トリーの持ってきた手紙
9月13日に『転生して田舎でスローライフをおくりたい』の7巻が発売です。
内容は原作3巻に該当する王都編です。
電子版は一ヶ月後に発売開始だそうです。
今日は冬にしては比較的天気が暖かい。
窓から心地良い太陽の光が差し込み、風もまったく吹いていない。
これなら快適に外で散歩ができるんじゃないだろうか。
ここのところ屋敷でゴロゴロしてばかりだったので、軽く運動するにはとてもいいだろう。
健康的な日常を送るにも適度な運動は必要だ。
のんびりと散歩することを決めた俺は、上着を纏って部屋を出る。
階段を降りていると、珍しく来客があったらしく玄関の方から人の気配が。
覗き込んでみると、トリエラ商会の商会長であるトリーがおり、ミーナやサーラ、バルトロをはじめとする使用人が応対していた。
「あっ! お久し振りっす、アルフリート様!」
トリーは俺に気付いたのか、以前と変わらぬ軽い口調で挨拶をする。
「久し振り。元気そうだね?」
「はい、アルフリート様によくして頂いているお陰で忙しく、好調にやらせてもらってるっす!」
その明るい表情や口ぶりから商売の方は繁盛しているようだ。
まあ、リバーシやスパゲッティ、卓球などの利権で入ってくるお金の大きさでわかっていたけどね。
商会が大きくなり、カグラなどの他国に行き来するようになって更に忙しくなったはずだが、それでもここに直接顔を出してくれるのは嬉しい。
「今日はいつもの納品?」
「はいっす! カグラの醤油や味噌、お米なんかも持ってきてるっすよ!」
「おお、それは有難いや。最近は味噌の消費が凄かったもんね」
「寒いと温かい味噌汁が飲みたくなりますから」
俺の呟きにサーラが微笑みながら返事する。
特にサーラは味噌汁が大好きで屋敷のまかないだけでなく、実家でも作るほどハマっているらしい。
和風美人も相まってか味噌汁を作る彼女の姿は非常に映える。
「お米もたくさんありますね。これで心置きなくハンバーグが食べられます」
納品書を眺めるミーナはご機嫌そうだ。
お米がなくても彼女はハンバーグを食べるのだが、最早誰も突っ込まない。
それにしても今やカグラの食材はスロウレット家に欠かせない食材になっているな。
最初は俺が楽しめればいいや程度に考えていたが、思った以上に家族の皆も気に入ったようだ。
「品目はこれで問題なさそうっすかね?」
「ああ、問題ねえな」
「では、最終確認をしてからサインをお願いするっす」
「わかった。見に行くぜ」
トリーにそう言われると、バルトロ、サーラ、ミーナは運び込まれた品目を確認するために食糧庫に移動した。
玄関に残ったのは俺とトリー。
なんだか嫌な予感がする。
もしかして、エリノラ姉さんが傍にいるのだろうか? などと思って視線を巡らせるが周囲に気配はない。
しかし、俺の中の第六感が激しく警鐘を鳴らしていた。このままではマズいと。
だけど、俺には何がマズいのかわからない。わからないと対処の仕様がない。
「アルフリート様、少しいいっすか? 実は頼まれていた手紙が――」
トリーの懐から飛び出た手紙。
かなり上質な紙を使っており、見たこともない紋章がついている。
差出人は多分貴族。
これだ! 俺の中で警鐘を鳴らしているものの正体は!
あれは受け取っちゃダメな手紙だ。
俺はトリーの右腕の服にサイキックを発動。手紙は懐から中途半端に出た状態でトリーの右腕がピッタリと止まった。
「あ、あれ? 右腕が動かないっす!? アルフリート様の魔法っすか!?」
人体にはサイキックは作用しない。しかし、身に纏っている衣服は別だ。
衣服にサイキックをかけてやれば、このように強引ではあるが相手をある程度動かすことができる。
もっとも服が千切れるのもお構いなしに動かれれば無意味だが、トリーにはそんなパワーも度胸もないはずだ。
「うわわわわ! 勝手に手が動くっす!?」
戸惑いの声を上げるトリーを無視して、俺はそのままサイキックを使って腕を動かす。
取り出した手紙を懐に無理矢理戻させるのだ。
「んん? なにがあるって?」
「いや、だから手紙が――」
「どこにあるの?」
「うわっ! 卑怯っす! 魔法で無理矢理仕舞わせて見ないことにするつもりっすね!?」
俺の意図を悟ったトリーが叫び声を上げたが、もう遅い。
このままサイキックでトリーには回れ右をしてもらい、馬車に入って王都に戻ってもらおう。
「俺は何も見ていないし、受け取っていない。そうだね? トリー?」
「それじゃ俺が困るので勘弁してほしいっす!」
今や王都でも勢いのある大商会の仲間入りを果たしたトリー。
そんな彼に手紙の配達を頼めるなんてかなりの大貴族だろう。これは増々受け取るべき手紙ではない。
「トリーにはこのまま帰ってもらうよ――いたっ!」
笑みを浮かべながらトリーを操作していると、後頭部をデコピンされた。
「なにをしてるのよ」
思わず振り返ると、そこには呆れた顔をしたエルナ母さんがいた。
「別に。ちょっとじゃれていただけ――」
「エルナ様! アルフリート様宛に手紙があるんですけど受け取ってくれないんす! 助けてください!」
人の会話を遮って助けを求めるなんて失礼な奴だ。
「あなた宛ての手紙なんだからちゃんと受け取りなさい」
「だって嫌な予感がするんだもん。というか、エルナ母さんだって、たまに手紙無視するよね?」
俺は知っている。スロウレット家にやってくる手紙のいくつかをエルナ母さんが読まずにダストシュートしているのを。
「あれはパーティーの招待状だからいいの」
「じゃあ、俺も招待状とかだったら無視してもいい?」
俺がそんな問いかけをすると、エルナ母さんはむむっとしたような顔をして考え込む。
「……相手によるわね。アルに手紙を出した相手は誰なの?」
「ミスフィード家のご当主、シューゲル=ミスフィード様っす!」
一瞬、誰? という思考がよぎったが、ミスフィードという家名を聞いてなんとか理解した。
「ええ? ラーちゃんのお父さん?」
「私でも無視できない相手ね。ちゃんと受け取って読みなさい」
「ええー」などと声を上げて抵抗するが、エルナ母さんが威圧感のこもった視線を向けてくるので素直に従う他ない。
ミスフィード家といえば、公爵家だ。
男爵家のうちではどうやっても太刀打ちすることができない。
仕方なく俺はトリーへの魔法を解いて手紙を受け取る。
「一体何の手紙なんだろう……」
恐々としながら手紙の装丁を解いていく。
「収穫祭の時にラーナ様が遊びにいらっしゃったから、そのお礼とかじゃないかしら?」
「そういうのは普通当主であるノルド父さんに渡さない?」
「多分、ノルドにもくるでしょう。ラーナ様と特に親しくしていたのはアルだし、個人的なものと分けたのかもね」
そういう形式的なものは大人だけでやって欲しいが、特に俺がラーちゃんの面倒を見ていたのは事実だ。個人的にお礼の言葉を綴ってくれたのかもしれない。
さすがはラーちゃんのパパ。ラーちゃんやシェルカの口から、時折不穏な情報が洩れてはいたが天使な彼女の父親だけあってとても人柄がいいのだろう。
手紙のおおよその内容の予想ができた俺は、ホッとした気持ちになって手紙を読む。
『よくもうちの天使を孕ませてくれたな。殺してやる、クソガキ』
「うわわっ!」
あまりにもストレートな怒りの文字が目に入り、俺は思わず叫び声を上げてしまう。
おどろおどろしい文字を見ると、呪いの手紙かなって思ってしまう。
恐怖で身がすくみそうになるが、状況を把握するために堪えて手紙を読んでいく。
内容を要約すると、どうやら俺が遊びでラーちゃんを孕ませたと書いており、パパであるシューゲルさんは大層ご立腹というか、殺意をみなぎらせているようだ。
え? なんで? どうやって?
ラーちゃんはアレイシアとロレッタと共に収穫祭で遊びにやってきただけで、俺と結婚して子を宿したなんて事実はないんだけど?
「……顔色が悪いけど、どうかしたの?」
どうやら俺がラーちゃんを孕ませたみたいです……なんてエルナ母さんに言えるだろうか? しかし、これを伏せておくわけにはいかない。
俺の口から説明したくなかったので、俺はエルナ母さんに手紙を渡す。
「ラーナ様が孕まさ――じゃなくて、お腹にアルの子が!?」
「手紙! 確かに渡したっすからね! 俺は何も聞いていないっすから!」
エルナ母さんの戸惑いの声を聞いて、トリーは耳を塞ぎながら玄関を出て行った。
あいつ、自分が面倒な話に巻き込まれそうになった瞬間に逃げ出しやがった。
なんて酷い奴だ。
玄関では酷く真剣な様子で手紙を読み進めるエルナ母さんと立ち尽くす俺だけが残った。
「じゃあ、俺は散歩に行ってくるよ――ぐえっ!」
しれっと離れようとすると、エルナ母さんが手紙を読みながらむんずと襟首を掴んだ。
エルナ母さんは一通り、手紙を読み終わると冷静に一言。
「家族会議ね」
『独身貴族は異世界を謳歌する』『異世界ではじめる二拠点生活』の書籍発売中。




