ウサッピー
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「旦那様、お部屋の準備が整いました」
グレゴールが手の平を返す反応を見せると、メイドのティクルがやってきた。
傍にいなかったのは、俺たちを招くための準備をしてくれていたようだ。
「そうか。では、アルフリート殿とラーナ様を部屋に案内しよう」
「はい――ってええ! ラーナ様!?」
予期せぬ客人に顔を真っ青にしているティクル。
「よろしくね」
「はっ、はい! よろしくお願いいたします!」
すごく緊張している。だって公爵令嬢だもんね。
これから一緒にサイキックの練習をすることになるけど大丈夫だろうか?
連続で負荷をかけると倒れてしまいそうなので黙っておこう。
ティクルとグレゴールに先導されて俺たちは部屋へと向かう。
時折、ゴスロリチックな衣装をきた少女や婦人とすれ違うが、優雅に会釈をして通り過ぎる。
メルヘンだけど高級宿だけあって、宿泊している人たちの質も高いな。
廊下も広く、敷かれているカーペットもフカフカで足音が響くこともない。世界観を重視して、機能性が疎かになっているわけではないようだ。
「いい宿だね。グレゴールの作る人形たちと、とても雰囲気が合うよ」
「さすがはアルフリート殿! わかってくれるか! メルジュの内装は可愛らしい人形たちととても合うのだ! ティクルが人形を動かし、それを眺めているだけで幸せな世界に浸れる!」
なにげなく言うと、想像の五倍の熱量がこもった返事がきた。
やはり、グレゴールは人形との宿屋ライフを楽しんでいたようだ。
「ドール子爵が抱えてるお人形ってウサッピーだよね?」
強い人形への愛を語るグレゴールにドン引きすることなく、人形についての会話を試みるラーちゃんの胆力がすごい。
「おお、その通りです。ラーナ様」
グレゴールが振り返りながらウサッピーなる人形を見せつけてくる。
ピンク色の布で作られた丸っこいウサギ。
デフォルメしているとはいえ、普通のウサギとは微妙に体つきが違うようだ。
俺の知らない生き物だ。
「ウサッピーって、魔物?」
「うん。王都の外の平原でよくゴロゴロしてる」
「なにそれ羨ましい」
ミスフィード家の屋敷での生活は快適だけど、コリアット村のような自然感はない。
都会にいると、どうしてもいつもの自然が恋しくなってしまう。
……俺もウサッピーになりたい。
なんてぼんやりと考えていると、部屋の前に到着したようだ。
ティクルが扉を開けてくれて入ると、ティファニーピンクの壁をしたロココ様式の室内がお出迎え。植物の葉のような曲線を多用した装飾がとても魅力的だ。
「おお、こっちは優美だね」
パステルカラーから一転して、可愛さと優美さを備えた綺麗な部屋になった。
人形との世界観も合うし、これくらいの内装なら俺も落ち着けるので助かる。
部屋には執事のバスチアンが待機しており、俺たちのイスを引いてくれた。
「バスチアン、追加で紅茶を」
「かしこまりました」
ラーちゃんの来訪にまるで驚く様子がないのは性格もあるだろうが、長い人生経験の賜物だろう。
俺たちが腰かけると、最後にグレゴールが腰を下ろす。
そして、ティクルが小さなイスを持ってきて、隣にちょこんと抱えていたウサッピーの人形を置いた。
「人形を離すのが残念そうだね」
「うむ。ずっと抱えていたいが、飲み物をこぼしてしまった時のことを考えるとな」
「それなら肩にくっつく人形を作ればいいんじゃない?」
「……アルフリート殿、その話を詳しく」
なんて提案すると、苦笑していたグレゴールの顔が真剣そのものになった。
あれ? この世界では肩乗せの人形とかないのだろうか?
「肩にフィットするように四つん這いになった人形とか作れば、抱えて両手がふさがる必要もなく人形が傍にいれるかなって」
「アルフリート殿は天才か!」
グレゴールは懐からメモを取り出すと、すぐさまペンで何かを書き始めた。
「このような形状だな?」
メモを見ると、俺の言ったアイディアの人形をイラストとして描いてくれた。
相変わらず行動が早い。
「そうそう。眠そうな目にして、ぐでっとしてる感じにできたら可愛さも表現できた面白いよね」
「おお! 機能性だけでなく魅力も付与できるとは最高だ! しかし、私のような大柄の体格をしていると、肩から滑り落ちないか心配だ……」
「落ちるのが不安なら手足に吸盤みたいな素材をつけて強度を上げてもいいよね」
「その手があったか! これはすぐにでも新しい肩乗り人形の着手に入らなければ……ッ!」
グレゴールが懐から裁縫道具を取り出した。
どうやら彼の創作意欲に火をつけてしまったようだ。
「旦那様、今はお客様がいらっしゃいますのでお控えください」
「ぬっ! ああ、そうだった!」
バスチアンに諫められ、ふと我に返るグレゴール。
「あはは、ドール子爵は人形が好きなんだね」
「うむ。大好きだ」
もどかしそうにしているグレゴールを見て、ラーちゃんがクスリと笑った。
「私もお人形さんが大好きだよ」
「ほう、ラーナ様も! どのような人形をお持ちで?」
「おっきなブルーベアーのお人形さんがあって抱き着けるの!」
「おお、大きな人形とは素晴らしい!」
「いいでしょー?」
こちらにやってきてやや緊張気味だったが、グレゴールの人柄を見て緩和されたようだ。
見た目は完全に顔の怖いおじさんだが、人形が大好きな可愛いおじさんだとわかってもらえたようだ。
グレゴールとラーちゃんの会話は和やかに成功した。
●
「さて、そろそろ人形劇の話をしようではないか」
和やかに雑談が進み、紅茶で喉を潤したところでグレゴールが切り出した。
「人形劇?」
人形劇について知らないラーちゃんが首を傾げる。
グレゴールが視線で伝えていいかと尋ねてくる。
シューゲルには協同事業に関係する人形劇について既に伝えている。
家族であるラーちゃんにもいずれは伝わるだろうし、言っても問題ないだろう。
この後に控えるラーちゃんの人形操作の練習についても関係することだしね。
こくりと頷くと、グレゴールが口を開いた。
「うむ。私とアルフリート殿は人形を魔法で動かし、声を吹き込むことで命を宿らせる最高の人形劇を王都で公演すべく水面下で動いているのです」
「人形を魔法で動かすってどうやって?」
グレゴールの説明にラーちゃんは目をぱちくりとさせて小首を傾げる。
「グレゴール。そこのウサッピーを少し動かすよ?」
「是非やってくれ!」
ラーちゃんに具体的な見本をみせるために、イスの上に乗っているウサッピーの人形にサイキックを発動。
俺の魔力の支配下になったウサッピーがむくりと起き上がり、ぴょんぴょんとテーブルの上を跳ねて移動した。
「わっ! お人形さんが動いてる! もしかして、サイキックで操作してるの?」
「そういうこと」
「サイキックって、こういう使い方もできるんだ」
ラーちゃんが動き回るウサッピーを見つめる中、俺はティクルへと視線を送る。
声を吹き込んでほしいという俺の意図を察知してくれたのか、ティクルは少し恥ずかしそうにしつつも咳払い。
ティクルが口を開くのに合わせて、俺は風魔法を発動して声を流す。
「ウサッピーだよ。よろしくね~」
「ウサッピーのお人形さんが喋った! アル! すごい!」
ウサッピーへのイメージがあるのだろうか。普段のティクルの声とは違った少しダウナーな声だ。
ティクルの演技力もあってラーちゃんは見事に目の前の人形が喋っていると勘違いしている。
「すごいね。せっかくだしなにかお喋りでもしてみたら?」
「うん! ねえ、ウサッピーはどうしていつも平原でゴロゴロしてるの?」
「ゴロゴロするのが好きだからだよ。難しいことは考えず、のんびりとした時間を過ごすのがいいんだ」
「そっかー、アルと一緒なんだね」
このままウサッピーとラーちゃんの会話をずっと眺めていたい気もするが、あまり長引かせるとショックが大きくなるのでこの辺で真実を話した方がいいだろう。
「ラーちゃん、残念なお知らせがあるんだ」
「ええ? なに?」
「……今喋ってるのはウサッピーじゃなくてティクルなんだ」
「ごめんねー」
風魔法を解除すると、ダウナーな声はウサッピーのお人形からではなく控えているティクルから聞こえた。
真実を知ったしまったラーちゃんが目を丸くして呆然とする。
サンタさんを信じていた子供が、その正体をお父さんだと気付いてしまった時のような顔だ。
「そ、そうなんだ……」
な、なんかごめんよ。でも説明には必要だったから。
しょんぼりとするラーちゃんを俺とグレゴールは宥めた。




