ルンバの母ちゃん
「言っとくけど練習で作ったものだからあんまり美味しくないよ?」
イスに座って相伴に預かる気満々のルンバに俺は告げる。
すると、ルンバは目をくわっと見開き、
「こんなに美味そうな匂いがしてるのにマズいわけがねえだろ!?」
「うん、俺もそう思って食べたんだけど微妙だったんだよね」
俺も食べる前は同じ気持ちだったけど、そうじゃないんだなー。
さすがに俺の表情から本当だと察したのか、ルンバが怪訝な顔になる。
「……アルがそんな風に言うなんて珍しいな? こんなにいい匂いがしてるのに微妙なのか?」
「うん、別に食べられないようなレベルじゃないけどね」
「それならいい! 気になるから食わせてくれ!」
「わかったよ」
念を押すように言ったが、ルンバが食べたいというなら問題はない。
何かしらの有意義な意見が聞けるかもしれない。
そう思って気持ちを切り替えて、新しい皿にご飯やカレーを盛り付けた。
「はい、どうぞ」
「おお、ご飯と一緒に食う料理だな! 美味そうだ!」
鰻丼といい、ルンバはご飯ものの料理が大好きだからな。カレーを前にして輝かんばかりの表情だ。
「ちなみにこれはなんていう料理なんだ?」
「カレーだよ」
「おお、カレーか! それじゃあ、食べてみるぜ!」
ルンバは感嘆の声を上げると、スプーンを握ってカレーを口に入れた。
すると、ビックリしたように身体を震わせた。
いい匂いとは裏腹に味が微妙なので驚いたのかな?
「微妙でしょ?」
「なに言ってんだ、アル? 普通に美味いじゃねえか!」
「ええ?」
ルンバはそのように叫ぶとガツガツとスプーンを動かしてカレーをかき込んだ。
もしかして、しっかりと混ざっておらず俺の食べたところだけ味が微妙だった?
そう思ってカレーをよく混ぜてから改めて皿に盛り付ける。そして、再び食べてみた。
「……うーん、微妙」
さっきとまったく変わらないカレー風味のシチューだった。
これが市販のカレーのように甘いのであれば、また変わった評価もできようがそうでもない。香辛料で風味こそ利いているが旨みが薄かった。
「そうか? 俺はこれでも十分に美味しいと思えるぜ?」
「これじゃダメだよ」
これは断じてカレーではない。俺の知っているカレーはもっと美味しい。
「アルは料理人だからな。きっと舌が肥えてるんだろうよ」
「いや、料理人じゃないから」
ルンバの言う事は一理あるかもしれない。
食文化の進んでいた前世でカレーを食べてきたので、それが基準となっているのだろう。
カレーを知らない人からすれば、十分に美味しいと感じるかもしれない。
「でも、これじゃあ納得できないんだよなぁ」
「逆に何に納得がいかねえんだ?」
「もっとこう強い旨みがあってスパイシーにしたいんだ。今のままじゃただ香辛料を混ぜ合わせたシチューだよ」
もっと上手い表現があるはずなんだけど、上手く言葉にできないのがもどかしい。
「……確かに言われてみれば、ちょっと物足りなさはあるかもな。なんかパンチが弱えっていうか……」
カレーを一口食べて唸ってみせるルンバ。
やはり、ルンバも物足りなさを感じてはいるようだ。ということは、俺だけの違和感ではないだろう。
「まあ、これはこれで十分に美味いんだけどな! 俺は料理のことはよくわからねえし、ありがたく頂くだけだぜ!」
しばらく真面目な顔で考え込んでいたルンバであるが、そのような台詞を言うと食事を再開した。
うん、ルンバに頭脳労働は似合わないしね。
ルンバのポジティブな言葉を聞くと、なんだか元気になってきた。
「最初から上手くできると思っていなかったし、色々と試してみよう」
ただでさえ、曖昧な知識なのだ。成功するまで何度でもやってみるべきだ。
「おお! カレーが完成するまでの間、味見ならいくらでも引き受けてやるぜ! これならいくらでも食べられるからな!」
「それは助かるや。じゃあ、もう一回作ってみるよ」
頼りになる味見役をゲットした俺は、再びカレーを作ることにした。
●
六つ目のフライパンを消費して作り上げたカレー。
さすがに杯を重ねたのでご飯を少なめにして盛り付け、ルンバへと差し出す。
ルンバはスプーンを握り、手慣れたようにご飯と一緒にルーを口へと運ぶ。
「……どう、ルンバ?」
「美味いぞ」
いや、もっと具体的に教えてほしいんだけど。
などと思うが、既に何回も繰り返されたやり取りなので、さすがにこちらも学んでいる。
「じゃあ、最初に食べたものに比べるとどう?」
「すげえ香ばしくなったぜ!」
「他には?」
「……それだけかな?」
「やっぱりそうかー」
自分でも味見をしたのでわかってはいたが、やはりルンバも同じような回答だ。
あれから香辛料の配合具合を変えたり、炒める具材を変えたり試行錯誤しているが芳しい成果は得られない。
唯一変わったとすれば、香辛料の配合でより香ばしくできたことくらいだろうか。
依然としてカレーの風味のするシチューから抜け出せないままでいた。
「うーん、何がダメなんだろう?」
そもそもの香辛料が少なすぎるのだろうか? それとも辛みが足りない? 七味唐辛子でも混ぜてみたら旨みとか出ないだろうか? あるいは前世でも隠し味に使われていたリンゴとか蜂蜜とか? でも、そういうのは基本の味があってのものだし、基本のカレーができていないままに入れても美味
しくなるとは思えない。
「アル、そろそろ外が暗くなってきたけど屋敷に戻らなくていいのか?」
などと考え込んでいたが、ルンバの心配の声で現実に戻された。
窓の外を見てみると、すっかりと薄暗くなっている。
そろそろ戻らないといけない時間だ。
「そうだね。そろそろ屋敷に――いや、お風呂に入ってから帰るよ」
ルンバに言われて帰り支度を始めようと思ったが、ふと気付いた。
こんなにカレーの匂いをムンムンとさせて帰れば何を言われるかわからない。
特に嗅覚の鋭いエリノラ姉さん、エルナ母さんが、その匂いは何だとばかりに問い詰めてくるだろう。
空間魔法のことを隠すためにもラジェリカで仕入れた香辛料のことは秘密なのだ。
身体の匂いは落とすことは勿論、服も洗濯して着替えないとな。
「おお? わざわざこっちで入って帰るのか? 風邪引くぞ?」
ルンバが純粋な親切心で心配してくれる。
確かのこの寒い時期に風呂に入って帰れば、湯冷めをすることは間違いないだろう。
マイホームから屋敷までそれなりに距離があるし。
しかし、こっちで風呂に入れないと個人的にすごく困るのだ。
「香辛料を使って料理をしているのは秘密にしたいんだ。だから、匂いを落として帰りたい」
「なんか物騒な仕事をしてる奴みてえな事を言うな」
「危ない仕事なんてしてないよ」
危ない橋こそ渡っているかもしれないが、人様に言えないような裏稼業はしていない。
しかし、次の瞬間、ルンバが何かに気付いたかのような顔をした。
「……さてはアル」
「な、なにさ?」
もしかして、ラズールから持ち込んだ香辛料だって気付いた? いや、でもここからラズールまではかなり離れている。
買い付けることは不可能に近いので、そんな突飛な真実にルンバがたどり着けるのか?
冷や汗を流しながらも言葉を待っていると、ルンバがニヤリと笑った。
「屋敷の厨房から貴重な香辛料をちょろまかしてるな?」
「バレた?」
全然、違うけどそういう勘違いをしてくれた方が秘密を守ってくれそうなのでちょうどいい。
「まったく悪い奴だぜ。でも、そのお陰で俺はカレーを美味しく食えるからな。バルトロやエルナには秘密にしといてやるよ」
「理解があって助かるよ。じゃあ、風呂に入らせてもらうよ」
「おう」
さすがはルンバ、ちょろい。
これで当分、ここでカレーを作っていても怪しまれることはないだろう。
お風呂場に向かう前に軽く台所を片付ける。
「カレーは冷蔵庫に入れておくよ。三日くらいは保つけど、風味が薄くなるからできれば早めに温めて食べてね」
「おお、アルが母ちゃんみてえだ」
自分でもそう思ってしまったので言い返すこともできなかった。
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