シューゲル=ミスフィードは立ち上がる
【注意】
登場する人物は知識の足りない極度のシスコンであり、片方の親バカは動転して冷静さを失っております。
そのことに注意して見守りください。
私の名はシューゲル=ミスフィード。
王立魔法学園で学園長をやっており、ミスフィリト王国を建国期から支えてきた公爵家の当主だ。
今日は学園の仕事を持ち帰って屋敷で仕事しているのだが、遅々として進まない。
理由はわかっている。そろそろ我が愛しの天使が帰ってくる頃合いだからだ。
本来ならばもっと早くに帰ってこられるはずだが、同行しているアレイシアの寄り道のせいで帰還が遅れに遅れている。
途中で豪雪に見舞われてしまったというのは仕方がないが、手紙の内容を見る限りどうもわざと遅滞させているように見えた。
お陰で私は二か月ほどラーナに会えていない。
ラーナとこれほど長い間会えないというのは初めてだ。あの無邪気な笑顔が見たくて堪らない。
「あの赤髪の悪魔がやってこなければ、そのような場所に行かせるようなことはなかったものの!」
娘を連れていくと交渉――いや、脅しにきた時のあの顔を思い出す度に腹が立つ。
これに関しては仕方がない。自分が蒔いた種だ。今後は隙を見せないようにするしかないだろう。
「……あなた、酷い顔をしていますよ」
ぐぬぬぬと唸っていると執務室に入ってきた妻のフローリアが呆れた顔をしていた。
いつの間に入ってきたのやら。
「ラーナが……ラーナ成分が足りないんだ。私にはあの天使の笑顔が必要だ」
私の嘆きの言葉にフローリアため息を吐きつつも告げた。
「……ラーナならばつい先ほど帰ってきましたよ」
「本当か! 今行く!」
「待ちなさい。そのような乱れた姿で久し振りの娘に顔を合わすのですか?」
「むっ!」
思い起こされる悲劇。
ラーナに抱き着いて頬ずりした瞬間に言われた「ジョリジョリ嫌い」という無残な言葉。
あれを繰り返してはならない。
ラーナのところまですっ飛びたい気持ちがあったが、威厳ある父であることを示すために身なりを整えることは必要だ。
私はすぐに使用人を呼びつけて、身なりを整えさせた。
居住まいを正し、肌や髪の毛をチェックしたところで、私はラーナのところに向かう。
「ラーナ! よく帰ってきた!」
愛しの天使を目視した瞬間、私は身体強化を使って駆け出してラーナに抱き着いていた。
「パパ、ただいま!」
私が抱き着いても全く嫌がる素振りを見せず、天使の笑みを浮かべてくれるラーナ。
ああ、この笑顔が見たかったんだ。
「……パパ、ラーナが苦しそう」
抱擁している私を見て、シェルカがドン引きした様子で言う。
成長期を迎えたせいかシェルカはここのところ私に辛辣だ。
昔はシェルカの方から抱き着いてくれたというのに、今ではこんな冷たい態度。
「そんなことはない! 私はちゃんと加減をしている! なあ、ラーナ?」
「うん、痛くないよ! ジョリジョリも生えてないし」
無邪気な笑みを浮かべながら小さな手で私の顎を触ってくるラーナ。
これを天使と言わずとして、誰が天使か。
フローリアに言われてきちんと身なりを整えて正解だった。
あのまま慌てて抱き着いていれば、悲劇が再び起こっていたであろうことは間違いない。
「それにしてもよく帰ってきた。長い間パパと会えなくて寂しかっただろう?」
「全然! アレイシアやリムにロレッタがいたから!」
「……そ、そうか」
寂しかったと言われなかったのはショックだが、それは娘が成長した証だ。
これを喜ばずにいては父親というものが廃るというもの。
悔しいがここは受け入れるとしよう。
でも、本音としては早くパパに会いたかったなんて言葉が欲しかった。
「ねえ、ラーナ。スロウレット領はどうだった? アルフリートに変なことされなかった?」
「ふむ、それは私も気になるな」
ドラゴンスレイヤーの息子であり、ラーナが親しみを寄せている少年の領地。
そこでどのように過ごしていたのか非常に気になる。
シェルカもラーナのことを案じているのか、とても心配そうな表情だ。
「すごく楽しかったよ! えっとね、アルの領地はすごく緑が豊かで、川の水も綺麗でね!」
私たちの心配をよそに実に楽しげな表情で語り始めるラーナ。
まだ四歳児であるが故に語る順序や時系列がバラバラであったが、娘が心から旅路を楽しんだ様子が感じられた。
そうだな。お供にはロレッタをはじめとする使用人もいたし、アレイシアもいたのだ。
男の友人の屋敷とはいえ、間違いなど起こるはずもない。
「それでね、アルと結婚して子供ができたんだ」
「「…………は?」」
ラーナの話を聞いていた私とシェルカの時が止まった。
うちの天使が結婚? 誰と?
子供ができた? 誰の?
考えただけで世界が真っ白になる。
さっきまでアレイシアやアルフリートとかという小僧とけん玉なる玩具で遊んでいたはずだ。
そこからどうしてそのようになるのか理解ができない。
「ちょちょちょっと、ラーナ! 誰と結婚したっていうの!?」
「アルだよ?」
「け、けけけ、結婚って、意味わかってるの!?」
「夫婦になって人生を共に歩むことだよね? 私知ってるよ」
顔を赤くしながらシェルカが問いかけるがラーナは平然としている。
何を当たり前のことを聞いているんだというような態度。
……ま、まさか、うちの天使は本当に大人の階段を上ってしまったというのか。
「そんなに驚くこと? 子供はできたけど、遊びだよ?」
「遊び!? 遊びで子供ができたの!?」
「うん、遊びだよ?」
「ええええええええええええっ!」
さらに判明していく驚愕の事実。
きょとんとしながら答えるラーナの言葉にシェルカがソファーでひっくり返る。
互いに愛し合ったならともかく、一時の快楽に身をゆだねてしまったらしい。
四歳ながらなんて悪い遊びをしてしまったというのか。
「私の天使が汚されてしまったあああああああああああああ!」
娘の身に起こってしまった悲劇。
このようなことになるなら、脅されたとしても娘を外に出すべきではなかったのだ。
これはミスフィード家始まって以来の大事件だ。
これではもう娘はお嫁に行くことなど不可能。
んん? ということは一生私の傍にいてくれるのでは?
いやいや、いくら娘が愛しいとは節度というものがある。
このような出来事を喜ぶなんて父親として失格だ。
「ラーナを汚した相手はスロウレット家のアルフリートと言ったな?」
「え、ええ。そうよ、パパ」
「よし、スロウレットを潰そう。私の天使を汚した罪を贖ってもらう」
人間大きなショックを受けると意外と頭が冴えるものだ。
今の私の頭は驚くほどにクリーンだ。
王国の英雄、ドラゴンスレイヤーが相手だろうと知ったことか。
我がミスフィード家の魔道の力を持ってして、全力で捻り潰してやろう。
勿論、娘を孕ませたとかいうクソガキは粉微塵だ。
報いを受けさせるために、私は動き出すことにした。




