お礼
「……すみませんでした」
一時間後、ギデオンの寝室にて俺はお見舞い件、謝罪にやってきていた。
幸いにしてギデオンはただの疲労と魔法の不発による前力欠乏によって倒れただけなので命に別状などはないし、後遺症はない。
それでも無茶をさせてしまったので謝罪は必要だ。
「……やり方はあれだったとはいえ、詠唱破棄を教えろといったのは俺だ。とっかかりを掴めたことは事実であるし、貴様が謝罪する必要はない」
だよね! 俺、ギデオン様が詠唱破棄できるように尽力しただけだし! なんて風に言えたら世の中はどれだけ最高だろうか。
「ギデオン様の寛大なお心に感謝いたします」
「そのやたらと仰々しい話し方をやめろ。貴様にされるとおちょくられているように感じる」
前世でも仰々しい言葉遣いをしていると、よく煽っているのかと勘違いされたものだ。
俺としては一生懸命に敬っているつもりなんだけどな。
「じゃあ、こんな感じでいい?」
「ああ、公共の場ではない限りはそれでいい」
いつもの口調に戻して話してみると、ギデオンはなぜか満足したように頷いた。
偉い人というのは何を考えているのかよくわからない。
「ところで右手にあるケースはなんだ?」
「ああ、スパイスクッキーです」
ギデオンが目覚めるまでの時間に、俺はミスフィード家の厨房を借りてクッキーを作っていたのだ。形式としてはお見舞いなので何か手土産があった方がいいと思ってね。
「中身はどうでもいい。そのケースが気になる」
中身を見せるもギデオンはまったくの興味を見せなかったが、収容しているケースが気になったようだ。
「ああ、スライムの皮を加工して作ったケースですよ」
俺が説明しながら渡すと、ギデオンが食い入るようにして手にする。
スライムポイを作る時に偶然作ることができたものだ。
プラスチックケースのように軽くて丈夫なので、ちょっとした入れ物として重宝している。
「……これだけ軽量で丈夫な素材は画期的だ。これがもっと欲しい」
「トリエラ商会に卸してあるんでいくらでもどうぞ」
「そうか。後で屋敷に呼び寄せよう」
公爵家ともなると、商会に行くんじゃなくて呼び寄せるんだ。
後で呼び出されるトリーが気の毒だが、ミスフィード家との繋がりができるのは彼にとっても悪いことではないだろう。
「で、魔道具はくれるの?」
「完全に習得したとは言えないが、確かに取っ掛かりを掴めたことは確かだ。報酬として魔道具を譲ることを認めよう」
やった。これでミスフィード家の秘蔵の魔道具を貰える。
内心で大喜びをしていると、ギデオンがベッドから起き上がる。
「案内してくれるの?」
「違う。先ほどの感触を忘れない内にもう一度練習をするのだ」
ああ、成功体験は何度も繰り返して身体に染みつかせた方がいいからね。
さすがは魔法貴族の家系だけあって魔法を習得するコツを深く理解しているらしい。
倒れるほどに身体が疲弊しているというのに立派なことだ。
「あれ? それじゃ、俺の魔道具は?」
「父上に話を通してあるから適当に貰ってこい」
そんな適当でいいのかと思ったが、ギデオンは詠唱破棄に夢中らしく俺を置いて先に中庭の方へと行ってしまった。
ということは、シューゲルを相手に魔道具の交渉をしないといけないわけか。
俺としては魔道具に無頓着なギデオンを相手に交渉をしたかったのだが、彼は稽古に夢中なのでしばらくは相手にしてくれないだろう。成功しそうな魔法を目の前にすると、それ以外のことが煩わしく思ってしまうのは魔法使いあるあるだ。
「やあ、アルフリート殿」
ギデオンの寝室を出て三階のホールへやってくると、シューゲルがソファーに座って待っていた。
「シューゲル様! ご子息には負担をかけることになって申し訳ありません」
「気にすることはない。息子なんてあんなものであろう」
倒れるまでの訓練となってしまったことを謝罪するが、シューゲルはまったく気にした様子はない。息子と娘の扱いにあまりに差があって不憫にも思えるが、どちらの世界も息子に対する父親の温度感はこんなものだ。
「さて、報酬の件であったな。息子に詠唱破棄の手がかりを伝授してくれたお礼に魔道具を譲ろうと思う」
「ありがとうございます」
「付いてきたまえ」
シューゲルがソファーから立ち上がり、廊下を歩き出した。
おそらく、魔道具を保管している一室へと案内してくれるのだろう。
「あっ! アルとパパだー!」
階段を下って一階まで降りると、ラーちゃんとお付きのメイドであるロレッタと遭遇した。
服装がドレスから動きやすい平服となっている。
ちょうど湯浴みなどを終えて私室へと戻る途中だったのだろう。
「なにしてるの?」
「シューゲル様に魔道――」
「アルフリート殿に私の魔道具を見せてあげようと思ってね!」
ラーちゃんの問いかけに答えようとしたらシューゲルがそれを覆うようにして大きな声で答えた。
どんだけ娘と話したいんだ。このおっさんは。
「パパのコレクション部屋!? わたしも行きたい!」
「おおー、いいぞ。ラーナもおいで」
「うん!」
俺が面白そうなことをしているので、とりあえず付いていきたいだけだろう。
特に拒否する理由もないのでラーちゃんとロレッタを加えた四人で屋敷の廊下を進んでいく。
「気になったのですがシューゲル様は、ギデオン様に詠唱破棄を教えなかったのですか?」
シューゲルほどの魔法使いが、詠唱破棄、無詠唱を使えないというのは考えられなかった。
だとすれば、彼が教えればよかったのではないかと思う。
「伝授しようとしたことがあるが、どうも上手く教えることができなくてな」
「詠唱破棄や無詠唱って本人の才能や感覚によるところが大きいのでしょうか?」
今のところ俺が詠唱破棄や無詠唱を教えたのは、エルナ母さん、ラーちゃん、ギデオンだけだ。その三名に共通することは魔法の才能が突出していることくらいか。
「まだ解明されていない部分も多いが、それも一種の要因ではないかと私は考えている」
これについてはシューゲルも確信してわけではないようだ。
詠唱破棄はともかく、無詠唱で魔法を発動できる魔法使いって少ないからな。
単純にデータが少ないのかもしれない。
「アルフリート殿はそんな感覚的な技術を二名に教えることができた。案外、生徒たちに魔法を教える才能があるのでないのかね?」
「ご冗談を。ラーナ様とギデオン様は特別に優秀だっただけですよ」
二人は俺が教えなくてもいずれはたどり着けるほどの才能を持っていた。
俺自身が導いてやったなどと奢るつもりはない。
そんな他愛のない話をしていると、俺たちは一階の奥へとやってきた。
「この先だ」
重苦しい鉄の扉をシューゲルが開けると、その先には石造りの階段が続いていた。
どうやら魔道具は屋敷の地下に保管しているらしい。
壁には照明の魔道具が設置されており、シューゲルが魔力を注ぐと連動して灯りがついていった。
かつかつと先に進んで階段を降りていくシューゲルの後ろを俺は付いていく。
壁にはずらっと照明の魔道具が設置されており、俺たちの行く道を照らし続ける。
照明の魔道具はそこまで高価ではないが、設置されているものはどれも一つ一つデザインが違っていた。
恐らく、一つとして同じものはないのだろう。
安価な方とはいえ、オーダーメイドでこれだけの数を揃えるとなるとそれなりのお値段となる。
改めてミスフィード家の財力を思い知らされるものだ。




