魔力抵抗
『転生したら宿屋の息子でした』コミック1巻発売中。
エルナ母さんに連れられて屋敷の中庭へと出てくる。
冬なので勿論外の空気は寒いが、火球がたくさん浮かんでいるので寒いとは感じない。この辺りだけ常夏のように暖かった。
俺とエルナ母さんを取り囲むように火球が浮かんでいる様は、ちょっとシュールかもしれない。第三者が見たら、祭や儀式でも行うんじゃないかって思いそうだ。
「温度は大丈夫?」
「全体的にもう少しだけ下げてちょうだい」
「わかった」
細かい注文かもしれないが、温度調整は大事だ。たった一度、されど一度。その小さな違い快適さは変わる。
快適な空間に対するこだわりが強い俺とエルナ母さんに妥協はなかった。
「そういえば、屋敷では温度調節をよくするけど、どうして剣の稽古の時には使わないのかしら?」
「だって、そんなことをすれば、寒いっていう言い訳が使えないじゃん」
「……エリノラが聞いたら怒りそうな言葉ね」
寒いから休憩。寒いから入念にストレッチ、ウォーミングアップ。寒いから切り上げる。
といった常套句が使えなくなると俺が不利だからね。
快適な環境を用意すれば、エリノラ姉さんが喜び、稽古時間が増える恐れがある。
「剣の稽古時間を減らすためなら一時の苦行くらい耐えてみせるよ」
「立派なことを言っているようにも見えて、そうじゃないわね」
「そんなことより、エルナ母さんは何を教えてくれるの?」
剣の稽古の話なんてどうでもいい。それよりも俺は魔法に興味が向いていた。
エルナ母さんが魔法について教えてくれるなんて随分と久しぶりなのでわくわくしている。
「そうね。いくつか教えたいことはあるけど、まずはノルドにグラビティをかけた時に気にしていた魔法への抵抗かしら」
「ああ、そうそう。あれ、気になっていたんだよね」
ノルド父さんにグラビティをかけようとした時、最初は抵抗されて魔法をかけることができなかった。あんな風に抵抗されたのは始めてだったので気になっていた。
なんでも魔法がかかる瞬間に合わせて、魔力で抵抗したみたいなことを言っていたが、どういう原理なんだ?
「通常、相手に魔法を仕掛けられた場合、どうやって抵抗すると思う?」
「前提としてまず相手と戦わない。仮に仕掛けられたとしても相手が優位に立てるようなフィールドには立たない」
バグダッドのような時でもない限り、まず戦うようなことはしない。
仮になったとしても、こちらが圧倒的な優位な状況に立てる位置取りをする。
などと述べると、エルナ母さんはまったくこの子はといった顔で近づく。
「アルのその徹底した慎重さは評価するけど、今はそれを無しとしなさい」
「あ、うん。相手の魔法が発動する前に潰すか、躱すよ」
「じゃあ、もし不意を突かれて被弾したら? 『ウォーター』」
エルナ母さんがにっこりと笑いながら、詠唱省略。
すると、俺の足元が水に包まれた。
「冷たっ! 可愛い息子に不意打ちなんて卑怯な!」
「うふふ、これも母親の愛というものよ?」
抗議をするもエルナ母さんは気にした風もなくコロコロと笑った。
「さて、こうなった時にアルはどうする?」
「え? そりゃあ――あれ?」
さらなるエルナ母さんの問いに、すぐに答えようとしたが咄嗟に応えることができなかった。
「そう。気付いたと思うけど、アルも相手の魔法に晒された経験っていうのは少ないのよね。無詠唱で魔法が発動できて、後出しでも反応できるから」
そもそも七歳児で魔法に晒される経験が豊富っていうのもどうかと思うんだけど。
「子供には必要ないとはいえ、いざという時に対策ができないっていうのも困るでしょ?」
「そ、そうですね」
そんな俺の思考を見透かしたのか、エルナ母さんが強調したように言う。
そこまでわかりやすい顔をしていたのだろうか。実際に読まれたのだからしていたんだろうな。
とはいえ、エルナ母さんの言い分も一理ある。
そういったものには極力近寄らないが俺のスタンスだけど、世の中にはどうにもならないこともあるし、バグダッドの時のようなこともあるかもしれない。
あと、純粋に魔法に関することは好きなので、どうやって対処するか気になる。
「というわけで、こうなったらどうするかしら?」
「その前に冷たいからお湯に変えていい?」
「……好きになさい」
地味にこの冷たさが辛いんだよね。
許可がとれたので纏わりついた水に手を入れて、火魔法を発動して温める。
程よく加熱すると、気持ちのいい温度のお湯になった。
「リラックスしてどうするのよ」
ホッとしているとエルナ母さんに突っ込まれる。
そうだった。この魔法をどうやって剥がすか考えないと。
とりあえず、足を動かしてみる。
当然、その程度で足に纏わりついた水が離れることもない。
足を動かした分だけ、水も付いてきて温かい――じゃなくて、離れることはなかった。
試しに手をパンチしてみると水が弾けて少し散るだけで、魔法が瓦解することはない。それもそうだよね。
軽く風魔法を発動して、水だけを吹き飛ばそうとしてみる。
しかし、エルナ母さんの魔法は抵抗して離れることはなかった。
かといって、自分の足に魔法をぶつけて吹き飛ばすのも怖いし、スマートじゃない気がする。
「俺の水魔法でエルナ母さんの魔法を上塗りして支配する」
水が離れないのだったら、俺も水を呼び出し、纏わりついた水と融和させて無理矢理支配下に置いてしまえばいい。
氷魔法で凍らせるって手もあるけど、それじゃ俺の足が氷漬けになってしまう。
「かなりごり押しだけど、それも一つの正解ね。でも、もっと少ない魔力で手間をかけずに外すこともできるわ」
……もしかして、それがノルド父さんの言っていた、魔力による抵抗だろうか?
だとしたら、わざわざ魔法を使うんじゃなくて、体内にある魔力を纏って相手の魔法を弾き飛ばせばいいのか。
咄嗟に思いついた俺は、体内の魔力を足に集中させて、纏わりついた水を弾き飛ばすように外に放出した。
すると、俺の足に纏わりついていた水が爆散したように弾けて飛ぶ。
「おおっ! 水がとれた!」
「…………」
喜んで視線を上げると、そこにはびしょ濡れになったエルナ母さんがいた。
「あっ、ごめんなさい」
「……いいわ。これは私の不注意だもの」
エルナ母さんは水気をササッと払うと、気を取り直したように咳払い。
「そういうこと。こういった拘束系の魔法は、体内の魔力を練り上げ、外に放出すれば解くこともできるのよ。とはいえ、魔法を仕掛けられた状況で冷静にやるのは難しいわ」
「なるほど。だから、安全に解くにはノルド父さんの言っていたようにかかる瞬間に魔力を活性化させて弾くことなんだね?」
今回かけられた魔法が安全な水だからこうして落ち着いていられるけど、通常はグラビティのような身体に負荷をかけてくるのもあるだろう。
そんな状況でちんたら解除できるかと言われると難しい。
慣れたらできるだろうけど、そんな慣れは欲しくない。
だから、魔法が身体に効果を及ぼす前、あるいは瞬間に魔力活性を行って防ぐのが一番安全なのだろう。
「そういうことよ。はぁ、エリノラにもこの理解の良さがあれば……いえ、アルと比べるのはさすがに酷よね」
先ほど散々講義をしたからだろう。
エルナ母さんがやや苦労を感じさせるため息を吐いた。
魔法って理屈さえ理解できれば、割と基礎はどうにでもなる印象だけど、エリノラ姉さんにとってはそこが一番の難関だろうね。
剣以外のことへの興味は薄いし、完全に感覚派だから。
「まあ、エリノラのことは置いておいて、拘束魔法の弾きを練習しましょうか」
「うん。お願い」
エルナ母さんが飛ばしてくる纏わりつく水を俺は、魔力活性で弾き続けた。




