深夜の揚げ物
――深夜の揚げ物。
それは大人であれば、考えられないほどの蛮行である。
考えるだけで胸がドキドキする。
「アルフリート様、何をお作りになられるんですか?」
「揚げ物をしようかなと」
「揚げ物ですか? 聞いたことがありません」
「高温の油の中で食材を加熱する料理なんだけど、こっちじゃあんまり流行ってない?」
「存じ上げません」
そういえば、王都でも揚げ物料理は見たことがないな。
旅先のキッカやエスポートでもなかったし、カグラでもなかった。
ダリーのようにこの世界のどこかでは作られているのかもしれないが、少なくともこの辺りでは広まっていない調理法なのかもしれない。
「とにかく、そういう料理だから料理用の油を用意してもらってもいいかな? あと、今が旬の野菜なんかもお願い」
「かしこまりました」
ここがスロウレット家の屋敷であれば、勝手に冷蔵庫を漁ったり、亜空間からストックしている食材を適当に引き出すのだがここじゃそうするわけにはいかないからね。
ただソースだけはどうしようもないからロレッタがいなくなった隙に、手作りのソースだけは取り出しておく。
カグラの醤油、ラズールで手に入れた香辛料を使用して作った中濃ソースだ。
カレー作りの試行錯誤中に偶然出来上がった代物が、遂に日の目を見る時がきた。
揚げ物とソースの相性は抜群だぞ。
ソースの準備をしていると、ロレッタが瓶を抱えてやってきた。
俺はさも香辛料なんかを混ぜてソースを作っていた風な態度で彼女を出迎える。
「どの油をお使いになられますか?」
「随分とたくさんの油があるね」
さすがは公爵家の厨房。ただの油だけで十種類もの選択肢を提示されるとは思わなかった。
「こちらが油蛙から分泌された油でして熱に強く、汚れにくい性質があります。こちらの油はキャノンプラントの種から抽出された油でして――」
「うん、コーン油にしておくよ」
ロレッタがひとつひとつ丁寧に特徴を説明してくれるが、揚げ物に使ったことのない油をひと様の厨房で試すのは怖かった。
この世界独自の油に惹かれはしたけど、ここは無難に使ったことのあるものを選択。
魔道コンロの火をつけると、俺は大きな鍋を設置し、そこに大量のコーン油を投入。
ロレッタが食材をかき集めている間に、俺はバットに薄力粉、溶き卵、パン粉といった衣の準備を進行させておく。
「アルフリート様、食材を持ってきました!」
衣の準備が出来上がる頃には、ロレッタが一通りの食材をテーブルに並べてくれた。
肉、野菜、魚、貝と多種類の食材が用意されている。
海に面していない王都なのにこれだけの海鮮食材が用意できるのは、ミスフィード家の人脈と財力があってこそだろうな。
食材を眺めていると、俺はふと一つのザルに乗せられた食材が気になった。
「このアスパラガス、たくさん魔力を含んでる?」
この世界独自の食材なら数えきれないほどに見てきたし、多少の魔力を含んだ食材も見たことはある。しかし、ここまで芳醇に魔力を含んだ食材は初めてだった。
「こちらはカルデアで栽培された食材ですから」
「カルデア?」
「霊峰カルデアでは空気や地中が豊富な魔力で満たされており、そこで栽培される食べ物は独特な変化を遂げ、とても美味しいようです」
神聖イスタニア帝国とアルドニア王国の境目に位置する山脈地帯のようだ。
そこで育てられた野菜はどれも美味しく、農業の名産地と呼ばれているらしい。
この世界にそんな場所があるとは思わなかった。
特別な美味しい野菜が育つ霊峰かぁ。
落ち着いたら転移旅でそこに行ってみるのもアリかもしれないな。
「じゃあ、せっかくだしこのアスパラガスを使ってみようかな」
カルデアで育てられた野菜がどれだけ美味しいのか気になる。
俺はアスパラガスの根元を包丁で切り、三分の一をピーラーで剥いてしまう。
電子レンジがあれば加熱するところであるが、この世界には存在しないので魔法でお湯を作り出すと、サッと茹でる。
豚バラ肉に軽く塩と胡椒を振ると、アスパラガスに巻いていく。
「アルフリート様は料理がお上手ですね。よどみのない手つきを見れば、手慣れていることがわかります」
後ろで作業を眺めているロレッタが感心した声を漏らす。
「料理は好きだから割と普段もするんだ」
「お貴族様でも料理をされるんですね」
「家柄にもよると思うけど、すべての貴族が裕福だってわけじゃないからね」
たとえ、貴族であっても領地が小さく、人口が少なければ税収は微々たるものだ。独自の名産品でもなければ、領内は潤わず貴族といえど派手な生活を送ることはできない。
お金に余裕がない貴族は料理人を雇うことができず、奥さんが料理人を兼ねることもある。
「そうだったのですね」
そんな田舎の貴族事情をロレッタは知らなかったらしく目を丸くして驚いていた。
うん、こんなビッグな貴族に仕えていたら、そんな貴族がいるとは思わないもんね。
貴族だってピンキリなんだよ。
そんな雑談をしている内に油は十分に温まり、アスパラに豚肉を巻くことができた。
「よし、ここから揚げていこう」
アスパラを薄力粉、溶き卵、パン粉の順番につけると、高熱の油の中へと浸した。
じゅわあああああっと油の弾ける音が鳴った。
「わわっ! アルフリート様! 大丈夫なのですか!?」
後ろで控えていたロレッタが驚きの声を上げた。
どうやら油の音に驚いてしまったらしい。
「大丈夫だよ。これはこういう調理法だから」
「そ、そうですか」
落ち着いた声音を出すと、ロレッタは冷静さを取り戻してくれた。
だけど、なんだか人の気配が大勢する。
気が付くと俺を囲うようにしてミスフィード家の料理人がいた。
「……あの、なにか?」
「見慣れない調理法だったので是非勉強させてくださればと」
声をかけると、壮年の男性が答えた。
知らない人に囲まれた状態で料理をするのは落ち着かないんだけど、厨房を借りているのはこっちだし見学を許可する。
ただ油で揚げるだけの料理が勉強になるかはわからないけど、興味があるなら好きに見てくれればいい。
続けてアスパラの肉巻きを一本、もう一本と投入していく。
次々と現れるゲストの登場に油たちは拍手をもって出迎えてくれる。
「落ち着いて聴いてみると、美味しそうな音でしょ?」
「最初はビックリしましたけど、なんだか心地のいい音のような……」
この音をいい音だと思えるロレッタには、揚げ物を好きになる才能がある。
無意識に口が半開きになっているのは指摘しないでおこう。
数分ほど加熱すると、しっかりと火が通って衣がキツネ色へと染まった。
余分な油を切りながらペーパーを敷いているお皿の上へと盛り付けていく。
仕上げに手作りの中濃ソースをかけて、カットしたレモンを沿えれば完成だ。
「肉巻きアスパラガスの一本揚げの完成だ」
「お部屋に運びましょうか?」
「いや、揚げ物はすぐに食べるのが一番だよ。だからここで食べる」
ミスフィード家の屋敷は広いんだ。呑気に自分の私室まで運び込んだり、ダイニングルームに移動していては冷めてしまう。そんなものは揚げ物に対する冒涜だ。
俺は厨房から出ることなく、その場で肉巻きアスパラの一本揚げを食べることにした。
サクリと衣の弾ける音が口内で響く。
サクサクと衣の感触が続き、その下から太く大きなアスパラガスがやってくる。
その豪快な見た目からは想像もできないほどに柔らかく、歯を突き立てるとあっさりと千切れた。
「美味しい! というか、なんだこれ? 俺の知っているアスパラガスと全然違う!」
穂先から根元まで柔らかくて瑞々しい。シャキッとした歯応えがあるのに、繊維質が少なくて引っ掛かる感じがまるでしない。
穂先はほろ苦くも濃厚な甘さがあり、茎には豊富な水分が含まれていて噛んだ瞬間にじゅわっとしたジューシーさが広がる。
「これが魔力を豊富に含んだカルデア野菜か。めちゃくちゃ美味しいじゃん」
俺が揚げ物に舌鼓を打っていると、不意に後ろからくううとお腹の鳴る音がした。
「――ッ!?」
振り返ると、ロレッタがお腹を押さえていた。
彼女は「聞こえました?」というように視線を向けてくるので頷いてやると、サッと頬を赤く染めた。
「ロレッタも食べる?」
「い、いえ。勤務時間中ですし、こんな時間に食べるわけには……」
などと言っているが、その声は消え入りそうなほどにか細い。
理性と欲望の狭間で揺れているようだ。
「では、私がご相伴に預かってもよろしいでしょうか?」
もう一押しだなと考えていると、壮年の料理人が言ってきた。
「いいよ」
「ありがとうございます」
こくりと頷くと、壮年の料理人がフォークを伸ばし、肉巻きアスパラの一本揚げを口にした。後ろから「ああぁ……」というロレッタの切なそうな声が聞こえた。
「ぬぬう! 衣のサクサクとした食感とアスパラガスのシャキシャキ感、そして肉のジューシーさが絶妙に組み合わさっている! アスパラガスの自然な甘みが凝縮されて引き出されており、肉の旨みにも負けていない! これは見事な一品だ……ッ!」
さすがは料理人だけあって食レポが美味いな。
「私もいただいていいでしょうか?」
「お願いします! 僕にも味見をさせてください!」
壮年の料理人があまりにも美味しそうに食べるので、見ていた他の料理人たちが目の色を変えながら懇願してくる。
「う、うん。いいよ」
頷くと、若い料理人たちもおずおずとフォークを伸ばして口へと運ぶ。
「うわっ! これは美味しいわね! それにとてもボリュームがあるわ!」
「焼いたり、煮たりするのとも違う。加熱しながらも素材の水分が閉じ込められていて、旨みが凝縮されている」
「特にこの甘いタレとの相性が最高だな。何かの調味料をベースに香辛料を混ぜているように思える」
料理人だけあって味の研究に余念がないな。とても盛り上がっている。
皆がわいわいと揚げ物を食べる中、メイドであるロレッタは口を完全に開けており羨ましそうな顔をしている。
「あ、あの、アルフリート様。やっぱり、一口だけ貰ってもいいでしょうか?」
「どうぞ」
――堕ちたな。
そんなことを思いながら俺はロレッタにアスパラガスの盛り付けられたお皿とフォークを差し出した。
彼女はフォークを受け取ると、おそるおそるといった様子で突き刺して頬張る。
「美味しい!」
「でしょう?」
そう、その一言を待っていたんだ。
目の前に揚げたての料理があるのに無理をして食べないなんて言うから、俺はこんなにも意地悪をしてしまった。許してくれ。
「一口じゃ止められないよね?」
「はい! 止まりません!」
「追加で揚げたてのものを作ったけど、食べたいよね?」
「はい! 食べたいです!」
揚げたてのものをお皿に乗せてあげると、ロレッタは嬉し涙を流しながらアスパラガスを口に含んだ。
俺も料理人もモリモリと追加分を頬張っていき、気が付くとミスフィード家の食糧庫からアスパラガスの在庫が尽きていた。
「ああ、私は勤務中の、それもこのような夜更けに美味しい料理を食べてしまいました」
「とんでもない蛮行だよね」
でも、皆が寝静まった夜にこんなに美味しいものを食べる優越感ときたら最高だ。
食べ終わった頃には俺の空腹も収まり、程よい満足感から眠気のようなものに襲われる。
「さて、そろそろ部屋に戻ろうかな。その前に片付けをしておかないと……」
「ご相伴に預からせてもらったのです。片付けは我々にお任せください」
「そう? ありがとう」
俺は料理人たちの厚意に素直に甘え、そのまま部屋に戻ることにした。
寝間着へと着替え、歯磨きを済ますと、俺はベッドへとダイブ。
適度に料理をして身体を動かし、美味しいものを食べて、心身ともに癒されたお陰で俺はあっさりと夢の世界へと飛び立つのであった。
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『異世界ではじめるキャンピングカー生活〜固有スキル【車両召喚】はとても有用でした〜』
異世界でキャンピングカー生活を送る話です。
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