香辛料通り
『転生して田舎でスローライフをおくりたい』コミック6巻は本日発売です!
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「うわ、めちゃくちゃ香辛料が並んでる」
チャイを売っていた青年の言葉に従って、道を進んでいくと目的地にたどり着いた。
そこはまさに香辛料通りと呼ばれるに相応しいほどに香辛料を売っている店が並んでいる。
歩けど歩けど香辛料を扱っている店ばかり。むしろ、それ以外の店を探す方が難しい。
それぐらい香辛料の店しかなかった。
そして、あちこちから香辛料の香りがし、混ざり合っているために匂いがすごかった。
もう、とにかくスパイシーと表現する他ないだろう。混ざり過ぎていてどんな匂いか表現することすらできない。
そんな混沌とした匂いがする通りを俺は歩いていく。
店には大きな皿が置かれており、こんもりと積み上げるように香辛料が置かれている。
乾燥させて粉にしたのだろう。赤、黄、緑、白、茶と様々な色合いのものがある。
軒先にはロープがかかっており乾燥前の葉っぱ、香辛料をもみ込んだビーフジャーキーなどが吊るされている。
奥には細長い瓶が置かれており、そこにもやはり香辛料が詰め込まれていた。
「本当に香辛料ばっかりだ」
ミスフィリト王国にはほとんど香辛料を売っているお店はない。
店先に塩、砂糖、胡椒といった基本的なものこそあるが、ここに並んでいるような香辛料はほとんど売っていない。
そのせいかここまで香辛料ばかり売っているお店を見るのは、随分と新鮮だ。
王都にもラズール人が店を出しているけど、完全に富裕層向けだからね。
「うわあ、唐辛子が袋詰めに……」
ふと足元に視線を向けると、革袋から溢れるくらいに唐辛子が詰め込まれている。
俺の身長の半分くらいあるだろう。
陽の光を反射して艶々としている唐辛子は見ているだけで舌が辛くなりそうだ。
「あはは、お客さんもの珍しくしてるけど、ラジェリカに来るのは初めて?」
唐辛子を見ていると、店番のお姉さんがクスリと笑った。
ナターシャさんのように褐色の肌をした典型的なラズール人。
日の光で変色した茶色い髪をアップにしており、綺麗なうなじが見えている。
年齢は十五歳くらいで近所の姉ちゃん感がにじみ出ていた。
キョロキョロとしていたのでお登りさんだと丸わかりだったらしい。
「うん、そうだよ」
「唐辛子が気になってるなら一個食べてみる?」
などと呟いていると、姉ちゃんが一つの唐辛子を差し出してくる。
にこっとした笑みを浮かべているが、その瞳の奥には微かな嗜虐心のようなものが見えた。
「いらない」
「別にお金はとらないわよ?」
「そう言ってにこやかに渡してくる奴は、ロクな奴がいない。絶対にめちゃくちゃ辛い奴に決まってる」
ジャイサールでラッシージュースを売りつけてきた店主もそんな感じだった。
既に学んでいる俺は同じ手は食わない。
「なぁんだ、既に洗礼済みかぁ。残念」
俺がきっぱりと断ると、姉ちゃんはつまらなさそうな表情を浮かべ唐辛子をぽいっと袋に戻した。
しかし、次の瞬間、背後から近寄ってきた女性が拳骨を振り下ろした。
「いった!?」
「こら、ラーシャ! そういう悪戯はやめなって前にも言ったでしょ! 客商売は信用が命なんだから!」
「ご、ごめんなさい」
「謝るのは私じゃなくてお客様でしょ!」
「申し訳ございません」
怒られた姉ちゃんことラーシャが深く頭を下げた。
その従順な様子を見るに、相当お母さんが怖いようだ。
「う、うん。別に気にしてないから」
「すみません、お客様。娘がくだらないことをしたお詫びに七味唐辛子でもいかがです?」
別に本当に怒っていないしサービス品もいらなかったが、七味唐辛子と言われると話は別だ。
確か唐辛子をベースに青のり、山椒、黒ゴマなどといった食材を(残りの四種類はよく知らない)ブレンドした調味料だ。
前世でもたくさんあったが企業によって含まれている成分が違い、味も様々だったのは覚えている。
味噌汁をはじめとする汁物や鍋物とあらゆる料理に辛みや香りを加えてくれる万能の一品。
マヨネーズに混ぜても美味しい。
「え、いいんですか?」
これには申し訳なさよりも期待感が勝ってしまう。
「はい、構いませんよ。ほら、ラーシャ。作ってさしあげな」
「はーい」
ラーシャが返事をすると、お母さんらしき人物は別のお客のところに向かった。
「そういうわけでお詫びに七味唐辛子を作るけど、お客さんはラズール人じゃないから辛いのが得意じゃないよね?」
「作る? 既に調合したものをくれるんじゃないの?」
「うちはお客に合わせてその場で調合するのが売りだから」
へえー、となると七味唐辛子を作るのが見られるってわけか。それは面白いや。
具体的な七つの材料を覚えていないので、どんなものをどんな風に混ぜるか非常に気になる。
「なるほど。お姉さんの言う通り、あんまり辛いの得意じゃないよ」
「だよね。このくらいの辛さはどう?」
ラーシャは近くにある赤い粉末状のものをスプーンですくって渡してきた。
「ああ、これは辛い奴じゃなくて食べられるか測るためだから」
少しバツが悪そうに言うラーシャ。
さすがに真剣な彼女の様子を見れば悪戯するつもりではないのはわかっていたので、素直に粉末を口に入れてみる。
すると、唐辛子の豊かな風味と旨みが広がった。
少しすると、舌を刺すような痛みが駆け抜ける。
「……ちょっと辛過ぎるかも」
「ええ? これで辛いって赤ちゃん?」
などと正直に言うと、ラーシャは心底驚いたような顔をする。どうやら俺の舌はラズールの赤ちゃん並の耐久性らしい。
「いや、ラズール人がおかしいだけだから」
「そ、そう。これで辛いならもっと辛みの少ないものにしないと」
やや戸惑った様子で店の奥に向かうラーシャ。
俺が子供だというのもあるけど、ラズール人は辛いものへの耐性が強すぎるだけだと思う。
ジャイサールでも屋台で食べたいくつかの料理は辛すぎだったし。
辛いものはそれほど苦手なタイプでもないんだけどなぁ。
「お待たせ。これならどう?」
先ほどと同じように唐辛子のパウダーのようなものを差し出してきたので、手に取って舐めてみる。
舌先がピリッとするがこれなら十分楽しんで味わえる範囲だ。
「あっ、ちょっと辛いけどこれなら大丈夫」
「よかった。これより辛くないものはうちには無いからどうしようかと思ったわ」
どこかホッとした表情を浮かべるとラーシャはボウルとスプーンを手にした。
「それじゃあ、作らせてもらうね」
ボウルにベースとなる唐辛子のパウダーをサラッと入れた。
他の皿に積み上がっている香辛料にスプーンを入れて、次々とボウルへと入れていく。
赤、白、緑、黒、灰色、黒、赤と様々なパウダーなどが入れられていく。
材料とされる七つの材料は、麻の実、ケシの実、山椒、黒胡椒、ミカン皮、黒ゴマ、唐辛子のようだ。
色だけ見るとヤバい感じにしか見えないな。
全ての材料を入れるとスプーンでそれを混ぜ合わせていく。
実に手慣れた動きでありスプーンを動かしている姿は見ているだけで楽しい。
単純に七つの素材を入れて混ぜるだけでなく、混ぜ合わせながら適宜素材をつぎ足しているよう。
ただ全部の種類を混ぜるだけではないようだ。きっと風味を高めるために入れるタイミングがあるのだろう。
やがてそれらが混ぜ終わるとボウルの中には、知っている七味の色合いとなる。
最初は絵具で色を作っている時のようなとっちらかった印象だったが、実にまとまった色合いになっている。シンプルにすごい。
「はい、これが七味だよ」
完成した七味を俺の手の平に乗せてくるラーシャ。
ぺろりと舐めてみると、口の中で山椒の香りがふわっと広がった。
さらにバリッと砕けた黒胡椒やゴマの豊かで味わい深い風味。遅れてやってくる唐辛子のピリッとした辛み。様々な素材が混ざっているのに関わらず、きっちりと引き締められているのが素晴らしい。
「おー、ピリッとしていて美味しい!」
「よかった」
俺の感想を聞くと、ラーシャはにっこりと笑って完成した七味をヒョウタンのような木壺に入れてくれた。
おお、可愛らしい容器でそれも嬉しい。
台所やテーブルに置いておくだけでも映える。
「はい、これが七味唐辛子だよ。焼き魚、汁物、鍋物、サラダと何にでも合うから色々試してみて」
「ありがとう」
「それときっちり蓋を締めておくのよ。水気のあるところにも置かないで。湿気が入っちゃうと風味が飛んじゃうから」
「なるほど、わかった」
「できれば、冷凍するのがいいんだけど、そんなのは王族や貴族でもないと難しいんだよねー」
「へー、冷凍するのがいいんだ」
それは初耳である。うちには冷蔵庫があるので冷やしておくことにしよう。
原作小説は1巻から9巻あり、書き下ろしもたくさんです。
書籍10巻の発売も決まっており、春頃を予定しています。よろしくお願いします。




