スパイスクッキー
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「はぁ、疲れた」
砂漠での稽古を終えると、俺たちはラーシャの店の居室へと戻ってきていた。
氷魔法を散布して部屋の気温を下げると、絨毯に寝そべって体力の回復を計る。
「やはり、アルにはこちらの剣術が合っていたな! 俺くらい才能があるぞ!」
「くっ、小僧の癖にあれほどの呑み込みを見せるとは……」
絨毯に腰を下ろしたサルバが愉快そうに笑い、シャナリアが複雑そうな表情で呟く。
最初は歩法だけという話だったのに俺の呑み込みがよかったせいか、ラズール王宮剣術の基礎や軽い応用まで教わる羽目になってしまった。
魔法で褒められることはあっても、剣術で褒められることなんてほとんどなかったので変な感覚だ。
いや、性格の悪い剣術なのに、その才能があると言われても嬉しくはないな。
「……アル、時間があるのであれば、真面目に剣術に取り組んでもいいのではないか?」
二人だけでなくバグダッドまでそんな提案をしてくる。
愉快犯な側面があるサルバだけの評価ならともかく、真面目なシャナリアやバグダッドまで評価してくれるのだから本当に才能があるのだろうな。自分ではそんな実感がないけど。
「そうだ。俺が宮殿に招いて正式に弟子にしてやろう」
「サルバ様が正式に弟子を!?」
シャナリアの驚き方からサルバが弟子を取らないタイプなのはわかるが、なにも嬉しくはない。
「いや、剣術に興味はないから。というか、そのまま取り込む気満々じゃん」
他国の王族に養われるのは悪くはないが剣術漬けの生活になる上に、氷魔法や水魔法などを利用されて色々やらされるのが目に見えていた。
「ちっ、バレたか」
ジトッとした視線を向けると、サルバは残念そうに舌打ちする。
相変わらず何を考えているのかわからない第二王子だ。
「……俺はそろそろ帰るよ」
しばらく、寝そべっていると稽古による疲労が徐々に薄れてきた。
年をとってしまうと体力の回復に時間がかかるものだけど、子供の身体だと回復までの時間が早いな。
「次はいつくるんだ?」
「わからないけど、また来るよ」
カレーを作るために香辛料の補充でここには来るがそれがいつになるかはわからない。
「そうか。その時はまたこの店に顔を出せ」
「わかったよ」
最初は随分と引き止めてきたサルバだが、定期的に出会って遊ぶことで引き止めることはなくなった。
毎回引き止められるのは面倒だし、こういう風にラフに遊ばせてくれるととてもありがたいものだ。
なんだかんだと面倒ごとに巻き込まれるが、ここで三人と遊ぶのを俺も悪く思っていないからね。
「アル、預かっていた香辛料だ」
「ありがとう」
バグダッドから香辛料の入っている木箱を受け取る。
見送ってくれるのか、サルバとシャナリアも立ち上がって入口に付いてくる。
そのまま適当に別れようと思ったが、押し売りだったとは第二王子に剣術を教えてもらって何もお返しをしていないというのは気持ちが悪いな。
ここでお返しをしておかないと後でとんでもない請求をされそうで怖い。
俺は木箱の中で亜空間を開くと、その中から水魔石を五つほど取り出した。
王都の香辛料店の人がこっちでは需要が高いって言っていたっけ。
「サルバ、これあげるよ」
「水魔石だと!?」
「……しかも、かなり純度が高い」
スッと魔石を差し出すと、シャナリアとバグダッドが驚きの声を上げた。
カグラに向かう最中に『銀の風』のメンバーやルンバと一緒に倒した海の魔物から採取した魔石だ。
「……いいのか? こっちではこれ一つでそれなりの資金になるぞ?」
「俺の国だと入手しやすいし」
「であれば、ありがたく受け取っておこう。こちらでは純度の高い水魔石はかなり貴重だからな」
サルバは水魔石を丁寧に懐に仕舞い込んだ。
「それじゃあ、またね」
「ああ、またいつでも遊びにこい。というか、俺が暇だから来い」
仮にも第二王子なのにそんなに自由人でいいのだろうか?
サルバのように上手く立ち回れるのだったら王族に転生するのもアリだったのかもしれない。
●
サルバたちと別れた俺は空間魔法による転移で王都に戻ってきた。
ラズールの服を脱いで、王国の服装へと着替える。
しっかりと砂埃を落とし、消臭剤を振りまいて香辛料の匂いを消し去ると、いくつかの本と香辛料の瓶を手にして、なにげない様子でミスフィード家の屋敷へと戻った。
「お帰りなさいませ、アルフリート様!」
エントランスに入ると、ちょうど通りかかったのかミーナが出迎えてくれる。
「あっ、ミーナ。なんだか久しぶりに話したね」
屋敷では常に俺たちの身の回りの世話をしてくれているが、こうしてゆっくりと話すのは随分と久しぶりのように思えた。
「本当ですね! アルフリート様は基本的に誰かとご一緒されていることが多いですから」
「確かにそうだよね」
この屋敷にやってきて俺はラーちゃんと主に行動を共にしたり、シューゲルやグレゴールと話し込んでいたり、ギデオンに絡まれたりしている。
皆、やんごとなき方々なのでミーナやサーラが俺に同行してくれていても、気安く会話できる雰囲気ではなかったからね。
「サーラは?」
「ノルド様とエルナ様の方に同行しています」
ということは、まだあの二人は帰ってきていないんだ。
「もう夕方なのに帰れないなんて三人とも可哀想に。下手すると夜会にも呼ばれて、帰ってくるのは夜遅くとかになりそう」
「……私もそんな気がします。アルフリート様がお買い物に行ってくださって助かりました」
ホッと胸を撫で下ろすミーナ。
どうやらミーナは俺が別行動をしているために屋敷に残ることができたようだ。
「どう? こっちの屋敷では上手くやれてる?」
「はい! 上手くやれていると思います!」
ミーナから前向きな台詞を聞くと、逆に不安になってしまうのはなぜだろう。
なんだか聞いて逆に怖くなってきた。うちの駄メイドがミスフィード家の使用人に粗相とかしていないだろうか。
「本当に? 完璧かい?」
「……強いていえば、ミスフィード家の使用人の方との連携に問題がないか不安です」
俺が前世の会社でも使っていた尋ね方をすると、ミーナがぽつりと答えた。
人は完璧かと問われると、よっぽどの自信家以外は頷くことが難しい。
「あー、あちらの使用人には普通に貴族のご息女とかいるもんね」
「そうなんです! なにか粗相をしていないか不安になる時があるんです!」
こうやって問いかけることによって本人が感じている不安を表面化させることが狙いだったけど、やっぱりミーナにもあるようだった。
「まあ、今のところ文句はこっちにきてないし問題ないと思うよ?」
「そうですかね! でしたら、安心しました!」
「おい、アルフリート!」
ミーナの話を聞いてあげて一息ついていると、突然後ろから声がかかった。
振り返ると、ギデオンがカツカツと音を鳴らして階段を降りてくる。
「ギデオン様、なんでしょう?」
問いかけると、ギデオンが不満そうな顔をする。
「……言葉遣いが違うだろ」
ミーナがいるので気を遣って公的な言葉にしておいたのだが、彼の中で使用人のいる状況は問題ないらしい。
「えっと、なんの用?」
「昨日のスパイスクッキーは本当に貴様が作ったのか?」
ギデオンがすっかり空となったスライムケースを掲げながら言ってくる。
よりによってクッキー大好きなミーナの前でその話題を出すなんて。
「――スパイスクッキーってなんです?」
俺が答えようとする前にミーナが強く反応を示す。
「昨日、こいつからお見舞いの品としてもらったクッキーのことだ」
本来、使用人が貴族のやり取りに口を挟むなんて言語道断なのだが、ミーナの異様なオーラに呑まれたのかギデオンが素直に答えてくれた。
そこはいつもの強気な態度で下がらせてよ。
「うん、そうだよ。香辛料を混ぜて作ったんだ」
「それは甘くないです?」
「男性向けだからそんなにかも」
「そうですか。甘くないんですか……でも、どんな味か気になります」
ミーナがこちらを見据えて凝視してくる。
ミスフィード家の屋敷なので直接催促することはないが、目が作ってくださいと雄弁に語っているようだった。
「わかったよ。香辛料も買ってきたし、空いた時間に作っておくから」
「ありがとうございます! ご歓談中に失礼いたしました」
スパイスクッキーを作ってあげることを約束すると、ミーナは上機嫌に去っていく。
「で、作ったのは俺だけど?」
「これを俺にも作ってもらうことは可能か?」
「……中身はどうでもいいじゃなかったんですか?」
俺は覚えている。
お見舞いとして渡した時にスパイスクッキーには興味を向けられなかったことを。
「甘いものは苦手なんだ。だが、これはそんな俺でも美味しく食べることができた」
「だからもっと欲しいと?」
「そういうわけだ」
視線を逸らしながらギデオンがこくりと頷く。
甘いものが苦手なギデオンだが俺が作ったスパイスクッキーは美味しく食べることができた。そう言われると悪い気はしない。
「対価は払おう」
「じゃあ、魔道具で」
「……おい」
さすがにスパイスクッキーを作るだけで魔道具を譲ってもらうのは難しいか。
「冗談です。銀貨二枚で二十枚ほど作るよ。あ、ちょっと値が張るのはラズール王国の香辛料を使っているからでぼったくりじゃないからね?」
むしろ、王国の香辛料店で仕入れた値段だとこれでも赤字だ。
銀貨二枚で済んでいるのは、俺がラズールで直接仕入れることができているからだ。
「わかっている。これで頼む」
直接仕入れていることはぼかしつつ説明すると、ギデオンは特に文句を言う事もなく金貨一枚を差し出し、用件は済んだとばかりに踵を返す。
「ちょっと! お釣りはいらないの?」
「それで百枚分だ」
ギデオンはそう短く答えると、スタスタと階段を上って姿を消してしまった。
軽い気持ちで作ったが、思いもよらないファンを生んでしまったようだ。
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