王都の寝具店
数々の屋台料理でお腹を膨らませると、俺たちは中央広場に戻り、待機させている馬車に戻った。
さすがにずっと立ちっぱなしでは疲れるからね。ゆっくりと腰を落ち着ける時間も必要だ。
帰り道の屋台で買ったジュースを片手にゆったりと談笑。
そんな時間を三十分も過ごすと、遊びたくなったのかラーちゃんがソワソワとしてきた。
そんな様子を察したロレッタと俺の表情が思わず緩む。
「アルフリート様は他に行きたいところありますか?」
「ミスフィード家が贔屓にしている寝具のお店とかある?」
さっきは思いつかなかったが、今なら答えられる。
転移があるからいつでも王都に遊びにこられるけど、さっきのお店のような紹介制のお店は一人でやってきても店に入ることは不可能だ。だったら、ミスフィード家のコネが使える今のうちに行って
おきたい。
「アル、ベッドが欲しいの?」
「とりあえずは枕かな。ラーちゃんの屋敷にあるものはすごく良かったからね」
布団や枕もフカフカ。寝具にこだわっている俺だからこそ品質の高さがわかる。
デザイン性だけでなく機能性も実現されている素晴らしいクオリティだった。
ラーちゃんたちが贔屓にしている寝具店なら、きっといい枕があるはずだ。
本当はベッドまで欲しいけど、ベッドとなると持ち帰るのが大変だ。
高級店ならばコリアット村まで輸送してくれそうだが、かなり割り増し料金になりそうだ。
分解できるタイプなら馬車に載せて帰ることもできるけど、相談も無しに買えばエルナ母さんに小言を言われることは間違いない。
「当家が利用している寝具店であれば、北西区画にありますよ。行きましょうか?」
「お願い」
「わかりました」
ロレッタが合図を出すと、停車していた馬車がゆっくりと進み出す。
中央広場を出て北西に進んでいくと、人通りは落ち着いたものになる。
北区に入っていくと高級店が並ぶようになり、通りの一角で馬車が停まった。
「ここが当家の利用している寝具店『スリーパス』になります」
ロレッタの示す先には、大きな寝具店があった。
他の商店などは煌びやかなのに比べ、目の前の寝具店は木材と白材を使った非常に落ち着いている。清潔感と安心感を大事にしているのだろうか。
従業員や店主に会ってもいないが、この店は信用できるなと直感で思った。
お店の中に入ると、だだっ広いフロアの中にたくさんのベッドが並べられていた。
「……楽園だ」
これだけベッドがあると、日替わりで眠るベッドを変えるなんてこともできそうだ。
ラーちゃんとロレッタが入店すると、奥から眼鏡をかけた品のいい女性が出てきた。
桃色の長い癖毛をしており、空色の瞳は垂れ下がっており非常に眠たそうだ。
女性はまず先に二人に挨拶をすると、紹介者である俺のところにやってきた。
「お初にお目にかかります。『スリーパス』の店主をしておりますネームと申します~」
柔らかな雰囲気に間延びのした声のせいか、声を聞いているだけで眠くなってきそうだ。
「スロウレット家の次男のアルフリート=スロウレットといいます。よろしくお願いします」
「本日はどのようなものをお求めでしょう?」
「気に入ったものがあれば、枕を買いたいなと思っています」
「汎用式とオーダーメイド式とありますが、どちらになさいますか?」
「ええ? 枕にオーダーメイドなんてあるの?」
ネームの問いかけに傍で聞いていたラーちゃんが驚きの声を上げる。
エリックやトールの発言であれば、小一時間ほど説教をするところだがラーちゃんはまだ幼い子供。睡眠に対する意識が低いのも仕方がない。
「ラーちゃん、よく聞いて。人は生涯の四分の一をベッドで過ごしているんだ。この時間が快適なまどろみとなるか、寝返りの多い不快な時間になるかはベッドと枕が自分の身体に合っているかで左右
される。身体に合わないものを使用していると血液の流れが阻害され、酸素と栄養が十分に巡らなくなってしまう。身体は寝返りを打つことでこれを解消しようとするけど、多すぎる寝返りは睡眠の質
を大きく下げる。自分に合ったものを選ぶことで、同じ睡眠時間でもより熟睡することができるんだ。寝具に拘る大切さがわかるでしょ?」
「ええ? あ、うん」
などと語りかけるが、ラーちゃんは戸惑いを露わにするだけだった。
ついでにロレッタはドン引きといった表情。
寝具に対する過剰な熱意が理解できないといった表情。
この世界は前世に比べて科学の発展が遅れている。
ベッドと枕の重要性と睡眠について語っても、到底理解できないだろう。
言ってからやってしまったと気付いたが、二人の反応を大きく吹き飛ばすような反応を示す者が一人いた。
「素晴らしい! お客様はお若いながら寝具の重要性をわかっていらっしゃるのですね! ここまで睡眠に対する深い知見をお持ちである方は初めてです!」
感動しているのか俺の両手を手にとって言ってくるネーム。
寝具店を営んでいるだけあって、彼女も睡眠には並々ならぬ拘りがあるようだ。
「三大欲求の一つですからね。知見を深めるのは当然のことですよ」
なんて冷静に言ってみせるが、エルナ母さん以外で睡眠の話をできるのは初めてだったので俺も舞い上がっていたりする。
「欲求には他にも食欲、性欲とありますが、こんなにコスパよく、簡単に気持ちよくなれることは他にありませんからね!」
ネームの興奮しながらの声に店内にいた何人かの貴族が、ギョッとした顔でこちらを振り返る。
同士を見つけて興奮する気持ちはわかるけど、もうちょっと表現を考えてほしい。
「ネーム店長、声が大きいです。それともう少し言い方を考えてください」
「ご、ごめんなさい! 同じレベルで寝具に関して話せる人が中々いなくて……」
他の店員に注意されたことでネームは我に返ったらしい。
顔を真っ赤にしてペコペコと謝る。
「いえ、気を付けてもらえれば大丈夫です」
ちなみにラーちゃんはロレッタによって耳をふさがれていたので聞こえていなかったようだ。本当によかった。
「えっと、枕を拝見したいとのことでしたね。まずはアルフリート様の睡眠環境や枕のお悩みなどをお聞かせください」
「わかりました」
俺とネームは店内に端にあるイスへと移動。
「ラーちゃんも枕を作ってみる?」
「わたしも?」
「うん、世界に一つだけの自分だけの枕を作ってみない?」
「わたしだけの枕! 作る!」
自分だけの枕というフレーズが気に入ったらしい。
そんなわけでラーちゃんも一緒に睡眠環境について話すことにした。
「スライムを枕に!?」
ヒアリングをしていると、ネームが俺の話すスライム枕に食いついた。
「あっ、はい。スライムを枕にすると中々に気持ちがいいんですよ。どんな人の身体にもフィットするので身体を痛めることもありませんし」
「アルの屋敷にあったやつだよね。あれすごくよかった」
うちの屋敷に遊びにきた時にスライム枕はラーちゃんもお試し済み。
枕だけでなくクッションとして利用できるのでスライムは万能だ。
「魔物を枕に利用する……その発想はありませんでした!」
スライムを枕にすることについて話すと、嫌悪感を抱く人もいるのだが睡眠について貪欲なネームは微塵も気にならないようだ。
「あ、あの、スライム枕についてもう少し詳しく!」
「コホン」
「あっ、いえ。すみません。今はお二人の枕についてでしたね」
ネームが暴走しかけたところで後ろにいる従業員が咳払い。
睡眠を愛する者として非常に気持ちはわからないでもないが、今は仕事に集中してもらえると嬉しい。




