待ち伏せ王子
『Aランク冒険者のスローライフ』のコミック4巻が3月29日に発売です。電子版は27日から早めに買えるかも?
ともあれ、よろしくお願いします。
コリアット村にあるマイホームの外からラジェリカの裏通りに転移してきた俺。
今いる場所は以前、シャナリアを振り切るために逃げ込んだ裏通り。
大人が二人ほどしか通れない狭くて薄暗い路地には人の姿は皆無だった。
普段はもっと誰の目のつかない場所に転移するのだが、前回のように大通りを歩いていたら補足される可能性があったので、今回は少しリスクを犯してラーシャの店の傍に直接やってきた。
防寒着からこちらのラズールの服に素早く着替えると、さっとフードを被って香辛料通りに。
チラリと周囲を伺ってみると、以前と変わらず街模様が広がっている。
相変わらず香辛料通りは多くのラズール人で賑わっていた。あちこちのお店から香辛料の匂いが漂ってくる。
「うわ、衛兵だ」
前方から衛兵が歩いてくるのが見えた。
俺はフードを深く被りなおしてできるだけ肌を見せないようにし、人混みの中に身体を入れる。こうすれば、小さな俺の身体などあっという間に見えなくなるのだ。
「今日も暇だな」
「俺達が暇ってことは街が平和だってことだ。それでいいだろ」
「違いねえ」
衛兵は俺に気付くことなく普通に通り過ぎていった。
そのことに俺はホッとする。
なんだか犯罪者にでもなったかのような気分だ。
まあ、不法入国とかしちゃってるけど、証明のしようもないし悪いことはしてないから。
にしても、衛兵の様子を見る限り、誰かを探しているような様子はなかった。
のんびりとした会話をしており実に暇そうだ。
もしかしたら、シャナリアは既にいなくなったのかもしれない。ここにはいないと見切りをつけて他のところに行ったのか。あるいはそもそもこの辺りにいないのか。
仮にも王子の護衛をしているお偉いさんなのだ。俺の捜索ばかりにかまけている暇はないだろう。
どこかに行ってしまったのかもしれないな。それだったらあの衛兵の緩み具合も納得できるというものだ。
そんな風に安心感を抱きながらも進んで行くと、ラーシャの店が見えた。
「こんにちは!」
「お、この間のお客さんじゃん! また買いに来てくれたの?」
挨拶をしてみると、ラーシャは俺のことを覚えていたみたいで笑みを浮かべてくれた。
さすがに異国の子供とあってか印象に残っていたみたいだ。
「うん、七味唐辛子の追加と他にも色々と買ってみたくなってね」
「それは嬉しいね。そんなことを言ってくれるお客さんには、特別にいいのを紹介してあげるよ」
「おっ、なんかすごい香辛料でも入ったの?」
「ええ、ちょっと付いてきて」
カレーと関係があるかは不明だが、面白い香辛料があると言われれば気になる。
ラーシャは俺の手を取ると、店の奥にある部屋に連れて行ってくれる。
色鮮やか暖簾をくぐって奥の部屋に入ると、そこには一枚の扉がある。
「どうぞ」
「ありがと――うっ!? ええ?」
扉を開けて中に入れてくれたラーシャ。しかし、その直後に背中をドンと押された。
驚きと戸惑いながらも振り返ると、無情にも扉がバタリと閉まった。
「ごめんね、お客さん」
「えっ? どういうこと?」
ラーシャが申し訳なさそうに謝るも俺には何が何だかわからない。
「やあ、少年。探したぞ」
突然、背後から投げかけられる聞き覚えのある声。
恐る恐る振り返ると、そこにはラジェリカでもっとも会いたくない人物、この国の第二王子であるサルバ=ラズールが優雅に寝そべっていた。
一目見ただけで高額とわかるような色鮮やかで金糸がふんだんに縫い込まれた布を敷いている。他にも生地の良さそうなクッションや枕があり、妙に生活感が見えている。
右側には護衛であるシャナリアが風魔法で風を送っており、左側には見たことのない男が立っている。こちらも護衛だろうか?
くすんだ茶色の髪を刈り上げており、かなりの強面であるがとても理知的な青い瞳をしている。
何より目立つのはその大きさだ。身長が明らかに二メートルくらいある。
その大きすぎる身長のせいでこの部屋が小さく見えてしまう。
黒く染まった革鎧のようなものをつけており、服の上からでもわかるほどに筋肉が隆起している。
どっからどう見ても近接戦闘系に見えるのだが、その印象とは反対に内包されている魔力が尋常じゃない。
一応、剣を腰に佩いているが、多分俺と同じ純粋な魔法使いタイプだろう。
男性も鋭い視線を送ってくるが、今はそっちに気を取られている場合じゃない。
「え、えっと、どうして第二王子であるサルバ様がここに?」
宮殿にいるはずのサルバが、香辛料通りにあるラーシャに店にいるなんておかしすぎる。
「それはアルと会うために決まっているだろう?」
しかし、当の本人は何を当たり前のことを言っているんだとばかりの態度。俺がおかしいのかな?
「アルが以前やってきた際に多くの時間を費やしていた店はここだ。なにやら香辛料を集めているだとわかったから、また来ると思ってこの店で張っていたんだ」
「……もしかして、俺が帰ってからずっとここに住んでいたんです?」
「ああ、張り込みというやつだな。庶民の家で生活するというのも中々に楽しいものさ」
妙に生活感があったのでおそるおそる尋ねてみると、サルバはそう言って愉快そうに笑った。
こんな普通のお店に第二王子が泊まりにくるとか、ラーシャが可哀想過ぎる。
きっと俺を見つければバレないようにこっちに誘導するように頼まれていたのだろう。
王族からの頼みとなれば断れるはずもないだろうな。
ラーシャには怒りを抱くことは全くない。むしろ、同情心でいっぱいだった。
俺が変な人と知り合いになってしまったばかりに申し訳ない。
「道理でラーシャがこんなことを……」
「うむ、女というのは子供であっても侮れないものだな。あの娘は実にいい手際でアルをここまで誘い出してくれた。見ていて笑えたぞ」
愉快そうに笑うサルバ。
第二王子じゃなかったら引っ叩いているところだった。
しかし、相手が王族であり護衛が二人もいるので我慢だ。
にしても、ラーシャの態度には全然違和感を抱かなかったな。客商売をしているだけあってか表情や仕草を偽るのが上手いや。
単純なエリノラ姉さんの相手ばかりしていたから、警戒心が鈍っていたのかもしれないな。
「それより、わざわざ俺に何の用です?」
「前回はお前が突如として消えてしまったからな。こうしてゆっくりと話しをしようと思ってな」
「言っときますけど、仲良くなってもサルバ様のところで働いたりしませんよ?」
サルバの魂胆はわかっている。最終的に俺と仲良くなって囲い込むつもりだ。
遺伝子的に氷魔法の素養を持つものが少ないというラズールでは、氷魔法使いはとても貴重だからね。
「ならば、逆に問おう。どうすれば、俺のモノになる?」
そういう台詞を言われてもあまり嫌な感じがしないのは、サルバのカリスマ力によるものだろうか。
「そもそも俺は働きたくないので働くという選択肢は論外ですよ」
「……日給白金貨十枚であってもか?」
「お金の問題じゃないですよ」
俺からすれば、働くということ自体が既にアウトだ。どれだけ高い金を積まれようとも意味がない。
前世は社畜として生きていたので、もう働くことは懲り懲りなのだ。
「大人になって趣味や世間体のために最低限働くことはすれど、誰かのところで縛られて働くつもりはありません」
「甘ったれたことを言っているが、それで生活ができるのか?」
俺の主張を聞いてか、シャナリアが呆れたような声で言う。
七歳児が働きたくないなどとごねていたら呆れてしまう気持ちもわかる。
この世界では子供も働いている家庭も多く、子供であっても戦力としてカウントされているくらいだからな。甘ったれるなと言われてもおかしくはない。
「いくつも商品開発をしているので働かなくても入ってくるお金はあるんですよね」
「ほう、それが本当であれば優秀だな」
「そんなもので細々と暮らしていくよりも、サルバ様の元でお仕えした方がいいだろう? 王族直属の士官だぞ?」
感心したように眉を上げるサルバとは反対に眉をしかめるシャナリア。
シャナリアのその言葉は前世でもよくあった類のものだ。
彼らは出世すること幸せであると疑ってやまないので質が悪い。もはや、宗教といってもいいだろう。俺を勧誘しないでほしい。人の幸せなんて人それぞれだ。
働くことでしか幸せを見いだせないなんてシャナリアも可哀想。
「お、おい。なんだその哀れむような目は?」
「シャナリアさん、出世=幸せとは限りませんよ?」
「うぐっ!」
俺の一言がクリーンヒットしたのかシャナリアが崩れ落ちた。
「あっ、もしかして仕事以外に充実した出来事がない……?」
「ううううっ!」
ポツリと漏れた言葉でさえもシャナリアの心には深く突き刺さったようだ。
「……アル、それ以上は止めてやれ」
これには主であるサルバも優しい声音でそう言うのであった。
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