先生は猫好き
授業曲が決まると、ルーテシアがテーブルに移動して紙に何かを書いていく。
チラリと覗き込むと、猫を踏んだ曲の楽譜を書いてくれているようだ。
見慣れない記号があるけど、こちらの世界も楽譜は大まかに同じらしい。
「ラーナ様、こちらの楽譜を元に弾いてみてください」
「うん、わかった!」
「……あの、先生、俺には?」
俺もこの世界の楽譜が欲しかったので尋ねてみると、ルーテシアはこいつは何を言っているのだと言わんばかりの顔をした。
「アルフリートさんには必要ないでしょう。ラーナ様の手本になるように一緒に弾いてあげてください」
「……はい」
俺も初心者なのに扱いが雑でちょっと悲しい。
「それじゃあ、ラーちゃん。一緒に弾いてみようか」
「うん!」
ラーちゃんが楽譜を読み込むと、ゆっくりと一緒に音を鳴らしてみる。
ラーちゃんの奏でる音はゆっくり目ではあるが、しっかりと曲として成立していた。
何度かそれを繰り返していくごとにラーちゃんの指の動きが滑らかになっていく。
猫を踏んでしまった曲は単純な動きの繰り返しだ。右手の運指はたった四通りしかない。左手に至っては指一本だけで弾くことができる。
とはいえ、ここまですぐに弾けるのはルーテシアの授業の質がとてもいいからだろうな。
「いいね! その調子! 猫ふんじゃった……猫ふんじゃった……」
「ちょっと待ってください」
リズムを取るために猫の曲を口ずさんでいると、突然ルーテシアからストップの声が。
「なんです、先生?」
「……アルフリートさん、この曲は何をイメージして作成されたのです?」
「猫の尻尾を踏んでしまったイメージです」
「え」
率直にイメージ元を答えると、ルーテシアが戸惑いの声を上げた。
「な、なぜ、そのような酷いイメージを?」
「適当に思いついたものなので」
「だとすると、私のアレンジは猫様をすり潰すような勢いということに……」
ルーテシアが頭を抱えてぶつぶつと何か言っている。
猫様とかいう言葉が聞こえたから、彼女は猫好きなのかもしれない。
だとしたら少し可哀想なことをさせてしまったな。
「先生! 弾けるようになったよ!」
「では、私と一緒に演奏してみましょうか。アルフリートさんは、その間に自身でアレンジを考えておいてください」
「え? あ、はい」
なんかさっきよりさらに対応が冷たくなってない? 愛猫家に猫を踏んだ曲を弾かせてしまったからだろうか?
まあいいけど、アレンジってどうすればいいんだ?
俺にはルーテシアのような豊富な知識や経験もない上に音楽の才能なんてないのでアレンジしろと言われてもどうしたらいいかわからない。
彼女のように曲の続きを作成したり、突入で転調させたりといったことは俺には無理だな。
ヴァーシェルの音の特性を変えてやって乗り越えることにしよう。
そんなことを考えている間に、ラーちゃんとルーテアシアの演奏は終わった。
ラーちゃんの満足げな表情を見る限り、しっかりと通しで弾くことができたようだ。
「では、アルフリートさん。アレンジをお願いします」
「わかりました」
俺の脳内で構想を固めると、ルーテアシアの前にあるイスに座ってヴァーシェルを構えた。
張っていた魔力弦を解除し、弦を少し柔らかいものへと張り替えた。
ルーテシアが見守る中、俺は猫を踏んでしまった曲のアレンジを披露した。
わざと外した音程を鳴らすと、真剣な表情でこちらを見ていたルーテシアがずっこけそうになった。
原曲はどこか騒がしくてポップなイメージであるが、俺はその要素を徹底的に排除してゆるい曲に変えてやった。
テンポは遅く、ゆるやかなものにし、時折わざと音階を外してやる。
基本はほぼ同じだが、たったそれだけで聴こえ方がかなり変わる。
自分でも聴いていてかなり間抜けな曲だと思う。
「……なんですか? この気が抜ける、やる気のない曲は?」
ルーテシアがずれてしまった眼鏡のフレームの位置を直しながら尋ねてくる。
「脱力系アレンジです」
「な、なるほど。そう言われれば、妙なテンポと外れた音階にも納得がいきます。こんなアレンジの仕方があったとは……」
「合格ですか?」
「ええ、合格です」
神妙な表情を浮かべられつつも、俺はルーテシアから合格を頂戴するのだった。
●
ヴァーシェルの授業が終わって音楽室を出ると、フローリアが廊下で待っていた。
「ラーナ、授業はどうでした?」
「楽しかったー!」
フローリアの元に駆け寄り、今日の授業がどんなものであったか語り出すラーちゃん。
俺が変な曲を持ち込んだせいで、いつもの授業と大幅に変わってしまったのが申し訳ないのだが、フローリアは大して気にせず嬉しそうに語るラーちゃんの言葉を聞いていた。
「アルフリート君はいかがでしたか?」
ラーちゃんから授業の様子を聞き終えると、フローリアが尋ねてくる。
「お陰様で得難い経験をすることができました」
受ける前までは面倒くさいという思いが八割だったが、普通にヴァーシェルの授業を受けてみると楽しかった。
前世でも大人になってからはつまらない研修やマナー指導のようなものしか受けていなかったし、学生の頃に戻ったような新鮮な気分になれた。
「どうです? 魔法学園に入学すれば、ヴァーシェルの授業を毎日受けることができますよ?」
「それは魅力的ですね。学園に通うかはわかりませんが、本日の体験を元にじっくりと考慮したいと思います」
にっこりと微笑みつつ、フローリアからの入学の勧誘を辞退する。
確かにヴァーシェルの授業は楽しかったけど、学校に通ってまで受けたいとは思わないからね。
「そうですか。ラーナも一緒に授業を受けることができて楽しかったようなので、今後もお暇があれば是非付き合ってあげてください」
「はい。またの機会があれば」
ミスフィード家にあとどれくらい滞在するかは不明であるが、またこんな風に一緒に授業を受けるだけであれば悪くない。それは素直な俺の気持ちだった。




