グラビティ
冬という季節は当たり前ながらに寒い。
朝、目を覚ましてもベッドの外の気温はすっかり冷え込んでいる。
しかし、布団の中の温度は快適そのもの。
朝早く起きたとしてもベッドで本を読んだりして、魔法を適当に操作して遊んだり、部屋の空気が温まるまでベッドの中で過ごすのが俺の日常であった。
ぬくぬくとした布団に包まれながら手が届く範囲の趣味を満喫する。次第に部屋の空気も温まり、もっと快適になる。この落ち着いた時間が俺は好きだ。
そんな小さな幸せを噛みしめている、それを破壊する悪魔の足音がする。
「アル! 自主稽古するわよ!」
「……またか」
予想通りの侵入者に俺はため息を吐いた。
ついこの間、サイキックによる自動剣術という試運転で自主稽古に付き合ってみたら、それから毎日誘ってくる始末。
どうやら自動剣術による稽古にハマったらしい。
「ほら、行くわよ。アル」
「行かないってー」
エリノラ姉さんが腕を掴もうとしてくるので、俺はそれを断固として拒否。
布団にくるまって防御態勢に入る。
パワー馬鹿のエリノラ姉さんに掴まってしまえば、無理矢理引きずり出されかねないから。
「なんでよ?」
「外が寒いからに決まってるじゃん」
「もう、アルはいつもそんな軟弱なことを言って」
シンプルに嫌な理由を述べると、エリノラ姉さんは呆れの表情を浮かべた。
「逆にエリノラ姉さんは毎日元気過ぎだよ」
というか、つい昨日寒い中稽古をやったばかりだ。どうして休みの翌日にまで稽古をしなければいけないのか。相変わらずエリノラ姉さんの行動は理解に苦しむ。
体力の限られている俺とは生活が真反対だ。
人は体力が余っていると身体がうずうずとして発散したくなる。そうすると、何かをしなければいけないという気になる。
それなら、エリノラ姉さんの有り余っている体力を減らしてあげるのがいい。
体力を消耗させて何かをやらせた気分にさせれば満足する。
そうすれば、エリノラ姉さんは俺を稽古に誘うこともなくなり、世界は平和になるはず。
しかし、それをさせようにもこちらの体力が持たないというのが問題だ。
馬鹿正直にエリノラ姉さんに付き合っていたら間違いなくこちらが先に倒れる。
どうすれば自分が楽をしながらエリノラ姉さんの体力を消耗させることができるか。
「……閃いた!」
「なにが?」
エリノラ姉さんの体力を効率よく減らす方法だ。
「自主稽古に付き合うよ」
「え? 本当!? じゃあ、すぐに外に行くわよ!」
俺がそのように言うなり、エリノラ姉さんが顔を輝かせる。
「その必要はないよ。俺はここから稽古に参加するから」
「はい?」
そのように言うと、エリノラ姉さんが小首を傾げた。
この間もやったやり取りだ。もう少し学んでくれ。俺が堂々と自主稽古に付き合うはずがないじゃん。
「俺はこの部屋から魔法で剣を操作するから」
「えー? なんかそれおかしくない?」
「おかしくない。寒いから外に出たくない俺は部屋でぬくぬくと過ごせる。エリノラ姉さんは要求していた通りに自動剣術による稽古ができる。お互いに利害は一致してるよ」
「……う、うーん」
理解はできるけど釈然としないような表情をしている。
「文句があるならやらないよ?」
「わ、わかった。それでいいから。でも、外に出ないでちゃんと魔法が使えるの?」
「距離が離れたら難易度が上がるけど、それも俺の練習ってことで」
「それならいいわ。じゃあ、中庭に行くからよろしくね」
ふむ、練習というエリノラ姉さん好みのキーワードを使うと納得するんだな。
今後も使えるようなら言い訳として使わせてもらおう。
エリノラ姉さんがくるりと背を向けて部屋を出ようする。
俺の策略はこれだけでは終わらない。遠隔操作であり、俺の魔法の練習になるとはいえ、体力お化けのエリノラ姉さんに付き合ってはいられない。
エリノラ姉さんの体力を効率よく減らすべく、俺はとある魔法をかけてあげる。
「グラビティ」
グラビティとは無属性の魔法の一つだ。
相手にかかる重力を増加させて動きを阻害したり、押しつぶしたりできる便利な魔法。
グラビティによってエリノラ姉さんにかかる重力を増加させ、疲労度を上げようという計算である。
これなら体力お化けのエリノラ姉さんといえど、疲労の蓄積は避けられないだろう。
だが、普通にそれをかけてしまうと、いくら鈍感なエリノラ姉さんバレる可能性がある。
なので、最初にかけるグラビティは最小の規模にする。
「うん?」
エリノラ姉さんが何か違和感を覚えたように立ち止まる。
しかし、俺は動揺をまったく表に出すことはせず、意図して自然な表情を装ってみせる。
「どうかした?」
「……なんでもないわ」
エリノラ姉さんはどのように言うと、特に気にすることもなく廊下に出て階段を降りていった。
感覚の鋭いエリノラ姉さんは違和感に気付いたが、それが何らかの作用によるものとは気づかなかったようだ。
甘いね。魔法の稽古をサボっているからデバフをかけられていることにも気づかないんだよ。
予想通りバレなかったことに俺はほくそ笑んだ。
◆
部屋の窓から中庭を見下ろすと、エリノラ姉さんが準備運動をしていた。
赤茶色のポニーテールを揺らしながら白い息を漏らしながら走っている。
中庭には変わらず雪が積もっているのだが、それを感じさせない軽やかな足取りだ。
その一方で寝間着から私服に着替えた俺は、火魔法ですっかりと温まった部屋でミルクティーを飲みながら読書をしていた。
外に出ない自主稽古というのは最高だ。普段の稽古も部屋でやったりしないかな?
「アルー! あたしはいつでも準備はいいわよ!」
そんなことを考えていると、中庭の方からエリノラ姉さんの元気な声が響く。
どうやら準備運動は終わり、身体が温まったらしい。
それを察知した俺はイスから立ち上がって窓際に寄る。
窓を開けることなく、サイキックで中庭にある倉庫の扉を開ける。
そこに収納されている十本の木剣を魔法で取り出し、エリノラ姉さんの周囲を取り囲むように浮遊させた。
これでこちらも準備は完了だ。
「ちょっと! せめて窓くらい開けなさいよ!」
「いや、開けたら寒いじゃん」
木剣をこちらに向けながら抗議の声を上げるエリノラ姉さん。
残念だけどそこだけは断固として譲れない。だって、開けたら寒い空気が入ってくるじゃん。換気以外でこのぬくぬくとした空気を逃したくはないからね。
これ以上、エリノラ姉さんに文句をつけさせないように俺は木剣を動かすことにした。
後ろにある剣で背中から斬りかかると、エリノラ姉さんが超人的な反応で振り返り弾いた。
この程度の不意打ちで倒すことができないのは想定範囲だ。
振り返ることによってできた新しい死角へと三本の剣を移動させて、そこから突きを放つ。
エリノラ姉さんは身を捻りながら二本の剣を躱し、一本の剣を弾く。
そして、空いている空間へと疾走。
多数の剣を相手する場合において、一か所にとどまり続けることが悪手だと気付いているのだろう。
疾走したエリノラ姉さんを追いかけるように木剣を動かす。
八本の剣を動かして追撃を与えながら、常に死角となる位置に二本の剣を置いて牽制。
二階建ての部屋から俯瞰すると、とても冷静になれるな。
エリノラ姉さんが迫ってくるというプレッシャーもないので、非常に落ち着いて攻撃だけに専念することができるな。迎撃用に二本を待機しておく必要もないし攻め放題だ。
自動剣術を使うのが二回目ということもあるが、今日の俺は確実の前回よりも手強いだろう。
エリノラ姉さんが剣を相手に手間取り、隙を見せたら死角からの攻撃をお見舞いする。
――確実に仕留めた。
と、思いきや、エリノラ姉さんの身体が霞んで包囲網から抜け出される。
身体強化の発動ではない、単純な緩急によるものだ。
それを察知した俺は遅れながらも剣を動かして、またしても包囲陣を組み立てる。
さすがはエリノラ姉さん、身体捌きが常人を軽く超えている。
剣を動かしているのが機械であれば、翻弄されることはなかったが、生憎と操作しているのは俺という人間だ。だから、これも一種の対人戦といえるだろう。
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