曲がり角での邂逅
『異世界ではじめる二拠点生活〜空間魔法で王都と田舎をいったりきたり〜』の書籍が3月30日に発売。
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「ねえ、お姉さん」
「ラーシャでいいわよ」
「じゃあ、ラーシャ。ここってクミンってある?」
七味唐辛子を貰った俺は、本題に入るべくラーシャに尋ねた。
俺がここにやってきたのはカレーに必要な香辛料を探すためだからな。
「クミン? それならシードとパウダーにしたやつがあるわよ」
「本当?」
「ええ」
ラーシャはそのように頷くと店内を移動して二種類の皿を持ってきた。
そこには俺がジャイサールで買ったクミンのシードと、パウダーになっているクミンらしきものがある。
「おお、本当だ! これって一瓶でいくら?」
「これはちょっと高いやつだから銀貨五枚よ」
「安っ! ジャイサールだとそれよりも小さい瓶で金貨八枚したんだけど!」
「そりゃ、そうだよ。砂漠をまたいで売られるものはどんなものでも値が上がるから」
「そ、そうなんだ」
ジャイサールの店主がぼったくりだったのではないかと思ったが、そうではなかったようだ。
サルバといた時はサンドプラントに襲われたし、その後は砂に潜んできた変な魚に噛みつかれそうになった。
流砂船に乗っていた時も遠くサンドシャークが跳ねているのを見つけたし、他にもおっかない魔物たちが縄張り争いをしているのを見かけた。
俺は転移を使ってやってきたから楽にやってこれたけど、普通の人は徒歩やズオムに乗って、あの中を命がけでくぐり抜けて運んでくるんだよな。
多くの人が命を懸けて物資を運んでくるので、砂漠をまたげば馬鹿みたいに値段が跳ね上がるのも当然か。
「……もしかして、将来はこっちの方が稼げる?」
「え? 何か言った?」
思わず漏れた心の呟きが漏れてしまったようだ。
「いや、なんでもないよ。クミンシードとクミンを瓶で二つずつちょうだい」
「いいけど、そんなにお金あるの? 金貨二枚になるけど」
「あるよ」
「……意外とお金を持ってるのね」
チラッと金貨を見せると、ラーシャは実に素直な言葉を吐きながらクミンを瓶に詰め始めた。
水売りの時も思っていたけど、やはりラズール王国の方が物資の値段の幅が大きいな。
砂漠をまたぐだけでこんなにも物価が上昇するのだ。
俺が転移を使って物資を運べば、笑えるくらい安全で楽にお金を儲けることができるだろう。
まあ、美味しい商売があるからといって率先して働くつもりはないけどね。
俺のモットーは働かずに生きていくことだ。不労所得が正義。
お金に困るような直面にでもならないと働くつもりはサラサラなかった。
でも、こっちで物を売る方が効率良く稼げるってわかったのは大きな収穫だ。
ミスフィリト王国ならチビチビとやる必要があるが、こっちでなら一回で済みそうだし。
「ねえ、ターメリックやコリアンダーはある?」
「あるわよ」
「あるの!?」
あまり期待せずに尋ねてみたが、あっさりと返ってきたラーシャの返答に驚く。
やった! それならカレーを作ることができる!
「そこまで驚くこと? こっちはクミンと違って珍しい香辛料でもないけど……」
「そ、そうなんだ」
カレーに最低限必要と言われる香辛料が揃ったので興奮してしまった。
だが、仕方ない。カレーの基礎ともいえる、三種類の香辛料を手に入れることができるんだから。
「はい、これがターメリックとコリアンダーよ」
ラーシャがそう言って黄色いパウダーと薄茶色のパウダーを手に乗せてくれた。
ターメリックの方は土くささを感じさせる独特の香りとほろ苦さだ。
カレーを黄色く着色するのに使われ、しっかりとした香りで味に深みを出してくれる。
ターメリックライスの着色にも使われている。
一方のコリアンダーは甘く爽やかな香りの中に、ほんのりとスパイシーさがある。
カレーの中では風味のまとめ役でとろみも加えてくれる陰の役者。
「うんうん、これだ!」
そして、これらにカレーらしい香りと確かな存在感を放つ、主役のクミンパウダーだ。
これらを合わせることによって、前世の市販にあったカレーとは一味違うカレーが出来上がるのだ。
「合っているならいいわ。こっちは一瓶で銅貨五枚よ」
こっちはクミンと違って、そこまで希少ではないらしく値段もかなり落ち着いたものだった。
「はい、銅貨十枚」
「確かに受け取ったわ。ちょっと瓶に詰めるから待っててちょうだい」
こちらも二瓶分の料金を支払うと、ラーシャが瓶詰めを行ってくれる。
まさかこんなにも早く手に入るとは思わなかったな。
カレーの知識はそれほどあるわけじゃないけど、これで基本的な味は再現できるはずだ。
早く屋敷に帰って――いや、屋敷で料理をすると匂いとか香辛料の出どころとか探られそうだしマイホームで作ってみる方がいいか。
今はとにかく、コリアット村に帰って早くカレーを作りたい。
「……なんか今日はやけに衛兵の数が多いわね?」
ターメリックパウダーを瓶に詰めているラーシャがそんなことを呟いた。
そう言われて、外を見てみると宮殿を徘徊していた兵士と似たような恰好をした男たちが通りを歩いている。
他の通行人もそのことに気付いて訝しんでいるようであるが、普段からラジェリカにいるわけではない俺にはわからない。
「そうなの?」
物騒なハルバードこそ持っていないが、ナターシャの持っているようなシミターや槍を携帯している。
「この辺りは治安もいいし、そこまで衛兵は巡回してこないんだけどね。何か事件でもあったのかした?」
確かに王都でもそういう事件やイベント事がなければ、そこまで頻繁に巡回はしていない印象だっ
た。
衛兵が集まる必要のある出来事があったのだろうか?
……なんか嫌な予感がするな。他国で事件にでも巻き込まれでもしたら面倒なことこの上ない。
カレーに必要な香辛料も揃ったことだし、さっさと帰ることにしよう。
「はい、ターメリックとコリアンダーね。西には治安の悪い区域もあるし、そういうところや大通りから外れた道には行かない方がいいよ」
「わかった。親切にありがとう」
ラーシャから香辛料の入った革袋を貰った俺は、素直に礼を言ってその場を離れた。
ラーシャにはああ言われたけど転移をするためには一目のつかない場所に移動する必要があるしな。
俺は人気のある大通りから離れるために、小さな通りへと曲がる。
すると、ちょうど曲がり角には人がおり、思わずぶつかってしまう。
「うわっ!」
「すまない、人を探していたもので足元が疎かになっていた。大丈夫か、少年?」
女性にしては少し低い声。
しかし、その声音には確かな申し訳なさと、ぶつかった相手への心配が見て取れた。
さっさとコリアット村に帰ってカレーを作りたい余り、視界が狭くなっていた。
曲がり角で走ってしまって非常に申し訳ない想いだ。
「いえいえ、こちらこそ急いでいたもので」
差し伸べられる手を取って、俺は立ち上がらせてもらう。
見上げると目の前には赤いマントを羽織り、白と赤を基調とする宮殿を守るような兵士服をした黒髪の女性が――
「シャナリアさん?」
というか、第二王子サルバの護衛であるシャナリアだった。
俺がぽつりと呟くと向こうも気付いたのか黄色の瞳を大きく見開いた。
「ようやく見つけたぞ! 小僧!」
「なんか知らないけどヤバい!」
その口ぶりから俺を探して、捕まえようとしていることがわかったのですぐに手を離して逃げる。
「あっ、こら! 待て!」
シャナリアが鋭い声を発しながら追いかけてくる。
普通ならすぐに追いつかれてしまうものであるが、ここは多くの通行人が行き交う香辛料通り。人混みの中へとわざと入る。
「くそ! 待たないか!」
「そんな怖い顔と声で言われて待つわけないじゃん」
案の上、シャナリアは人混みのせいで思うようにスピードを出せないようだ。
それに対して俺の身体は小さいので縫うように駆け抜けることができる。
荷物も亜空間にさっさと収納しているので身軽だ。
「サルバ様がお前に会いたがっているのだ!」
「だろうね。わかってて逃げてるんだよ」
サルバに会わされようものなら今度こそ宮殿や高級宿に連れ込まれるに決まっている。
そうなれば、少なくとも数日は軟禁されるだろう。
転移でやってきている俺は、きちんと屋敷に帰らないといけないのだ。
そうしないと行方不明事件になってしまい大事になる。
だから、サルバと会うのは絶対にダメなのだ。
そう思ってシャナリアの必死な呼びかけを振り切って、俺は人混みを真っすぐに突き抜ける。
すると、不意にピイイイッと甲高い笛の音が鳴った。
「シャナリア様、どうなさいましたか!?」
「あそこにいる異国の小僧を捕らえろ! ただし、丁重にだ!」
「か、かしこまりました!」
なんだ? と首を傾げていると、シャナリアは衛兵を呼びつけて、そのような命令を下した。衛兵は即座に頷くと追いかけてくる。
さらに衛兵も笛を持っており、笛を鳴らしてさらに仲間を増やしてくる。
「どうした? 何があった?」
「シャナリア様のご命令だ。あそこで走っている異国の少年を捕らえるんだ! 丁重に!」
「わかった!」
笛の音に吸い寄せられてドンドンと衛兵たちが合流してくるのがわかる。
「まさか、ここまでするなんて……」
まるで犯罪者でも捕まえるかのような捕り物になっている。
どんだけ俺に会いたいんだよ、あの気まぐれ王子は。
とはいえ、たくさんの人を配置しようが無駄だ。
俺は人混みの中を抜けると、すぐに裏路地に入った。
「転移!」
そこに誰にいないことを確認した俺は、即座にコリアット村の平原を思い浮かべて転移した。
気が付くと、目の前の景色は薄暗い路地から雪一色の平原になっていた。
「はあ、とりあえず逃げ切れた……寒いから早く着替えよ」
ホッとするのも束の間、俺は白い息を吐きながらいそいそと防寒着に着替えた。
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