雪どけ(物理)
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』の書籍11巻が本日発売です。電子版も発売してます。
カグラ成分多めで、桜花のイラストも登場。
楓が可愛いです。
「そろそろ換気しない?」
俺の将来についての話がひと段落すると、ノルド父さんが言い出した。
「まだ大丈夫だね」
「ええ、もうちょっといけるわ」
「いやいや、さすがに空気が悪くなってるよ! 窓を開いて空気を取り入れようよ!」
「だって寒いもん」「だって寒いもの」
俺とエルナ母さんからほぼ同じ返答をした。
こういう時の俺たちは本当に息ピッタリだ。
「窓を開けたくない気持ちはわかりますが、淀んだ空気のままでいるとお身体に悪いですよ?」
ごねているとサーラが真面目な表情で諭してくる。
窓を閉め切った状態で火球を浮かばせているのだ。室内の酸素はゴリゴリと削れており、空気が濁っている。
サーラの言う通り、空気の悪さも深刻な問題だ。いくら寒いといっても、ここにいる皆の健康を損なうわけにはいかない。
「しょうがないわね。アル、お願い」
「わかった」
エルナ母さんの意図を察した俺は、こくりと頷いた。
椅子に腰かけたまま俺は無属性魔法を発動。
馬車についている窓をサイキックで少しだけ開けてやると、即座に風魔法に切り替えて外の空気を取り込んで、淀んだ空気を排出。
一瞬で空気の入れ替えが終わると、即座にサイキックで窓を閉めてやった。
「換気完了」
「素晴らしい魔法の切り替え速度だわ。息継ぎが上手いわね」
換気任務を完了すると、エルナ母さんが満足げに微笑みながら頭を撫でてくれた。
「息継ぎって?」
「異なる属性魔法をスムーズに切り替えられることを、息継ぎが上手いっていうのよ」
「へー、そういった魔法使い専門の言い方があるんだ。面白いね」
「でしょう? 魔法学園で学びたくなったかしら?」
「いや、そこまでじゃないよ」
きっぱりと言うと、エルナ母さんが残念そうな顔になった。
面白い用語に感心したが、人生に置ける貴重な数年間を捧げるほど強い興味は湧かない。
俺を魔法学園に通わせようとするのは諦めて欲しいものだ。
室内の換気が終わり、ガタゴトと進んでいると馬車の速度がゆっくりになった。
休憩地点にたどり着くにはまだ少し早いはずだ。
「どうしたんだい?」
「街道の一部に雪が残っていまして……」
ノルド父さんが声をかけると、ロウさんが困ったように返事した。
窓から外を覗いてみると街道には雪がたくさん積もっていた。この辺りでは雪が降り続いていたか、あまり陽の光が差し込まれなくて雪が溶けなかったのだろう。
「私が魔法で溶かすわ」
火魔法を扱うことのできるエルナ母さんの一声。
火魔法を扱うことのできる魔法使いがいれば、雪道も怖くない。
とはいっても、雪は広大に広がっているため、かなり熟練の魔法使いがいればの話だ。
この馬車の中には俺とエルナ母さんがいるので余裕だけどね。
「いや、僕がやるよ。気分転換に身体を動かしたいし」
「あら、そう? ならノルドにお願いするわ」
「え? でも、ノルド父さんは火魔法とか氷魔法を使えないよね?」
雪を退かすには火魔法で溶かすか、氷魔法で操作して退かすのが一般的だ。
ノルド父さんの魔法適性は風。凄まじい暴風で吹き飛ばすのか? それでは効率が悪くて、どう考えても雪を退かすのに向いていないような。
「雪を退かすのに魔法なんていらないよ」
ノルド父さんは爽やかな顔で笑うと、颯爽と扉を開けて外に出た。
強がりでもなんでもなく、本当に必要ないといった軽快な口調だった。
外は寒いのでできるだけ出たくなかったが、ノルド父さんがどのように対処するか非常に気になる。
扉を開けて外に出ると、続いてミーナも出てくる。
エルナ母さんとサーラは待機しているようで出てこなかった。
外に出ると冷たい空気が身体を包み込んだ。
馬車の中でぬくぬくと過ごしていたせいで、余計に空気が冷たく感じた。
ノルド父さんは雪が積もっている馬車の前方へと歩いて行っている。
その足跡をなぞって俺とミーナも寄っていった。
ピタリとノルド父さんが足を止めると、俺とミーナも合わせて足を止めた。
ノルド父さんは瞳に魔力を集めると、前方をしっかりと見据える。
魔力で視力を上げて、遠くに人がいないか確認しているのだろう。
「危ないから、それ以上前に出ないように」
ノルド父さんの忠告に俺とミーナは揃ってこくりと頷いた。
一体、どうやって雪を退かすんだろう?
疑問に思いながら見つめていると、ノルド父さんが腰を落として鞘に手をやった。
居合切りのような構えだ。
……え? まさか剣なの?
呆気にとられていると、ノルド父さんの魔力が一瞬にして高まった。
右手がブレたと思った時には既に剣が振り抜かれていた。
抜刀から少し遅れ、凄まじい衝撃が巻き起こった。
前方にある雪が一気に捲り上げられる光景は、まるで間欠泉を想起させた。
うちのパパの剣技がおかしい。
「わわっ! 雪が一気に吹き飛びましたよ! すごい! 剣士ってこんなこともできるんですね!」
ミーナが目をキラキラと輝かせ、興奮したように言っている。
これが剣士の常識なはずがない。原理としては剣に魔力を纏わせ、衝撃波を飛ばしただけであるが、普通にやってもこんな風にならない。俺がやっても精々数メートルほど雪を巻き上げるくらい。魔法ならまだしも、剣の衝撃波を数キロ先まで飛ばすなんて無理だ。
落下してくる雪が太陽の光に反射し、キラキラと輝いている。幻想的な光景でとても綺麗だ。
「うん、これで馬車も進めそうだね」
満足げに眺めるノルド父さんの視線の先には、雪は欠片も残っていなかった。
それでいながら街道が無駄に抉れていないことから、しっかりと雪だけを吹き飛ばすように調整したのだろう。
「ノルド父さん、剣の常識って知ってる?」
「いや、僕は学園に通わないよ」
先ほど馬車の中で言われた言葉をかけると、ノルド父さんが苦笑した。
明らかに剣士の常識を超えている。ノルド父さんこそ常識を学ぶために学園に通うべきではないだろうか。
●
雪を吹き飛ばして馬車を進ませると、最初の休憩地点であるポダ村の近くにやってきた。
前にやってきた時は貴族の交流会の時だっけ。
あれからもうすぐ一年が経過しようとしているのかと思うと感慨深いものだ。
前回は季節が春だったために草原で昼寝ができたが、今は雪が残っているためにできないのが残念だ。
まあ、馬車の中でずっと座っていたので、今回は身体をほぐす方針でいいだろう。
ずっと馬車に籠っていたエルナ母さんも馬車から出て、身体を伸ばしていた。
サーラとミーナはティーセットで温かい紅茶の準備をしているようだ。
確か前はここの木陰の下でルンバやゲイツと寝転がっていたんだっけな。
「……アル、今みたいに雪が多く積もっている時は、しっかりと周囲を警戒しないといけないよ」
雪を退かしながら適当に歩き回っていると、ノルド父さんがやってきた。
「冬は動物や魔物のほとんどが鈍くなるけど、逆に活発化する魔物もいるんだ」
などと言うが、視界には雪が積もっているだけど、魔物がいるようには思えない。
その瞬間、脳裏に浮かんだのはジャイサールで砂に紛れて襲い掛かってきたアンコウみたいな魔物だ。
……もしかして、雪に紛れて魔物が近づいている?
そう考えて周囲を注視すると、雪の中で真っ赤な瞳が見えた気がした。
魔力を瞳に集めると、白い体毛をした狼が三匹ほど見えた。
「うわあ、雪に擬態している狼がいる」
「雪狼さ。冬にはああいった雪に紛れる魔物もいるから注意が必要だね」
ジリジリと近づいてきていた雪狼であるが、ノルド父さんが視線を飛ばすと、すごい勢いで逃げていった。本能的に強者だということを悟ったのだろう。
「にしても、よくわかったね?」
「冒険者生活が長かったからさ」
自然と外に出て魔物を警戒するのが癖になっているらしい。実に頼もしいパパだ。
「あそこに雪兎がいるね」
ノルド父さんの示す場所を見ると、真っ白なウサギがいた。
さっきの雪狼よりも小さい分、見つけにくいのによく発見できるものだ。
「……アル、できるだけ魔法で傷つけずに仕留められるかい? 雪兎の肉は美味しいんだ」
「わかった」
旅の途中で新鮮な肉を食べられるのは嬉しいことだ。
雪兎を視認した俺は水魔法を発動。
魔法の兆候を察知して雪兎が逃走を図るが、それよりも早くに雪が溶けて水球へと変わった。
雪兎の身体が水球に囚われる。
手足をバタつかせて、必死に抵抗をするが水を掻くだけに終わり、しばらくすると雪兎は動かなくなった。
「ありがとう。さすがだね」
水球を解除すると、ノルド父さんがナイフを使って雪兎の血抜き処理を始めた。
さすがに元冒険者だけあって、こういう処理に慣れている。
冬はどこも新鮮な肉が少なく、手に入れるのが難しい。
この先立ち寄った村でも手に入れられるかわからない。
申し訳ないが、俺たちが責任を持っていただくので許して欲しい。