ただ遊んでいるだけ
シェルカだけでなく、ギデオンも学園でぼっちという事実を知らされて戦慄していると、庭園内の石畳の上を歩いてくるアレイシアの姿が見えた。
昼間は紫色を基調としたエレガントなドレス姿であったが、夜は紅の髪と似たトーンのワインレッドとブラックを基調としたゴシックなデザインのドレスになっている。
きっとこの立食パーティーのために、わざわざ着替えたのだろう。
後ろにはお付きのメイドであるリムが付き従っており、後ろから日傘を刺してあげていた。夜なのに日傘を刺しているとは、彼女にとって日傘はファッションの一部なのだろうな。
「やあ、アレイシア嬢。急な招待に応じてくれて感謝するよ」
芝に足を踏み入れたアレイシアにシューゲルが歩み寄った。
「いえ、押しかけたものはこちらだもの。受け入れてくれてありがとう」
公爵家の当主と公爵家の長女。
肩書き的に圧倒的に当主の方が上だが、シューゲルのアレイシアへと接する態度は同格の者に接するかのようだった。
気になった俺は近くに佇んでいるノルド父さんに尋ねることにした。
「ねえ、ノルド父さん」
「なんだい?」
「どうしてシューゲル様はアレイシア様にあんなに気を遣っているの?」
「それはアレイシア嬢が次のリーングランデ家の当主になることが決まっているからさ」
「え? つまり、アレイシアは次期当主ってこと?」
「そういうことになるね」
「お披露目会はまだだけど、その事は正式に現当主から発表されているわ」
次期当主に近い位置にいることは察していたが、まさか既に次期当主になることが決まっているとは知らなかった。
「へー、そうなんだ」
「というか、あれだけ一緒に遊んでいるのにどうしてアルが知らないの?」
俺が知らないことに驚いたとばかりにエルナ母さんがぎょっとした顔になる。
「いや、アレイシアとは基本的に遊びとか、玩具の話しかしないし」
幼いラーちゃんと一緒に遊んでいるんだ。そんな小難しい貴族事情について話し合うことはないし、話し合うつもりもない。
そもそも俺ってアレイシアからそんな話をしてもらえるほど仲が良いのだろうか?
個人的にはラーちゃんが俺に懐いているからアレイシアも付いてきているイメージだな。
「呆れた。本当にただ遊んでいるだけなのね」
「ええ? ただ遊ぶ以外にどうするものなの?」
エルナ母さんが言うには、貴族の子供同士でも会話中にそれとなく王都の内情について探りを入れたり、相手をおだてて領内の特産品について聞き出したりするらしい。
ただ子供が一緒に遊ぶだけでそんな思惑を乗せようとしてくる貴族が怖い。
「スロウレット家には到底できない事だ」
「エリノラとシルヴィオにはできないだろうけど、アルは得意だと私は思っているわ」
それは息子たちの中で俺だけ性格が悪いって言いたいのだろうか?
そんな事を言い返したいが、さすがにパーティー会場なので自重する。
代わりに抗議するような視線を飛ばすと、エルナ母さんはクスクスと受け流すように笑った。
「それにしても立食形式になったのね?」
エルナ母さんとじゃれ合っていると、シューゲルと話しているとアレイシアからそんな疑問の声が聞こえた。
これに関しては提案した俺が説明する方がいいだろう。
「串揚げという料理の特性上、熱々の状態で召し上がっていただくのが最善ですので恐れ多くもこのような形での提案をしました」
「へえ、面白い提案だわ。アルが考案した串揚げを楽しみにしているわ」
立食形式についての説明をすると、アレイシアは満足そうに微笑んだ。
「アルー! 串揚げまだー?」
アレイシアと話し合終えると、ラーちゃんが焦ったそうな声でこちらを見上げてくる。
後ろではシューゲルが「すぐに用意しろ! ラーナが食べたがっている!」などと指示を出していたがフローリアに口を塞がれて止められた。
「串揚げは招待された人が全員来てからだよ」
「あと誰がくるの?」
「グレゴールとバルナーク伯爵って人だよ」
「ばるなーく?」
「王都の歌劇場を運営している人さ」
「おー」
どんな人かは知らない様子だったが歌劇場は知っているので何かすごい人ではあると理解してくれたらしい。
「噂をすれば二人ともやってきたみたいね」
アレイシアの声に反応して振り返ると、庭園に入場口となっている石畳の小道にはこちらにやってくる二人の大男がいた。
「どっちもデカーい」
俺たちが抱いていた率直な感想を口にするラーちゃん。
グレゴールの身長は二メートル近くあるのだが、バルナークもそれと同等くらいの身長があった。
芥子色の髪にダークグリーンの貴族の正装を身に纏っている。
精悍な顔立ちをしており、こちらはグレゴールほど強面ではなかった。
だが、非常に体格が良くて、まるで武人のような印象を受ける。
そんな大男たちが並んで歩いてくると迫力がすごいな。それぞれのインパクトがあり過ぎてバルナークの後ろにいる執事とグレゴールの後ろにいるティクルに気付くのがかなり遅れたほどだ。
「やあ、シューゲル。今日は随分と急な招待じゃないか」
「急に誘って悪かったな、バルナーク。だが、今日のゲストはお前にとっても嬉しい人物であろう?」
「ああ、なんといってもスロウレット家の当主が来ているのだろう!? そうでもなかったらいくら俺たちの仲でもこんな急な招待には応じないぞ!」
シューゲルの肩を叩き、豪快な笑い声をあげるバルナーク。
彼らに公爵家と伯爵家という地位の差があるのだが、そんな細かな礼儀を気にしないくらいに仲がいい
らしい。互いにかける言葉もとても気さくだ。
「ドラゴンスレイヤーの劇は我が歌劇場でも大きな興行収入となっている。モデルを許可してくれたお二方に是非ともお礼を申し上げたい。シューゲル、紹介してくれ」
「ああ、早速紹介しよう」
会話の流れを耳にすると、ノルド父さんとエルナ母さんが居住まいを正してバルナークの方を向いた。
俺はドラゴンスレイヤーではないもののスロウレット家の一員のために自己紹介をしなければいけない。
片手に持っていたグラスを給仕に渡すと、二人の傍へと寄っていった。
「ノルド殿、エルナ殿、こちらは王都で歌劇場の支配人をやっているオルランド=バルナーク伯爵だ」
「こうして顔を合わせられる機会を心待ちにしていたぞ、ノルド殿、エルナ殿!」
シューゲルが紹介すると、バルナークが鼻息を荒くしながら声を張り上げた。
「こちらこそお会いすることができて光栄です、バルナーク様」
「書簡を交わす度に、直接お話しできる日を心待ちにしておりました」
おお、エルナ母さんが男爵婦人モードになっている。
屋敷だと絶対にそんな言葉遣いをしないのにな。俺も言えたことじゃないけど。
「劇ではお二人の冒険譚を使わせていただき感謝する。ドラゴンスレイヤーの舞台はお陰で王都の市民から絶大な人気だ」
「いえ、私共のような冒険譚をバルナーク様が取り上げてくださり、感謝しております」
「バルナーク様のお陰で困窮して領地を開拓し、領民の生活を豊かにすることができました。感謝の念に堪えません」
へえ、ドラゴンスレイヤーの劇って、一応はノルド父さんたちから正式な許可を得てやっているんだ。それにエルナ母さんの口ぶりでは、使用料を貰っていたようだ。
それが興行収入の一部を継続的に貰っているのか、一度きりに買い切りなのかは不明であるが、スロウレット家が困窮している時の資金援助の一つになっていたらしい。
今でこそ俺の発明した利権で潤っているスロウレット家であるが、昔は魔物や盗賊などの被害も多く、今よりも領民の数も少なかったために税収も少なく困窮していたと聞いた。
ドラゴンスレイヤーの劇に対して恥ずかしさはあるものの決して中止を訴えなかったのはそのような契約があったからなのだろう。
「バルナーク様、本日は息子もきているのでご紹介をさせていただいてもよろしでしょうか?」
我が家の両親を題材にした劇の裏側の話が面白く聞き入っていると、話題転換をしたいのかノルド父さんが両肩を手にしてずいっと俺を前に差し出した。
「ああ、是非ともお願いする」
「父よりご紹介に預かりました、アルフリート=スロウレットと申します」
俺は左胸に手を当てながら王国式の一礼を披露する。
「…………柔らかな眼差しがエルナ殿とよく似ているな」
……やけに間があったね?
多分、二人の輝きに比べると、あまりにも地味なので褒め言葉を探すのに手間取ったのだろう。うん、逆の立場になれば、俺も反応に困るので仕方がない。
名乗りが終わって一区切りがついてしまった。
バルナークも何ともいえない俺にどのような切り口で会話をすればいいのか迷っている様子だった。微妙に気まずい間だ。
「今宵のパーティーでメインとなるものは、アルフリート殿が発明してくれた料理だ。味についてはうちの料理長も太鼓判を押している。バルナーク殿にも是非とも味わってほしい」
会話の糸口を見つけようとしたところでシューゲルがアシストをしてくれた。
有能さをアピールして、バルナークの興味を俺に植え付ける作戦らしい。
事実、料理の一つを開発したと聞いて、バルナークの目の色が少し変わった。
「ほう、元宮廷料理人であるベルナード殿がそう評価するか。それは楽しみだ。期待しているぞ」
うん? 今、元宮廷料理人って聞こえたけど?
俺が串揚げをご馳走し、さっき下処理を手伝わせていた人って実はすごい人なんじゃ……いや、大事な立食パーティーを前に余計なことを考えるのはやめよう。




