理想の道楽貴族
「さて、さっきの人形操作で人間の基本的な動作ができることはわかった。次はいかにその動きの質を高めていけるか、より難しい動きに挑戦しているかだね」
「はい」
ティクルの良い所を褒めたところで次は改善点だ。
「ただ歩くといってもそのキャラの特性によって歩き方は変わってくる。たとえば、この貴族令嬢の人形――」
「アンジェラだ」
人形と呼ぼうとしたら即座にグレゴールから訂正が入ったので言い直す。
「失礼。アンジェラは貴族令嬢だ。令嬢だったら令嬢らしいお辞儀の仕方や歩き方をしなくちゃいけないんだ」
これは以前にもトールやアスモを例に出して説明したが、今のティクルの動きは一般的な人間の動きを再現しただけであって、そこにアンジェラの持っている属性の再現はまるでできていない。
女性らしい動きや令嬢である動きだとかだ。
俺は手本を見せるためにアンジェラにサイキックを発動。
魔力を浸透させると、ゆっくりと起き上がらせるとスカートの端を摘んで優雅に一礼。
一礼を終えると楚々とした動きで歩き出させた。
「はうう、やっぱり私の動きとは雲泥の差です」
「落ち込むでないティクル! この動きをしっかりと目に焼き付けて再現できるようにするのだ!」
「そ、そうですね!」
貴族の令嬢は走り回ることをはしたないとされるので滅多なことで走ることはないが、それでもティクルの動きを再現するためにスカートをしっかりと持ち上げて走らせる。
走った後はゆっくりとスカートを下ろし、しわにならないように伸ばしてからベンチに腰掛け、胸に手を当てて息の乱れを落ち着かせるなどの動きも加えておいた。
「さすがはアルフリート様です!」
「アンジェラ、私よりも礼儀作法が上手!」
「……ラーナ様、そこは胸を張って言うところではありません」
人形操作を終えると、ティクルとラーちゃんがパチパチと手を叩く。
ロレッタが思わず突っ込みを入れているが、そこは聞かなかったことにしよう。
「こういった優雅な動きを会得するには、礼儀作法を習った方がいいのでしょうか?」
「そうだね。深い理解を得るには実際に身に着けるのが一番かも」
「ティクル、屋敷に帰ったら母上に礼儀作法を教えてもらおう」
「は、はい! ぜひお願いできればと!」
「あとはもっと簡単に雰囲気を掴むには歩く歩幅を小さくしたり、動作のひとつひとつをゆっくりにしてみると淑女らしい動きになるよ」
「ありがとうございます! やってみます!」
「アル! 私もお人形さんを動かしてみたい!」
ティクルが練習に入ったところでラーちゃんが身体を跳ねさせて主張。
「じゃあ、どのお人形にしようかな……」
「ウサッピーがいい!」
部屋にある多彩な人形を眺めて悩んでいると、ラーちゃんがウサッピーを指さした。
普段目にすることのない動物や魔物を動かすことは難しいが、ラーちゃんが熱望しているのであればいいだろう。
「じゃあ、ウサッピーでも動かしてみようか。グレゴール、ウサッピーを借りてもいい?」
「もちろんだ!」
「ウサッピーにサイキックをかけてくれる?」
「うん! 『サイキック』」
グレゴールから許可を貰うと、ラーちゃんがウサッピーにサイキックをかけた。
「それぞれの四本脚を意識して、ゆっくりと歩かせてみて」
「うん」
ウサッピーは四本脚で歩く魔物なので、人型とは重心が違うので歩かせること自体が難しい。
まずは、そこを突破し、ウサッピーの歩き方を再現できるかどうかだな。
ラーちゃんがサイキックを使って、ゆっくりとウサッピーを歩かせる。
四本の脚がちょこちょこと動いて前に進む。しかし、動かすリズムがバラバラになってしまったのかウサッピーの人形はつんのめるようにして前に倒れた。
「ああっ! ウサッピー!?」
「脚がこんがらがっちゃったね。もう一度やってみようか」
サイキックで持ち上げてから元の状態に戻すと、もう一度歩かせるべく魔力操作を開始。
しかし、今度はウサッピーが左前脚と左後脚が一緒に動いてしまい、ウサッピーはバランスを崩して左側にこてりと倒れた。
「む、むずかしい……」
「意外と難しいよ」
簡単にできると思っていたのだろう。ラーちゃんが少し気合の入った顔をしながら再チャレンジをする。
しかし、三回目も四回目も五回目も転倒してしまい、結果は同じだった。
ウサッピーは元の位置からまったく前に進めていない。
「どうすれば上手く動かせる?」
「魔力をもっと調節しないと」
「どれくらい?」
自分の魔力と他人の魔力を数字的に表すのは難しい。
なぜならば、俺の魔力とラーちゃんの魔力は出力も量も違うからだ。
「一本の脚をぬるっと動かせるくらい」
俺はウサッピーにサイキックをかけると前の右脚だけを操作し、一センチ単位でゆっくりと前に動かしていく。とにかくゆっくりぬるりと。
「わあ、細かい!」
「ここまでする必要はないけど、こんな風に細かく魔力を浸透させて操作しないと」
今のラーちゃんの魔力操作の精度は五センチほどの動きしかできていない。
普通に扉を開けたり、物を持ち上げたりといった使い方ならばそれでも問題はないが、人形操作はより繊細な魔力操作が求められる。
三センチや一センチという繊細な動きができないためにウサッピーの脚が大きく動いてぶつかり合ったり、バランスを崩してしまうのだ。
これを改善するためにはラーちゃんにはより小さな単位を操れるように繊細な魔力操作を会得しないといけない。
「繊細な魔力操作を会得するにはどうすればいいのでしょう?」
「地道に魔力操作の訓練をするしかないね。身体全体に薄く魔力を張ったり、指先だけに魔力を纏わせてみたり、いくつもの物体にサイキックをかけられるようにしたり」
「ティクルは最初から上手くできたの?」
「い、いいえ! 私なんて人形を立たせるのに一日もかかりました! そこからアルフリート様に言われたメニューをこなし、二か月後にようやく歩かせられるようになりました」
「そんなに時間がかかるんだ!」
「いえ、私はそこまで魔法の才能があるわけではないので時間が……」
「そんなことはない。人形師を集めているが、一番上手く上達が早いのがティクルではないか。そう自分を卑下することはない」
「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです。グレゴール様」
先ほど俺が褒めろと言ったからだろう、グレゴールがすかさずにフォローして褒めた。
やり過ぎはよくないが、グレゴールがそういったところに言葉足らずなところがあるので多少意識してやるくらいがちょうどいいのかもしれない。
「まあ、そんな感じで難しい道のりになるけどやってみる?」
「やる! ウサッピーを動かせるようになりたい!」
「わかった。なら、まずはサイキックで十個の物体を動かせるようになろうか」
「やってみる!」
ちょうど室内にカトラリーボックスがあったので、そこに入っているスプーンやフォークを拝借。
それらをラーちゃんに渡すと、彼女はサイキックをかけて宙に浮かべた。
ラーちゃんの周囲で十個の食器が浮いている。
「こっちの右上と二つのスプーンと、左下のフォークが揺れてるよ。ちゃんと水平に維持できるだけの魔力を浸透させて」
「むー」
不安定になっている箇所を指摘すると、ラーちゃんがちょっとふくれっ面になりながらも魔力を浸透させて安定させた。
「今度は左上のスプーンが揺らいでいるよ」
「もー!」
片方を意識すれば、もう片方が疎かになってしまう。
サイキックで複数の物体を動かすのは難しいのだ。
食器が水平になっているかの判定をロレッタに代わってもらう。
休憩するために席に着くと、バスチアンが淹れたての紅茶を持ってきてくれた。
ちょうど色々と喋った後で喉が渇いていたので助かる。
ラーちゃんがサイキックの維持に集中しており、ティクルがアンジェラをゆっくりとした操作で動かしている。
二人が真剣に稽古をしている中、暇なのは俺とグレゴールだけだ。
「今更ながらの心配なんだけど、領主であるグレゴールがそんなに動き回っていて大丈夫なの?」
自分で発破をかけておきながらであるが、ここまで人形劇事業に熱中し、各地を飛び回っていると彼の領地が心配でならない。
「大丈夫だ。母上や父上がいる上に普段の内政のほとんどは代官に任せてある」
自分は趣味に没頭し、面倒な領地の内政なんかは優秀な部下に任せる。
なんて素晴らしいんだろう。これぞ理想の道楽貴族。
俺の理想の貴族ライフを体現している者がこんなにも身近にいるとは思わなかった。
「それ最高だね」
「ただ人形に没頭し過ぎて貴族としての責務を疎かにすると怒られてしまうのでな。最低限の義務やパーティーへの出席はしている」
俺もコリアット村でシルヴィオ兄さんの補佐をすることになったら、優秀な部下を持って面倒な仕事はやってもらうことにしよう。
なんてぼんやりと考えていると、グレゴールがソワソワとしだした。
強面で巨体なおじさんがモジモジしていると気になって仕方ない。
「どうしたの?」
「もし、時間があるのであれば人形操作をしてくれまいか? この宿で動く人形たちを私は見たいのだ!」
こちらから聞いてやると、グレゴールが頬を上気させながら熱量のこもった頼み事をしてきた。
ここまでド直球で頼まれると断りづらい。
ちょうど暇だったので俺はグレゴールに言われるままに人形を操作し、彼を満足させてあげた。
新作はじめました。
【魔物喰らいの冒険者】
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冒険者のルードが【状態異常無効化】スキルを駆使して、魔物を喰らって、スキルを手に入れて、強くなる物語です。




