グラビティの正しい使い方?
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「稽古をしようか」
「いいわね」
「やだ!」
ノルド父さんの言葉を聞いて、エリノラ姉さんと俺の言葉が重なった。
響き渡った互いの正反対の言葉を聞いて、互いに睨み合う俺達。
「稽古ができるんだからいいじゃない」
「全然良くないよ。大体、今日は稽古の日じゃないじゃん! おかしいよ!」
稽古をする日は事前に決められている。
本来なら稽古日は今日ではなく明日だ。いきなり今日になるなんておかしい。
「確かにアルの言うことはもっともさ。だけど、今日は中庭の状態がすごくいいんだ。ここ最近、ずっと雪が積もっていていい状態でできなかっただろう? 明日になるとまた降るかもしれないし、今日にやっておきたいと思ってね」
確かにここ最近は雪があまり振っておらず、天気も晴れが続いている。
中庭の状態は最高とは言い難いが、ここ最近では一番のコンディションを誇っているだろう。
ノルド父さんの言う通り、天気とコンディションの一番いい今にやってしまいたいという思惑もわからなくもない。
「むむむ、だけど稽古日でもない休みの日に稽古をやらされるのはちょっと……」
「別に稽古日が増えるわけじゃないよね? 明日の稽古日を今日にするってだけで」
「ああ、そうだよ」
俺が唸っていると、シルヴィオ兄さんがそう言ってノルド父さんがしっかりと頷いた。
「ええ!? 増えるんじゃないの!?」
約一名はおめでたい思考をしていたらしく驚いているが無視。
「……まあ、別に増えるんじゃないならいいけど」
「僕も問題ないよ」
「それじゃあ、決まりだね。稽古の準備をして中庭に集合」
俺が渋々頷き、シルヴィオ兄さんも頷くと、ノルド父さんはそう告げて去っていった。
「はぁ、稽古か……」
朝から稽古が決まってしまい、思わずため息が出てしまう。
「もしかして、何か予定でもあった?」
「二度寝して日向ぼっこ」
「暇ってことじゃない」
「いやいや、立派な予定だから!」
天気がいいから部屋で優雅に二度寝を決め込んで、早めの昼食を食べて、食後の散歩に行くというスケジュールが俺の中で立っていた。
エリノラ姉さんにとって、それがどれだけしょうもなくても俺にとっては重要な予定だったのだ。
しかし、朝の稽古でそれが崩された。ため息が出ても仕方がないだろう。
「もう決まったことだし、ぐずぐずしてないで早く準備するわよ」
エリノラ姉さんはそのようなことを告げると、さっさと自分の部屋に戻っていく。
「まあ、最近は天気の影響で中止になることも多かったし、久しぶりにしっかり運動をしようよ」
「……うん」
憂鬱そうにする俺を見て、シルヴィオ兄さんがしっかりと慰めてくれる。
本当に優しい兄だ。もう一人の姉とは大違いだ。
今日は朝からのんびりできると思っていたのにな。
休日だと思っていたのに休日出勤を命じられたかのような気分だった。
●
「うわあ、コンディションがいいとか言っておきながら微妙じゃん。お陰で泥まみれだよ」
打ち合い稽古を終えた俺とシルヴィオ兄さんは、泥に塗れながらも屋敷の縁側に座り込んだ。
ノルド父さんが中庭の状態が良いというので、稽古をしてみたが完璧なコンディションとは言い難かったな。
「ここ最近の中では比較的マシって感じだったね」
これにはシルヴィオ兄さんも苦笑い。
まあ、雪がほとんどんなくても雪解け水もあるしね。他の季節のように万全なコンディションを期待するのも無理というものか。
氷魔法で雪を退かして、水魔法で地中に含まれている水分を抽出。そして、土魔法で地面をならしてやれば、中庭のコンディションなんてすぐに万全にできるんだけどね。
だけど、そんなことを言ってしまえば、中止になる稽古も中止にならないので絶対に進言しない。稽古の回数が減るのであれば、多少泥に塗れようが甘んじて受け入れよう。
座り込んだ俺とシルヴィオ兄さんの眺める先には、木剣を手にして激しく打ち合うエリノラ姉さんとノルド父さんの姿があった。
「二人共、今日は一段と気合いが入ってるね」
「ここ最近、天気の都合で稽古ができなかったからね」
二人とも久しぶりに稽古ができるのが嬉しいらしく、とても楽しそうにしていた。
「もしかして、ノルド父さんも早く稽古がしたかっただけなんじゃ?」
「そうかもしれないね。でも、父さんも日ごろ頑張っているんだし、たまには付き合ってあげようよ」
俺が疑惑の声を漏らす中、シルヴィオ兄さんが苦笑する。
どうやらシルヴィオ兄さんは薄々そのことに気付きながら、俺とノルド父さんの仲介をしてくれたようだ。なんというできた兄なんだろう。
「シルヴィオ兄さんがいれば、スロウレット領の将来は安泰だよ」
「いや、できれば他人事じゃなくてアルももっと気にして、できれば手伝ってほしいんだけど……」
「そういうことはもっと先になって考えるよ」
俺がそんな風に誤魔化すと、シルヴィオ兄さんがやれやれとばかりに笑う。
別に領地の仕事を手伝わないというわけではないが、確約するような言葉を述べるのはマズい。世の中、何があるかわからない。
誤魔化せるうちには誤魔化しておくのがいいからね。
視線の先ではエリノラ姉さんが鋭い動きでノルド父さんに斬りこんでいく。
幾筋もの剣閃が走ったかと思いきや、ノルド父さんが細かく剣を動かしてそれを防いでいた。
「今、エリノラ姉さんが何回剣を振ったと思う?」
「四回しか見えなかったよ」
「ええ、俺は三回までしかわからなかったんだけど……」
響いてくる音からして六回以上はぶつかり合っていた気がするけど、俺達に認識できたのは半分かそれ以下であった。
本気のエリノラ姉さんと対峙すれば、まともに打ち合うことができないのは明白だ。
「今日のエリノラ姉さんはいつにも増して速いね」
「この間、かけていたアルの魔法のお陰じゃないかな? 二週間くらいずっとウェイトトレーニングをしていたようなものなんだよね?」
「やっぱり、そうだよねー」
エリノラ姉さんは疲労させて自主稽古に付き合わされる回数を減らしてやろう。そのような思惑でかけた魔法だったが、結果的にエリノラ姉さんを強化してしまったらしい。
前よりもエリノラ姉さんの基礎能力が飛躍的に上がっていた、
ただでさえ、強すぎるっていうのに増々手がつけられなくなっていたような気がする。
昔は俺やシルヴィオ兄さんでも少しは打ち合えていたのにな。いつの間にこんなに差がついてしまったのやら。子供というのは本当に成長が早いや。
などと感慨深く思っていると、稽古を終えたらしいノルド父さんとエリノラ姉さんが戻ってきた。
二人とも稽古をしてとてもスッキリとした笑みを浮かべている。
「ふう、久しぶりに運動すると気持ちがいいね」
「むう、まだ父さんにとっては運動レベルなんだ……」
「まだまだエリノラには負けないよ」
涼しい顔をするノルド父さんを見て、エリノラ姉さんが少し悔しそうにする。
「ノルド父さんの服が全然汚れてないんだけど……」
エリノラ姉さんは何度も転ばされたからかドロドロになっているが、ノルド父さんの稽古服には泥一つついていない。
「あまり衣服を汚すと、メル達が苦労するからね」
「悔しいー!」
涼し気な顔でそう言うノルド父さんを見て、エリノラ姉さんが悔しそうに地団太を踏む。
父と娘にはまだまだ歴然とした差があるようだ。それがどれだけの差なのかは、正しく力量を測る物差しを持っていないので俺にはわからない。
「それにして、やっぱりエリノラは速くなったね。アルに魔法をかけてもらったお陰かな?」
「そ、そう? 自分ではあんまりよくわかんないんだけど……」
褒められて若干照れくさそうにするエリノラ姉さん。
そんな娘の姿を眺めて、ノルド父さんは何やら真剣な表情を浮かべた。
そして、何かを決意したような顔になり、
「よし、僕もアルに魔法をかけてもらおうかな」
「え? 本気で言ってる?」
「本気さ。冬になって魔物の討伐に向かう回数も減ったしね。ちょっと身体を鍛えておかないと。そういうわけで、僕にグラビティをかけてほしい」
「まあ、別にいいけど」
ノルド父さんがかけて欲しいと頼んでくるので、俺はグラビティをかけてあげる。
「……あれ? なんか魔法のかかりが悪い?」
「ああ、ごめん。無意識に魔力を活性化させて抵抗していたみたいだ。活性を弱めるよ」
そう言うと、ノルド父さんの魔力が弱まってしっかりと魔法がかかるのを感じた。
「へー、そんな風にして抵抗することもできるんだ」
「魔法がかかるタイミングに合わせてやらないといけないけどね」
さすがは数多の実戦経験してきたドラゴンスレイヤーだ。そんなこと知らなかったや。
「グラビティをかけてみたけどどう?」
「もっと強くしてもいいよ」
「わかった。ドンドンと強度を上げていくね。ちょうどいいところで頷いて」
ノルド父さんがそういうので、俺はドンドンと重力の強度を上げていく。
ゆっくりと重力を上げていくが、ノルド父さんは一向に声を発しない。
エリノラ姉さんにかけていた強度も軽々と突破していく。
「なんか父さんの周りの土がすごく凹んでいるんだけど……」
シルヴィオ兄さんの視線の先を追うと、魔法の余波なのか地面が凹んでいた。
「結構強くなってるけど大丈夫?」
「もっと強くしても大丈夫さ」
心配になって声をかけてみるが、ノルド父さんの表情は変わらない。
そのことに安心して、魔法の出力を上げてみる。
「まずはこのくらいでいいかな。しばらく、このままの状態にして慣れたら強度を上げてもらうよ」
「う、うん、わかった」
満足いくくらいの負荷がかかったらしいので、ひとまずグラビティを固定してかけておく。
グラビティの強度はとんでもないくらいになっており、普通の人なら身動き一つとれないだろう。しかし、ノルド父さんはいつも通りに動いており、顔色一つ変わっていない。
「……ねえ、アル。もう一回、あたしに魔法をかけなさいよ」
ノルド父さんがトレーニングを始めたからか、エリノラ姉さんが触発されてそんなことを言ってくる。この間かけたら怒っていた癖に。
「子供の頃からああいうトレーニングをすると、成長を妨げるかもしれないから止めておいた方がいいよ?」
「弟の癖に姉を子供扱いしようとは生意気ね」
そういえば、この世界での成人年齢は十五歳だった。
もうすぐ十四歳になるエリノラ姉さんに、7歳の俺がそんなことを言っても生意気と言われるのも仕方のないことかもしれない。
「仮にそうだとしても、あたしは少しの身長よりも確かな強さが欲しいわ」
十三歳にしてなんという覚悟だろうか。
まあ、グラビティをかけているからといって絶対に身長が伸びないわけでもないし、本人が望むならいいか。
「それじゃあ、かけるね」
「ええ」
エリノラ姉さんが頷いたので、こちらにもグラビティをかける。
「これくらいでいいわ」
強度を上げていくとエリノラ姉さんは以前かけた時よりも、少し強めなところで止めた。
「これくらいでいいの?」
「あまり無茶な負荷は身体を痛めるだけだから」
「エリノラ姉さんって、強くなることに関しては真面目でしっかりしてるよね」
正直、身の丈に合わない負荷を要求されると思ったので意外だ。
「強くなることに関してだけってなによ」
エリノラ姉さんが半目で睨んでくるのを俺はスルーした。
なんだか俺の魔法で家族がドンドンと強化されていく気がするな。
自動剣術もグラビティも自分が楽をしたいがために使っているだけなのに変な方向に使われている気がする。
「シルヴィオ兄さんもやっとく?」
「いや、僕はいいよ」
念のためにシルヴィオ兄さんに言うと、やんわりと拒否された。
そうだ。これが普通の反応だ。日常生活に魔法を使ってのウェイトトレーニングとか普通におかしいからね。
「ちなみに父さんの強度はどれくらいなのよ?」
気になるのかエリノラ姉さんが、袖をくいくいと引っ張って尋ねてくる。
「……エリノラ姉さんにかけている強度の十倍くらいかな」
「十倍!?」
「ええっ!?」
これにはさすがにエリノラ姉さんとシルヴィオ兄さんも目を剥いた。
エリノラ姉さんでもこれって、普通の人間ならぺしゃんこにされている強度だと思う。
それなのに涼しい顔で歩けるなんて……
「「「さすがはドラゴンスレイヤー」」」
涼しげに休憩しているノルド父さんを見ながら、俺たちは戦慄の声を上げるのであった。




