クロノワインド家からの手紙
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翌朝。俺はノルド父さんとエルナ母さんの私室へと向かい、そちらで朝食を食べていた。
「今日はお爺ちゃんの家に行くんだよね?」
「そうよ。朝食を食べたらすぐに出発するわ」
昨日言っていたように今日はラザレス爺ちゃんの家に行くようだ。
お爺ちゃんとお婆ちゃんに会うのは約一年ぶりなのでちょっと楽しみだ。
「アルフリート様、お手紙が届いております」
などと思いながら朝食を食べていると、サーラから手紙を差し出される。
「……二人じゃなくて俺に?」
「はい。アルフリート様です」
ノルド父さんやエルナ母さんへのお茶会、夜会の誘いの手紙ならともかく、俺にというのは珍しい。
「……僕たちがいない間にまた何かしたのかい?」
「いや、何もしてないよ」
しかも、またって常に俺が何かやらかしているような言い方はやめてほしい。
昨日も大人しくアレイシアと遊んで、ラーちゃんと一緒にヴァーシェルの授業を受けていただけだ。断じて面倒事に巻き込まれるようなことは何もしていない。
だから、エルナ母さんも猜疑心の込もった視線を向けないでほしい。
「どこの家なの?」
「えーっと、見たことのない家紋だ」
封筒の裏側を確認すると、見覚えのない家紋が蜜蝋として押印されていた。
見覚えのあるリーングランデ家でもドール家でもシルフォード家でもない。
誰なんだ? 知らない人からの手紙とかちょっと怖い。
「クロノワインド伯爵家からじゃないか!」
「あー、昨日ラーちゃんと一緒に受けたヴァーシェルの先生か……」
「ヴァーシェルの授業? そんなものを受けていたの?」
エルナ母さんが聞いていないとばかりの顔をする。
「フローリア様に強引に勧められたんだよ」
二人とも昨日はお茶会や夜会で忙しくて、帰ってきたのも夜遅かったから共有ができていなかった。これは仕方がない。
「伯爵家が一体何の用なんだろう?」
「開けてみなさい」
エルナ母さんに言われ、俺はペーパーナイフを使って封筒を丁寧に開封。
そして、中にある手紙を読んでみる。
「門下生への誘いみたい」
「クロノワインド家の門下生だって!?」
「それってそんなにすごいことなの?」
ノルド父さんがやけに驚いているので尋ねてみる。
「クロノワインド家は代々宮廷楽師となる奏者を排出している名家なんだ」
「音楽家にとってもっともプロに近づける場所と言われているわ」
「へー、そうなんだ。あ、ノルド父さんとエルナ母さん宛ての手紙も混じってる」
「見せなさい」
二人への手紙もあったので速やかに渡す。
ノルド父さんとエルナ母さんはじっくりと手紙を読み込むと、神妙な表情で顔を見合わせ、それからまじまじと俺を見た。
「……なんて書いてあったの?」
「端的に言うと、どうやらアルにはヴァーシェルの才能があるから一刻も早く相応の環境を用意した方がいいって」
「私の方も概ね同じ感じよ。アルがヴァーシェルの奏者を目指すのであれば、クロノワインド家が支援をしてもいいとまで言ってきているわ」
「丁重にお断りする方向で」
「クロノワインド家からお誘いなのにいいのかい?」
きっぱりと回答をすると、ノルド父さんがちょっと残念そうに言う。
「ヴァーシェル奏者になる気なんてサラサラないし、仮に門下生に入ったところでそれ一本で食べていける保証もないじゃん」
「それはそうだけど……」
「我が息子ながら夢がないわね」
「夢ならあるよ。大人になっても働かずに食っちゃ寝して生きるっていう大きな夢が」
そう。俺の目標はスローライフ。
大人になっても大して働かず、グレゴールやサルバのように最低限の責務だけを果たし、自分の好きなことしてゆったりと暮らすんだ。
「アルを無理矢理にでもクロノワインド家の門下生にした方がいい気がしてきたわ」
「僕もそう思うよ」
「なんで!?」
夢がないなんて言うから、壮大な夢を語ったというのに何故か残念な目で見られた。
実に理不尽だと思う。
●
ルーテシア先生にお断りの返事を書いた俺は、予定通りにエルナ母さんの実家に向かうことにした。
とはいっても、エルナ母さんの実家は王都の北区にあるのでミスフィード家のお屋敷から出て二十分もかからない。
ぼんやりと景色を眺めていると、あっという間に目的地へとたどり着いた。
青々とした芝生が広がっている敷地には二階建ての邸宅が佇んでいた。
相変わらず広くて綺麗な家だと思う。
敷地の中に馬車を停めると、去年と同じ警護も兼ねた使用人が出てきて俺たちを家へと案内してくれた。
「よくきてくれたわね。久しぶりに会えて嬉しいわ」
リビングに入るなり一番に出迎えてくれたのは、エレーナお婆ちゃんであった。
「あら、アルってば顔色が悪いわ。慣れない王都の旅で眠れなかったのかしら?」
エレーナお婆ちゃんが俺を見るなり、心配そうな表情で近寄ってくる。
いや、いつも通りの顔なんだけど。
「目は死んでるけど、いつも通りよ」
「あら、そうなの?」
天然の祖母と天然の母の会話が色々と酷い。
「ご無沙汰しております。エレーナさんもお変わりないようで」
「ノルドさんも元気そうでなによりだわ」
ノルド父さんがぺこりと頭を下げると、エレーナお婆ちゃんが笑みを浮かべて立ち上がる。
「本当に一年経ったんだよね? なにも変わってなくない?」
「う、うん。僕もそう思うよ」
「あら、二人とも嬉しいことを言ってくれるわね」
照れた様子で頬に手を当てるエレーナお婆ちゃん。
本当に見た目が三十代なのでお婆ちゃんと呼ぶことに抵抗しかない。
所説によると、年齢が四十、五十を越えているとのことだが、エレーナお婆ちゃんの見た目は一年前と何も変わっていなかった。
「エリノラはおらんのか?」
ひょっとして魔女ではないかと疑っていると、ラザレスお爺ちゃんが周囲を見回しながら言った。
「……ラザレス爺ちゃんも変わってないや」
「ええ、今日も孫バカね」
第一声が去年とまるで変っていない。
あまりの平常具合にエルナ母さんもロクに気にかけないほどだった。
「お義父さん、今回もエリノラはいませんよ」
「お義父さん言うな!」
ノルド父さんが答えてあげると、ラザレスお爺ちゃんがいきり立つ。
一体、いつになればノルド父さんはお義父さんと呼べる日がくるのであろうか。
「大体、どうしてエリノラはおらんのだ?」
「王都に用事がないからですよ」
「そこは用事がなくても連れてくるべきだろうが」
そんな無茶な。
あの横暴な姉を動かすことがどれだけ難しいかラザレスお爺ちゃんは知らないんだろう。
「どうせ春になればエリノラは騎士団に入って、王都に住むことになるんだからいいじゃない」
「それはそれ。これはこれだ」
エルナ母さんが呆れたように言うが、ラザレスお爺ちゃんはぷいっと顔を背けた。
エリノラ姉さんが大好きなお爺ちゃんはいつでも会いたいらしい。
というか、こんなにも気に入られるなんてこっちに来た時はそんなにお行儀がいいのか? 想像できない。
「アルだけがくっ付いてきているということは、こやつは王都に何か用があったのか?」
「以前、ミスフィード家を領地に招待したことがあって、今回はこちらが招待してもらったんだ」
事前の打ち合わせ通りに決めていた経緯を淀みなく答えた。
シューゲルが勘違いした事件については、ほんの一部しか知らないことだし、魔道具を貰ったことで口止めもされている。
ミスフィード家の名誉やラーちゃんの将来のためにも無暗やたらと言い触らすものではない。
「ほお、ミスフィード家の者と仲がいいのか……見た目によらずやるじゃないか。よしよししてやろう」
ラザレスお爺ちゃんがワシワシと頭を撫でてくる。
見た目によらずっていう言葉は余計だと思う。
「この子ってば、爵位の高い貴族とばかり仲良くなるのよ? お陰で貴族としての立ち回りが大変よ」
「違うよ。向こうから勝手に寄ってくるんだって」
断じて俺が積極的に仲良くしにいったわけじゃない。
「アルはいろいろな人と仲良くなれる才能があるのかしら?」
「人脈作りが上手いっていうより、癖の強い似た者同士が集まるっていう感じね」
エレーナお婆ちゃんの言葉に対し、エルナ母さんが酷い回答をする。
それじゃあ、俺が変な人のように思われるのでやめてもらいたいものだ。




