想定外
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』の書籍12巻は5月26日発売です。
書き下ろしや書店特典ストーリーもあるのでよろしくお願いします。
「おお、アルフリート殿ではないか」
寝室を出て、屋敷の三階を歩いていると早速シューゲルと出くわした。
さっきの出来事から間を置かない遭遇なために、心臓が妙な跳ね方をする。
「おはようございます、シューゲル様」
「昨日のウォーターショーは大変素晴らしかった。音楽に合わせて、光の噴水が躍動する様はとてもワクワクして、演奏している私自身の心も昂ぶったものだ」
平静を装って挨拶をすると、シューゲルはとても興奮した様子で昨夜のウォーターショーの感想を語ってくれた。
その声音はとても熱の入ったもので、口調がちょっと気安くなっている。
魔法貴族だけあって、魔法技術がある者にはシンパシーを抱くのだろうか。初対面の頃よりも口調やら声音に敬意のようなものが混ざっている気がした。
シューゲルのような偉い人にそのように思ってもらえるのは嬉しいが、今しがた彼のとんでもない秘密を知ってしまったために、とても居心地が悪い。
だけど、ラーちゃんのいる前でそれを出すわけにもいかないので堪えるしかなかった。
「水と光の壮大な演出は、幻想的な空間を生み出して人々を魅了する。魔法文化のさらなる発展のために、是非とも私の魔法学園でも取り入れたいのだが構わないだろうか?」
愛想笑いを浮かべながら聞いていると、シレッととんでもない打診を受けた。
……ふむ、ちょっと面倒くさいことになったが、シューゲルと落ち着いて話すにはいいきっかけになりそうだ。
「ウォーターショーに関してなのですが、少し複雑な事情があるのでゆっくりとご相談できませんか?」
「ふむ、そうだな。ラーナ。アルフリート殿を少しだけ借りるぞ」
「えー! 私が先にアルと遊んでたのにー!?」
ラーちゃんにはシューゲルが横入りしてきたように見えたんだろう。
先にラーちゃんと遊んでいたのに申し訳ないが、秘密の部屋やらの騒ぎがあったのでこちらを優先する必要がある。
「ごめんね。すぐに話し合いを終えて戻るから少しだけ待ってて」
「……早く戻ってきてね?」
「うん、すぐに戻るよ」
俺が申し訳なさそうにすると、ラーちゃんは引き下がってくれた。
「……ラーナと随分と仲が良いのだな?」
ジロリとシューゲルから怪しむような視線を向けられる。
「ラーナ様はとてもお優しいので、私のような者にも良くしてくれるのです」
「そうだ。ラーナは天使だ! アルフリート殿はよくわかっているな!」
ラーちゃんに好かれているなんて勘違いしていませんよ? と告げると、シューゲルは満足したように笑った。
手紙でラーちゃんを溺愛していることは知っていたが、予想以上だな。
俺を疑う時の目がヤバかった。あれは七歳児に向ける視線じゃない。
別の意味でヒヤヒヤとしながらも俺とシューゲルは話し合いをするために、そのまま廊下を移動して三階にある談話室へと移動。
こちらはややプライベートを意識しているのか、一階や二階にある談話室よりも落ち着きがあった。個人的にはこっちの方が過ごしやすいと思える。
「かけたまえ」
「失礼いたします」
シューゲルに促されて、俺は中央にあるソファーに腰を下ろした。
「それでウォーターショーに関する複雑な事情とは……?」
シューゲルが対面に腰を下ろすと、早速とばかりに聞いてくる。
「ウォーターショーに関してはドール子爵との事業の一つとして使う予定ですので、私の一存だけで許可をするわけにはいかないのです」
「なるほど。ドール子爵も噛んでいる事業だったか……」
事情を聞いて納得したように頷くシューゲル。
よし、ドール子爵を建前に面倒くさいウォーターショーの件はうやむやにしてしまおう。
他の貴族が既に関わっていると聞けば、シューゲルも諦めてくれるに違いない。
「よし、ならばドール子爵を呼ぶか」
「は?」
俺が間抜けな声を上げる中、シューゲルはテーブルに置かれていたベルを鳴らす。
しかし、不思議と音はまったく響かない。
代わりに微かな魔力が波動となって伝わっていくのを知覚した。
「これも魔道具ですか?」
「ああ、静寂な鐘という魔道具だ。魔力振動によって、使用人が所持している子機が震え、わかるというわけだ」
へー、すごいや。これならベルの音を無駄にかき鳴らす必要もない。
皆が静かに過ごしているプライベートスペースや寝静まった深夜でも遠慮なく使用人を用ことができる。とても便利だ。
なんて感心している場合じゃない。この人、グレゴールを呼ぶって言った?
それは困る。
ウォーターショーの件をうやむやにするために適当に建前にしただけなんだ。本当に呼ばれたら建前じゃない、本当の理由を用意しなくてはいけなくなる。
俺が焦りで顔を真っ青にしている間に、扉がノックされて執事が入ってきた。
「ドール子爵の動向」
「ドール子爵であれば、バルナーク伯爵のパーティーに出席するために三日前ほど前から王都にいらっしゃいます」
なんでグレゴールの動向がすぐにわかるんだ……と思ったが、俺たちと同じように各門に駐屯している魔法兵から情報が筒抜けになっているのだろうな。
というか、なんでこんな時に限って王都にいるわけ?
人形劇を準備するために領地で色々と準備させているんじゃなかったの?
「今すぐにここに呼んでくれ」
「かしこまりました」
シューゲルの端的な命令に執事は頷き、速やかに退出していった。
決断が早すぎて止める間もない。だけど、まだ間に合うはずだ。
「あ、あの、ドール子爵を本当にお呼びするのですか?」
「そうだ。話を聞きたいのであれば、相手を招集すればいい。簡単だ。なに、バルナーク伯爵とは仲もいい。パーティーが欠席することになったとしても、私から一言入れれば十分だ」
おずおずと尋ねると、シューゲルはきっぱりと告げた。
そこには不遜も驕りもない。絶対的な上流階級の常識というのがあるだけだ。
多分、グレゴールが王都にいなくてもシューゲルならば、領地から呼び出して招集したに違いない。
いつも必死に文面を考えて手紙を出しているノルド父さんが、ちょっと可哀想に思えた。
これが権力で殴るってことなんだね。
「アルフリート殿、顔が青いが大丈夫かね?」
「すみません。少し身体が冷えたのかもしれません」
体調があまり良くないので、今日の話し合いはまた今度に……。
「では、温かい飲み物をもってこさせよう」
と言葉を続けるより前にシューゲルは、魔道具のベルを鳴らして使用人を呼んだ。
俺の周りにいる人はどうしてこうも強引で、行動力に溢れているのだろうか。
最早、逃げる術が思いつかない。
グレゴールを建前に断ろうとしたら、まさか本人を呼ばれることになるとは予想外だ。
公爵を相手に面倒くさいから煙に巻こうとしただけでした。事業なんてありません。
なんて言えるはずがない。
こうなったら今すぐにグレゴールの人形劇とウォーターショーを絡めた事業を考えなくては……。
メイドさんが持ってきてくれた温かい紅茶を飲みながら俺は必死に頭を回転させ続けた。




