家族会議
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』のコミック7巻が発売しました。
書店などで見かけましたら是非お手にとってくださると嬉しいです。
冬にしては暖かい穏やかな今日。柔らかな日差しに当たりながら家族で団欒――ということにはならず、リビングには妙な空気が漂っていた。
ラーちゃんのパパから俺に送られてきた手紙のせいである。
「ねえ、誰からの手紙なの?」
訳もわからず招集されたエリノラ姉さんが眉をひそめながら尋ねてくる。
「ラーちゃんのお父さんからだよ」
「それって収穫祭の時に遊びにきた子よね? それでどうして家族会議になるわけ?」
「相手が変なことを言ってきたから……かな?」
「もしかして、うちに泊まりにきた時に何か気に入らないことがあったとか?」
同じく理由を知らないシルヴィオ兄さんが不思議そうに尋ねてくる。
そうであったらどれだけ良かったことか。それだったら適当に頭を下げて謝るだけで解決できただろうに。
「当たっているけど遠いような感じかな」
「なによそれ? 具体的に言いなさいよ」
曖昧な返答をする俺にエリノラ姉さんがやや苛立った様子で言ってくる。
「やだよ、俺の口から言いたくない」
そんな事実はないのは当然だが、俺の口からは言いたくなかった。
「ねえ、母さん」
「……先方の言い分ではラーナ様がアルの子を宿したようよ?」
「「え?」」
エルナ母さんの端的な説明にエリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんが間抜けな声を上げた。
「そ、そそ、そういうことなのアル?」
あまりにも言葉のインパクトが強すぎたせいでエリノラ姉さんの正常な判断力が失われたようだ。
「落ち着いてエリノラ姉さん。四歳の少女が子を宿すなんて、人間の身体構造上不可能だよ」
「あっ! それもそうね! からかっただけよ!」
俺が冷静に諭してあげると、エリノラ姉さんは強がった言葉を言う。
思いっきり「あっ!」とか我に返る声が聞こえたけどね。
それにしても、少し時間を置いて冷静になった今なら思う。
ラーちゃんのパパの頭は大丈夫なのだろうか?
七歳児と四歳児がそういうことをするはずがないじゃないか。
ましてや、子供なんて宿せるはずがない。
そもそもラーちゃんの年齢では子を宿すような機能を身体が備えていないからだ。
全員が大体の状況を把握したところで、ノルド父さんが大きく息を吐いて、手紙をテーブルにそっと置いた。
「手紙に書いてあるようなことはしてないよ?」
「わかってる。アルがそんなことをするような子じゃないって知っているからね」
「私たちは疑ったりしないわ」
「ノルド父さん、エルナ母さん……ッ!」
なんていい両親なのだろう。物理的に不可能なこととはいえ、まったく疑うことがないなんて。俺は二人の子供で良かったと改めて思う。
「僕もアルがそんなことをしたなんて思ってないからね?」
「シルヴィオ兄さん」
「ふん、へたれなアルにそんなことできるわけないしね」
慌てながら「そ、そういうことなの?」とか聞いてきた癖に……。
まあ、今回はきっちり信頼を言葉にしてくれたので、許してあげることにしよう。
「問題はシューゲル様が、どうしてこのような勘違いをしたかだね」
「結婚に子を宿したって……どういう経緯があれば、そんな勘違いをするのかしら?」
そういえば、王都の交流会でもそんな勘違い事件があった気がする。
間接キスをキスの中にカウントしてシェルカに詰め寄られた時だ。
今回もそれと同じような匂いがする。
「……アル、心当たりはあるかい?」
「うーん」
ラーちゃんが遊びにきた時に、そんな紛らわしい単語が出てくるようなことなんて……
「あっ、人生ゲームで遊んだ時だ」
「「人生ゲーム?」」
思い出したように言うと、ノルド父さんとエルナ母さんが首を傾げながら言った。
俺はそれに答えることなく、自分の部屋に戻って押し入れの中にある人生ゲームセットを取り出し、リビングに戻ってきた。
「それはなんだい?」
「収穫祭の時にラーちゃんとエリックとブラムとアレイシアで遊んだ玩具だよ」
人生ゲームセットをテーブルに広げると、エリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんが興味津々な様子で覗き込む。
「また新しい玩具を作っていたのね。それで今回の勘違いとどんな関係があるの?」
尋ねてくるエルナ母さんに俺は人生ゲームの遊び方や誤解する原因となった出来事を話す。
「なるほど。その遊びの中でアルとラーナ様は結婚して、子供ができたってわけだね?」
「うん。多分、それをそのまま報告してシューゲルさんが勘違いしたんじゃないかな」
「確かに言葉にすれば、結婚して子供ができた事になるわね。人生ゲームの中でってことが抜けているけど……」
真剣な様子で聞いていたノルド父さんとエルナ母さんが疲れたように息を吐いた。
誤解の原因がわかってしまえば、本当にしょうもない。
「次、シルヴィオの番よ。ルーレットを回しなさい」
「待って。今、お金を数えてるから」
エリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんは既に事件ではなくなったことで興味を失くしたのか、人生ゲームで遊ぶほどの自由っぷりだった。
既に家族で集まって会議をする意義すらないからね。
幼いラーちゃんのことだ。きっと報告が言葉足らずだったのだろう。
手紙の文面からシューゲルさんがラーちゃんを溺愛していることはすぐにわかった。
ラーちゃんからの電撃報告に頭が真っ白に――いや、真っ赤になってこのような脅迫めいた手紙を出してしまったんだろうな。
ラーちゃんは姉であるシェルカだけでなく、父親からも大変愛されている。
「ところで、これからどうする?」
まだシューゲルさんとラーちゃんに問いただしたわけではないので確定ではないが、十中八九人生ゲームが勘違いの原因だ。
どう動くべきか尋ねてみると、ノルド父さんが渋い顔をして口を開いた。
「ミスフィード家のお屋敷に行くしかないだろうね」
ミスフィード家は領地を持っているが、基本的に過ごしているのは王都だと聞いた。
となると、俺たちはわざわざ王都に行かなければいけないことになる。
「えー、でも絶対にただの勘違いというか、相手の早とちりだよ?」
「そうかもしれないけど、相手が相手だからきっちりと話をつけておかないと。下手に放置しておくのもマズいし、暴走されるのも怖いだろう?」
「た、確かにそれはそうかも」
こちらに非がないとはいえ、事件内容があれなのできっちりと話し合っておく必要があるだろう。
それに相手は公爵家。それも建国時代から国を支えたという由緒正しき貴族家。
男爵家であるうちが訪問する他ない。
七歳児に殺害予告めいた手紙を出してくる相手だ。
勘違いしたまま本当に闇討ちでもされたら死んでもしにきれない。
こちとら既に過労で一回死んでいるのだ。
せっかく頂いた第二の人生、満足なスローライフを送らないまま死ぬわけにはいかない。
王都に行くしかないのかぁ。面倒くさいが仕方がないな。
「出発はいつにする?」
「今からだよ」
「ええっ!? 今から!?」
王都に行く心の覚悟はできていたが、まさか今からとは思いもしなかった。
早くて明日の昼とかだと思った。
「仕事とか大丈夫なの?」
「冬の間は領主の仕事も少ないから問題ないよ。できれば、エルナも来て欲しいんだけど」
「そうね。ちょうど父さんが顔を見せに来いって言っていたし行きましょうか。エリノラとシルヴィオもくる?」
「「行かない」」
エルナ母さんが尋ねると、エリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんは揃って首を横に振った。
今回ばかりは二人にも来てほしい。お偉いさんの屋敷に行けば、当然身目麗しい二人に注目が向かう。
俺への注目を下げる意味でも、二人には防波堤になってもらう必要があるんだ。
「なんで? 王都に行きたくないの?」
「あんたの口から漏れている言葉を聞いて、絶対に行きたくなくなったわよ」
「うん、防波堤にはなりたくないから」
ジットリとした視線を向けてくるエリノラ姉さんと苦笑いするシルヴィオ兄さん。
くそ! またしても口から出てしまったか!
片道だけで一週間はかかる馬車の旅だ。行きたくないと思うのは当然か。
転移で行くならまだしも、こんな寒い時期に馬車でなんて行きたくない。
「まあ、エリノラは春から王都で暮らすことになるんだし、今向かう必要もないわね。お爺ちゃんとも存分に会えるでしょうし」
「シルヴィオはこの時期は体調をよく崩すから、無理に連れていくのも可哀想だしね」
エルナ母さんとノルド父さんが優しい。
これは流れに乗れば、俺も王都行きを辞退できるのでは?
「ノルド父さん、俺もこの時期は体調を崩しやすいんだ。それに最近はいつもより寝つきも悪いし――」
「さて、そうと決まったら準備をしよう。天気がいいうちに出発したいからね」
俺の申し出を遮り、ノルド父さんはパンと手を叩いて立ち上がり、エルナ母さんも同じく立ち上がった。
「あっ、また一回休み! なんでよ!」
「いや、僕に言われても、それがルールだから」
リビングでは呑気に人生ゲームを楽しむ、姉と兄だけが残った。
小説11巻は10月中旬発売予定です。




