情緒がない
大変お待たせしました。
ラーちゃんのパパと平和的な話し合いをするために、突如王都に向かうことになった。
向かうのはノルド父さん、エルナ母さん、俺。
メイドのミーナとサーラが同行し、御者としてロウさんが付いてきてくれる。
スロウレットが旅に出る時の安定の面子だ。
バルトロやメルといった使用人たちが、旅に必要なものを馬車に積み込んでくれる。
突如出発することになってバタバタとしているが、旅の準備も慣れてきたようで前に比べれば動きが随分とスムーズだ。
「アルフリート様は準備がお早いですね」
「坊主は、外に出た経験はそこまで多くねえはずだが、妙に旅慣れた感じがしてるんだよな」
「わかります。いつも落ち着いてらっしゃいますよね」
「そうかな?」
ぼんやりと眺めていると、ミーナ、バルトロ、サーラがそう言ってきた。
まあ、皆と旅に出る経験は少ないけど、こっそりと転移で旅行しているからね。
「私なんて必要な物を忘れていないか、足りないものはないかって何度も確認しちゃいますよ」
「それで馬車に乗って出発してから『あっ!』って思い出すんだろ?」
「ちょっと! なんでそのことをバルトロさんが知ってるんですか!? さては、サーラですね!?」
「……先輩、手が止まっていますよ。早く荷物を積み込んでください」
「もー!」
ミーナが不満げな声を上げて、バルトロとサーラがクスクスと笑う。
俺には空間魔法がある。
足りないものは亜空間からこっそりと取り出せるので忘れ物や、もしもを心配する必要は全くない。そのせいで俺は妙に旅慣れて、どっしり構えているように見えるのだろうな。
暇だからと言って、あまりミーナたちに声をかけ続けては作業が進まないだろう。
俺は準備を終えたっぽいノルド父さんに話しかける。
「今回はルンバとゲイツはこないの?」
「ああ、一応声をかけてみたけど断られたよ」
「なんで?」
ルンバとゲイツは物理的な意味だけでなく、交流的な意味でも顔が広い。
王都に向かうとなれば、前回のように知り合いに会うために付いてきそうだが、何か付いてこられないような理由があるのだろうか?
「領主である僕が不在の間、コリアット村をしっかり守りたいんだって」
……コリアット村を守る? ただでさえ魔物の出没率が低い平和な村だっていうのに、二人が残る必要があるだろうか? 屋敷にはエリノラ姉さんだっている。別に二人が残って、張り切って守る必要はない。明らかに過剰戦力だ。
「あの二人がそんな殊勝な理由で辞退するなんておかしい」
「うん。おかしいね。だから、本当の理由を聞いたら、単純に寒いから嫌だってごねられたよ」
「……そんなことだと思った」
前回は気温が暖かな春の旅だった。寒さの厳しい冬の旅をしたくないだろうな。
それにコリアット村の居心地の良さを知ると、外出したくなる気持ちは痛いほどにわかるので二人を責めることはできないな。
「エルナ様、パーティー用のドレスはどうされますか?」
「必要ないわ。今回の旅は、ミスフィード家への訪問と、実家の滞在だけだもの」
「しかし、王都に行ったとなれば、他の貴族の方からパーティーに誘われるのでは?」
さすがはできるメイドのサーラ。
主の不測の事態に備えて提言している。
「だからこそよ。ドレスがないので遠慮しますって言えば、堂々とパーティーを辞退できるわ」
そんなエルナ母さんの返事に俺は脱帽した。
「エルナ母さん! 賢い!」
「でしょう? さすがに誘った相手もじゃあドレスを用意しますね。なんて言えるほどの熱意はないもの。体面を傷つけずにパーティーを断るのは得意よ」
「貴族の嗜みってやつだね」
やっぱりエルナ母さんは天才だ。
そんな方法で体よくパーティーを回避できるだなんて思わなかった。
伊達に交流会があるのに「ドレスを忘れちゃった作戦」を企ててはいない。
まあ、前回はノルド父さんによって未然に防がれたんだけど。
「念のために正装とか靴とか用意していたけど、俺も置いてくことにする」
「ええ、そうしなさい」
エルナ母さんの許しを得て、俺は馬車に積み込んだ不要な荷物をバルトロに預けた。
ノルド父さんがこめかみの辺りを指で押さえ、頭が痛そうな顔をしているが気にしない。
王都に行く目的はあくまでミスフィード家との対談。
それ以外の用事はスケジュールに組み込んでいないのだ。
そんなわけで一部の不必要品を下ろすと、俺たちの出発準備は整った。
屋敷の玄関には手伝ってくれたバルトロ、メルだけでなく、エリノラ姉さん、シルヴィオ兄さんも見送りに出てきてくれた。
シルヴィオ兄さんはかなり上着を着こんでいるが、エリノラ姉さんは部屋着そのままだ。
寒くないんだろうか? いや、エリノラ姉さんだから寒くないんだろうな。
「人生ゲーム返して」
「ええっ? 嫌よ。冬はあれで屋敷の皆で遊ぶんだから」
どうやら既にそのようなスケジュールが立っているらしい。傍にいるミーナとバルトロが悲壮な顔
になった。
「ラーちゃんのパパに説明するために現物が必要だから。代わりにもっと作り込んだ奴が机の引き出しに入ってるよ」
「それなら早く言いなさいよ」
そのように説明すると、エリノラ姉さんは急いでリビングに戻って人生ゲームを持ってきた。かさばるので亜空間に収納したいが、ミーナに包んでもらしかない。
ばらけないようにミーナに頼んで木箱に収納してもらう。
作業を見守っていると、エリノラ姉さんがちょいちょいと袖を引っ張ってくる。
「なに?」
歩み寄ると、エリノラ姉さんが俺の手を乗って何かを持たせた。
すぐ様手の平を確認すると、そこには金貨が三枚乗っていた。
「やった! お小遣いだ!」
可愛い弟が王都で苦労せず、楽しめるようにとの配慮か! と思ったのだが、ベシッと腕をチョップされた。
「違うわよ。あたしのお小遣いをちょっと出してあげるから、カレーに必要なスパイスを買ってきて」
ドンと胸を張りながら言うエリノラ姉さん。
なんだ。ただのお使いか。優しさを期待した俺がバカだった。思わず深くため息を吐く。
「なによ?」
「……これっぽっちで足りるわけないじゃん」
「嘘つくのはやめなさい。金貨三枚よ?」
「いや、カレーに必要な香辛料を揃えるには、白金貨一枚はいるから」
「白金貨一枚ですって……!?」
これじゃ一種類の香辛料も満足に変えない。
「なに初めて聞いたみたいな反応してるのさ。ラズールの香辛料は高額だって、前に説明したじゃん」
「そんな説明聞いてないわ」
あくまですっとぼけるつもりかと思っていると、シルヴィオ兄さんが袖を引っ張る。
「……アル。説明をした時はグラビティ事件の日だよ」
はっ、そういえばあの時は、具合が悪いとか思い込んでいたらしく、リビングにいなかったんだった。香辛料が高いという説明を聞いていないのも仕方がないか。
「コホン……そういうわけで、たったの金貨三枚じゃ足りないから。出す気があるなら金貨二十枚くらい出して」
「そんな大金持ってるわけないでしょ?」
「ええ、ないの!? 普段お金を何に使ってるのさ?」
俺よりも六歳も年上なのに、どうしてこんなにも懐が寂しいんだ。
「あはは、僕たちはアルみたいに自分で稼いでいるわけじゃないから」
それもそうか。俺はスパゲッティやリバーシ、コマといった玩具を商品化し、トリーに売ってもらうことで稼いでいる。
二人よりもお金をたくさん持ってるのは当然のことか。
年上だから無意識に俺よりお金を持っていると思い込んでしまっていた。
エルナ母さんとノルド父さんも、お金があるからといって不必要に二人に配分しているわけではないみたいだ。
「うん? シルヴィオ兄さんはともかく、エリノラ姉さんは魔物退治してるし、ある程度持っているよね?」
「素材はあってもここじゃ、そこまでお金にならないわよ」
それもそうか。コリアット村では物々交換が主流だ。
ここ最近で大分賑わったとはいえ、高価な魔物の素材など売れないのだろう。売れるには売れるが価値がない。
「後は武具と食べ物に消えちゃうからね」
「余計な一言はアルの元よ」
補足説明をしたシルヴィオ兄さんを肘で小突くエリノラ姉さん。
変なことわざみたいなのを作らないでほしい。変に広まりそうで怖いから。
「全然足りてないけど、受け取っておくよ」
「やっぱり返して」
「いいけど帰ってきてカレーを作ってもわけないよ?」
そう脅しをかけるとエリノラ姉さんは「うぐっ」とうめき声を漏らして黙り込んだ。
足りてないけど、お金はたくさんあって損はない。
「僕も頼んでいいかい? 王都にある新しい本や面白そうな本が欲しいんだ」
そう言って、シルヴィオ兄さんが金貨八枚を渡してきた。
「ちょっ! なんでシルヴィオがそんな大金持ってるのよ!?」
「シルヴィオは僕の仕事を手伝ってくれているからね。お小遣いが多いのも当然さ」
何の稼ぎもないかのように思えたが、シルヴィオ兄さんも自分にできる範囲でお金を増やしていたみたいだ。どこかの姉と違って堅実な稼ぎ方だ。
「エリノラも手伝ってくれれば、もっとお小遣いをあげるよ?」
「えっ、いや。それはいいかな……」
にっこりと笑って提案するノルド父さんと、顔を引きつらせて一歩下がるエリノラ姉さん。
領主の仕事には税収の計算やら書類作成などとエリノラ姉さんの苦手そうな仕事がいっぱいだ。稼ぎは良くても彼女には堪えられないだろう。
「人生ゲームも積み終わりました!」
「準備も整ったことだし出発しよう」
ミーナの声を聞き、ノルド父さんが宣言したことで俺たちは馬車に乗り込む。
扉が閉まると、ロウさんが鞭をしならせ、ゆっくりと馬車が進みだした。
バルトロ、エリノラ姉さん、シルヴィオ兄さん、メルが玄関から手を振りながら見送ってくれる。
「気を付けてな! 特にミーナと坊主!」
「お土産頼むわよー!」
「風邪を引かないようにね!」
一人だけお土産の心配しかしていない姉がいるが、寒い中わざわざ見送ってくれたことに変わりない。とりあえず、窓から顔を出して手を振っておいた。
同じようにミーナも顔を出して手を振っている。
馬車が進んで皆が見えなくなると、俺はすぐに窓を閉めて引っ込んだ。
しかし、ミーナは未だに窓を開けて屋敷の方を見つめている。
「「ミーナ、早く窓を閉めて。寒いから」」
「あっ、はい。すみません」
俺とエルナ母さんから同じタイミングで同じ言葉が飛び出した。
ミーナがすごすごと窓を閉じて座り直す。
旅の情緒もへったくれもないが、寒いのでしょうがない。
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