カレーのレシピ
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』コミック4巻、5巻、6巻の電子版が発売されました。
書籍版書き下ろし、電子版書き下ろしが基本的にそれぞれ二つずつ入っているのでとてもお得です! 一部、書き下ろし小説の代わりに書き下ろし漫画ですが、それでも1つは書き下ろし小説入ってます。
どうかよろしくお願いします。
「ふむ、とにかくアルが働きないというのはわかった。今は諦めるとしよう」
できれば、今ではなく未来永劫でお願いしたいのだが、あまり拒絶し過ぎるのも失礼なので言わないでおくことにした。
ちなみに先ほどダメージを受けたシャナリアは、部屋の隅っこで膝を抱えて座り込んでいる。
なにやらブツクサ言っているが、触れると面倒くさそうな匂いがしているので放置だ。
「とりあえず、今は俺と友達ということでどうだ?」
「光栄ですが、友達の頼みっていう切り口で色々と巻き込まれそうな気がします」
「細かいことは気にするな。とにかく、俺とアルは友達だ」
なんか誤魔化された気がするが、そのようにお偉いさんに言われてしまっては断ることもできない。
平和な生活を送るためにややこしい立場の人とは距離を置いておきたい派なんだけど、まあ国内ならともかく他国ならいいか。転移でやってこない限り、早々会うことはできないし、向こうはこっちの素性も知らないし。
「わかりました。友達であれば喜んで」
「友達であれば、そのような丁寧な言葉遣いも不要だ。楽な言葉で話していいぞ」
「いえいえ、王族であるサルバ様にそのような馴れ馴れしい口調では話せませんよ」
「気にしなくてもいい」
「本当ですか? サルバ様は気にしなくても、ため口で話した瞬間にシャナリアさんが不敬罪だとか言ってひっ捕らえてきたりとか――」
「ちっ、本当に聡いな……」
などと懸念の声を上げると、サルバが露骨に舌打ちをして顔をしかめる。
「やっぱり!」
今日は無礼講などと社長が言って、本当に平社員がため口で話しかけたら翌日には左遷されたなんて話も前世では聞いた話だ。
ああいう言葉は上の者が下の者にも寛容だとアピールするような社交辞令だ。
特に相手の地位が高いほど真に受けてはいけない。
「というのは冗談だ。サルバ=ラズールの名に置いてアルを友人だと認める。シャナリアやバグダッドも気にするな」
「「はっ」」
サルバが生真面目な表情でそう告げると、シャナリアや傍にいた男性もしっかりと返事をした。
ここまでされてしまっては俺も疑うわけにはいかないな。
「そこまで言うなら普通に話すよ」
「ああ、それでいい。ところで今日はどんな用事でここにきていたんだ?」
俺の引き抜き作戦をとりあえずは諦めたのだろう。先程よりも気の抜けた態度で話しかけてくる。
「ちょっと香辛料を買いにきてね」
「どこかに売りにでも行くのか?」
砂漠を一人で渡っていることを知っているので、普通に売りに行くと思っているのだろう。
危険な砂漠に囲まれ、常に物資が必要とされるこの辺りでは、ラジェリカの品物を他の場所に持って行くだけでかなり儲かる。その分、危険も高いけどね。
「いや、単に料理に使いたいだけだよ」
「……その料理というのはダリーか?」
香辛料の使い道を話していると大柄な男性が口を開いた。
まるで岩のように静かに佇んでいたので急に喋り出して驚いた。
「ダリー?」
「む? クミンとターメリック、コリアンダーを合わせた匂いがしたのでそうだと思ったのだが……」
「あっ、そうです! こっちではそう呼んでいるんですね!」
一瞬なんのことかわからなかったが、それらの香辛料を合わせた料理といえばカレーだ。
多分、こっちではダリーと呼ばれているのだろう。
「確かにそのような匂いが微かにするな」
スンスンと鼻を鳴らせるサルバ。
マイホームでカレーを作ってきたので少し匂いがしたらしい。
「というか、こっちでもあったんだ!」
なんだ、それなら俺が頑張って作る必要もなかったじゃないか。
なんといってもここは香辛料の豊富な国だ。香辛料を混ぜ合わせて作るカレーのようなものがあってもおかしくない。
しまったな。自分で作ることばかり考えるのではなく、もう少し現地をリサーチしとけばよかった。
まあ、前回はシャナリアのせいでそんなこともできなかったんだけど。
とにかく、カレーが現地にあるならこれ以上無理に頑張らなくてもいいや。
「いや、一般的に出回っているものではない。あれは我が一族の民族料理だからな」
なんて思っていたがバグダッドの口から予想外の言葉が。
「え? そうなんです!? 他に似たような料理とかは?」
「似たようなものは一部出回っているが、あまり味がな……」
「お、おお……」
どうやら一部の人が作ろうとしているが、本家には遠く及ばないらしい。
俺とまったく同じ状態だった。
「その様子からすると、アルもダリーを作ろうとしているようだな?」
「うん、作っているんだけど、どうも旨みが足りなくて。なんかただスパイシーなシチューって感じ」
「……知識が足りなければそうなっても仕方があるまい」
バグダッドが神妙な顔をしながら言う。
その口ぶりや態度からバグダッドの作るダリーとやらは、俺と違って美味しいのだろう。
「どうだ、アル? ダリーのレシピを教える代わりに俺のところに――」
「いや、そこまで欲しくはないよ」
「ダメか」
きっぱりと否定するとサルバがつまらなさそうな顔をする。
確かに美味しいカレーのレシピは欲しいが、働いてまで欲しいわけではない。
別にカレー以外にも美味しい料理はあるし、今でこそつまづいてはいるが時間さえかえればいずれは完成するのだから。
なんて強がってはいるけど美味しいカレーを食べたいな。
中途半端なものがあるからこそ余計に完成したものが食べたくなる。
「あの、カレーのレシピを教えていただいたりとかは……」
「……ダリーのレシピは秘伝だ」
「ですよねー」
俺だってレシピをトリエラに教えて、その利益の一部を貰っているので重要具合はわかる。
この世界では美味しい料理のレシピは宝なのだ。
一族秘伝のレシピとなれば、教えてもらえることはないだろうな。
「……だが、俺の頼みを聞いてくれれば特別に教えてやろう」
そんな風に内心で諦めていたが、バグダッドが予想外のことを言ってきた。
「バグダッドさんにそんな権利があるんですか?」
「族長は俺だ。それくらいの権限はある」
なるほど、族長さんの許可があれば後で面倒ごとにはならないか。
「バグダッドさんの頼み事ってなんです?」
サルバと同じようなことを頼むであれば論外。
でも、そのやり取りはさっきも聞いていたし違うことのような気がする。
バグダッドが俺に頼みたいことってなんだろう?
不思議に思いながら待っていると、彼はゆっくりと口を開いた。
「俺と魔法勝負をしてほしい」
その言葉を聞いた瞬間、寝転んでいたサルバが急に起き上がった。
さっきまでのつまらなさそうな顔とは一転して、ワクワクとした表情。
面白い見世物が始まったとばかりの顔だ。
「魔法勝負ですか? そういう危ないのはちょっと……」
いくらカレーのレシピのためとはいえ、魔法をぶつけ合うような危ないことはしたくない。
エリノラ姉さんやエリックのような実力であれば、俺が危険になるようなことはないと断言できるがバグダッドは違う。
魔力量だけでいけば、今まで会った魔法使いの中で随一だ。
サルバの護衛を勤めるほどの彼が、ただ魔力が高いだけの凡庸な人のわけがない。絶対に一流とか呼ばれる魔法使いだ。
そんな相手と魔法勝負なんてすれば、命がいくつあっても足りない。
俺も魔法には自信があるけど、実戦経験などほとんどないのだから。
「そちらが一方的に魔法を撃ちこんでくるだけでいい。俺はそれを魔法で防ぐだけだ。身の危険を心配する必要はない」
「なるほど」
それなら特に身の危険はないな。魔法を撃ちこむだけでいいのであれば悪くない。
「でも、どうしてこんな頼み事を?」
「俺でも計り知れないほどの魔力を持っている幼き魔法使い。その実力が気になる」
「バグダッド以上の魔力だと!? あり得ん!」
「それが本当であれば途轍もないな」
バグダッドの言葉を聞いて、いじけていたシャナリアが叫び、サルバが面白そうに笑った。
「確かに人よりも少しは魔力が多いけど、そんなに言うほど?」
「バグダッドはラズール王国の歴史上、もっとも魔力量の多い魔法使いだ。そんな彼ですら計り知れない魔力量ということは、アルはそれ以上の魔力量だと言えるだろう」
「ええっ、本当に?」
それが本当だとするとバグダッドが食いついてきたのも頷けるものだ。
「今まで誰にも言われなかったか?」
「確かに言われたことはあったけど、他人よりも少し多いくらいかなって認識だった」
コリアット村には、ほとんど魔法使いがいないから比較対象があまりいない。
エルナ母さんは同じ魔法使いだけど、俺の魔法に関しては割と放任しているので俺の魔力量が世間では、どのような位置づけになるかは全く把握していない。
転移が使えるように赤ん坊の頃から魔力増量訓練をしていたが、まさかそれほどとは。
なんてことを述べると、サルバは呆れたように息を吐いた。
「アル、前にも忠告したが、もう少し自分の価値というものを知るべきだぞ?」
「う、うん。ちょっと見つめ直すよ」
正直、スケールが大きすぎて理解が追い付いていない。
帰ったら改めてエルナ母さんに尋ねてみようかな。
「話はが逸れたがどうだ? 俺の頼みを受けるか?」
「……レシピのために受けましょう」
俺はエリノラ姉さんのような戦闘狂ではないが、美味しいカレーのレシピを教えてもらうためならいいだろう。
俺はカレーのレシピと引き換えに、バグダッドの頼みを引き受けることにした。
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