」
「秋の収穫祭の頃に遊びに行くのがオススメよ。スロウレット領にある特産品が屋台で提供されるから」
「おお、是非とも予定を調整して訪れたいものだ」
なんだかコリアット村の収穫祭が貴族ほいほいになっている気がする。
ここ最近は毎年のように貴族が訪れるようになったので主催側であるスロウレット家は少々大変だ。
俺は普通にトールやアスモをはじめとする村人たちと、のんびり過ごしたいんだけどなぁ。
「……出汁巻玉子も串揚げにできるのね。新感覚だわ」
「これはこれで悪くないね」
出汁巻玉子の串揚げに一番驚いているのは、一番食べ慣れているエルナ母さんとノルド父さんであった。
俺も前世の知識が無ければ、出汁巻玉子を揚げようなんて考えない。
本当に日本人は食に関することに貪欲だと思う。




