睡眠羊の枕
「独身貴族は異世界を謳歌する」のコミック1巻が発売しました。よろしければそちらも是非。
「睡眠環境について理解いたしました。お二人の求める枕を作成するために素材の選定をいたしましょう」
気を取り直し、ネームと共に移動すると、いくつもの生地が陳列されている台にやってきた。
「当店では厳選した八種類の素材を扱っております」
トリーの商会や他の街の寝具店では精々が三種類程度なんだよね。
さすがは王都の高級寝具店。わざわざ足を運んだ甲斐がある。
「枕の素材については個人のお好みとなりますので、手で触れて気に入った感触のものを教えてください」
「わかった!」
「わかりました」
ネームに言われて、順番に並べられた生地を触っていく。
そば殻のようなシャリシャリとしたハードなものから、羽毛を使ったソフトなものと実にバリエーションが豊かだ。
「ラーちゃんはどのくらいの柔らかさが好き?」
「これ!」
ラーちゃんがポンと叩いたものを触ってみると、とても肌ざわりがよくて柔らかかった。
「ホワイトホークの羽毛ですね。羽毛には多くの空気を取り込む性質があるので、保温性に優れております。秋や冬などの肌寒い乾燥した季節でも、ふっくらと温かな空気で包んでくれます。また通気
性にも優れているために蒸れ難く、夏場でも快適です」
たった一つの素材でここまで詳細な説明ができるとは、素材についてかなり熟知しているようだ。睡眠欲が高いだけある。
「さらに素晴らしいのが衛生面です!」
「衛生面?」
「ホワイトホークの羽には魔力を込めることで浄化効果があるんです。定期的に魔力を込めれば、中の羽毛が汚れることはありませんし、羽毛枕にありがちな変な匂いがすることもありません」
「へえ、それはすごいや」
さすがは異世界。ファンタジー素材で作られている枕もあるようだ。
毎日使うだけに衛生面が気になる枕だが、魔力を流すだけで浄化できるのだったらそういった心配は無縁だな。
「うん? なんだか覚えがある感触の枕だ」
感心しながら触っていると、妙に手慣れた感触のする枕があった。
「そちらはドール領で生産された綿を使用しております。ふっくらとしており、弾力性があるためにしっかりと頭部を支えてくれます。またかさ高性に優れているために保温性と保湿性が高いです」
どうやらグレゴールの領地で生産されている綿らしい。道理で親近感があるわけだ。
良質なだけあってさすがの手触りだけど、前回グレゴールが訪れた時に特産品として枕やクッションを貰っているので今は遠慮しておこう。
「アルはどういう枕がいいの?」
「程よい柔らかさのものがいいかな」
硬いのは論外だけど、柔らかすぎると頭が変に沈んでしまう。
柔らかさがありつつ、頭部を受け止めてくれる硬さのある枕がいい。
「それでしたらこちらの素材などいかがでしょう?」
「あっ、ちょうどいい感じ」
ネームが持ってきてくれた枕を触ってみると、まさに理想的な感触だった。
「こちらは睡眠羊の毛を使ったものとなります。程よい硬さがありながらも独特の柔らかい寝心地が特徴的です。なにより素晴らしいのが、睡眠羊の放つリラックスフェロモンが宿っていることです
ね!」
「具体的な効果は?」
「ひとたび、この枕を使えば快適な睡眠へと誘ってくれます! 眠気を感じていなくても知らない間にぐっすりと!」
「うっそだー」
ネームの力説を聞いて、ラーちゃんが実に素直な言葉を吐く。
言葉にはしていないものの俺も同じ気持ちだ。
そんな枕があるはずがない。睡眠フェロモンとかなんだ。
「疑っておいでですね? でしたら、睡眠羊の毛を使った枕を使用してみてください! きっとすぐに眠れるはずですから」
俺たちの疑いの視線を受けるが、ネームはまったく怯むことはない。
棚から睡眠羊の毛を使った枕を二人分用意して、展示しているベッドの上に設置する。
「とりあえず、試してみようか」
そこまで言うならやってみようじゃないか。
俺とラーちゃんは靴を脱ぎ、ネームが用意してくれたベッドに仰向けになる。
そして、睡眠羊の毛を使った枕をセット。
どこででも眠ることのできる俺だが、さすがにお出かけの際中に眠ることはない。
ほーら、いつまで経っても眠ることなんて……。
●
朦朧としている意識の中、身体が揺すられ、声をかけられるのを感じた。
「アルフリート様、起きてくださいませ!」
やめてほしい。俺は今心地良いまどろみの中にいるんだ。
ずっとこのままでいさせてほしい。
そんな願いとは裏腹に俺の身体を揺する力は強くなり、大きな声で呼ばれる。
それでもこのまどろみが心地いいので無視していると、腹部に強い衝撃が走った。
「アル!」
「――はっ! ら、ラーちゃん?」
衝撃と驚きで目を開くと、俺の身体の上にラーちゃんが跨っていた。
「やっと起きた!」
「あれ? 俺ってばいつの間に眠ったんだっけ?」
「睡眠羊の枕で寝試しを行っていたんです」
ロレッタに言われて思い出す。
そうだ。ネームが睡眠羊の睡眠フェロモンとかいうものの効果を試すために使ってみたんだっけ。
「いつの間に寝たんだ?」
「それはもうすぐに眠ってらっしゃいましたよ? それもぐっすりと」
ネームが実にいい笑みを浮かべながら言う。
「わたしもすぐに寝ちゃった」
「ラーちゃんも?」
「ラーナ様は枕が変わると寝つきが悪くなってしまうのですが、驚きの寝入りの早さでした」
ラーちゃんの普段の就寝事情を知っているロレッタも驚いているよう。それほどまでに睡眠羊のフェロモンはすごいらしい。
とりあえず、起こしてくれたラーちゃんに礼を言って、お腹の上から退いてもらう。
「よろしければ、ロレッタさんもお試しになってください」
「私もですか?」
「せっかくだし使ってみなよ」
などと勧めてみるが、実際には他人がどれだけすぐに寝てしまうか見てみたいからだ。
「では、お言葉に甘えまして」
ロレッタも気になっていたのだろう。あっさりと靴を脱いで、ベッドの上で仰向けになる。
そんな光景を俺とラーちゃんとネームが見下ろす。
「なんだか改めて眠っている姿を見られると緊張いたしますね」
他人に眠る姿を見られるのって恥ずかしいし、これだけ周囲に人がいればそれもそうか。
「じゃあ、少しだけ離れようか?」
「…………」
などと言うもロレッタからの返事がない。
ラーちゃんがロレッタの目の前で手を振ってみたり、耳を寄せてみたりする。
「……寝てる」
「早っ!」
速やかに寝入ることができると聞いていたが、まさかここまで早いとは驚きだ。
寝入っている女性に近づくのは少し失礼だが、近づいてみると規則正しい寝息が聞こえた。
「睡眠が早いということは、それだけ疲労が溜まっている証拠でしょう。睡眠羊のフェロモンはあくまで、その人物にある睡眠への欲求を引き出し、誘導するだけですので」
「なるほど」
いつやってくるかわからないスロウレット家を王都で見張り、俺に気を遣いながらラーちゃんのお世話をしている。疲労が溜まっていたのも仕方のないことだろう。
「もう少し寝かせてあげようか」
「そうだね」
ラーちゃんがこくりと頷いた。
俺たちが枕を作るのに時間はまだがかかる。
高級店だけあって入り口には警備員がいて安全だし、ロレッタには少し休憩させてあげよう。健やかな眠りの邪魔はしたくない。
「睡眠羊の毛は吸湿性、放湿性に優れ、耐久性があります。また羽毛のような復元力もあり、長期間使用しても変わらない品質の寝心地が味わえます。いかがでしょう?」
「丸洗いはできますか?」
「可能です。ただ魔物素材のために手入れが必要で夏場は少しだけ熱がこもりやすいです」
「そのくらいだったら問題ないですね」
お手入れは自分だってできるし、ミーナやサーラに頼めばやってくれるだろう。
「では、ラーナ様の素材はホワイトホーク、アルフリート様の素材は睡眠羊の毛にいたしましょう」
「お願いします」
こうしてラーちゃんと俺の枕の素材が決定した。




