自主稽古
「アル、自主稽古するわよ!」
翌日、エリノラ姉さんはいつもの通りに俺の部屋にやってきて自主稽古に誘ってきた。
稽古日でもない上に外はクソ寒い。
いつもの俺であれば全力で拒否するのであるが、今回は特別だ。
「いいよ」
「なんでダメなのよ――えっ?」
俺が即返事で肯定してやると、エリノラ姉さんが驚きの顔を浮かべた。
「いいの?」
「うん」
「わかってるの? 自主稽古よ? 稽古日でもないのに寒空の下で稽古なのよ?」
俺が簡単に了承したのが信じられなかったのか、エリノラ姉さんが確かめるように言ってくる。
そんな言葉がスラスラと出るということは、自主稽古がどうして辛いかわかっていながら誘ってはいたんだな。
「わかってるよ。中庭で稽古でしょ? 行くよ」
俺が再度しっかりと返事すると、エリノラ姉さんは信じられないものを目にしたかのような顔になる。
それから腰をかがめて視線を合わせると、俺の額に手を当ててくる。
「……もしかして、熱でもある?」
「至って健康だよ」
「だってアルが自主稽古に二つ返事で付き合うなんておかしいじゃない!」
それもそうだ。俺が逆の立場でも心配をする。
エリノラ姉さんが自主稽古に行かないで、急に屋敷で小難しい本を読んでいたり、勉強をしていたら熱だと疑うだろう。
俺が自主稽古を了承したのは勿論裏があってのことであるが、それを素直に伝えては面白くない。
「エリノラ姉さん、俺にだってたまには身体を動かしたくなる時もあるんだよ? 気持ちよく汗をかいてスッキリしたいんだ」
「……遂にアルも自主稽古の良さに目覚めたのね!」
ふざけて心にもないことをぶちまけたにも関わらず、エリノラ姉さんがいたく感動した表情を浮かべる。
嘘だ。そんなことなど微塵も思っていない。
自主稽古なんて休日出勤と残業手当の出ない残業くらいクソだと思っている。だけど、面白いから正直に言わない。
「そうよ! 運動ができる上に剣技も上達するから自主稽古は最高だわ! あたし、先に中庭に向かってるから!」
俺と自主稽古できることがそんなに嬉しいのか、エリノラ姉さんがいつになくご機嫌な様子で部屋を出ていった。
「自主稽古に付き合うだけでこんなに機嫌がよくなるんだね」
エリノラ姉さんの単純さに思わずひとりごちる。
これなら屋敷で平和に過ごすために少しくらい自主稽古に付き合った方がいいんじゃないか……いや、その前に俺の精神と肉体が限界を迎えるな。
エリノラ姉さんを喜ばすために俺が辛い思いをしていては意味がない。この計画は却下だ。
なんて風に考えると、開けっ放しにされたドアからシルヴィオ兄さんがおそるおそるといった感じで入ってくる。
「……今、姉さんがすごくご機嫌だったんだけど何かあった?」
どうやら廊下でご機嫌なエリノラ姉さんとすれ違ったらしい。
「自主稽古をしたいらしいから付き合ってあげるって言った」
「ええっ!?」
俺の返答にシルヴィオ兄さんは驚くと、慌ててこちらに駆け寄ってきた。
「アル、大丈夫? 熱はないかい?」
「……エリノラ姉さんと同じ心配はしなくていいから」
◆
シルヴィオ兄さんに過剰なまでに心配をされた俺は、速やかに稽古服に着替えて中庭に出た。
「寒っ」
外に出た瞬間襲い掛かる冷たい空気。
動きやすさを重視した稽古服のせいもあってか、冷たい風が身体に染みる。
「アル! こっちよ!」
寒さに身を震わせていると、中庭の中心にいるエリノラ姉さんが手を振ってきた。
既に頬が上気しており、吐き出す息がとても白い。
手には既に木剣を手にしており、中庭には多くの足跡がついてる。
俺がやってくるまでの間にランニングや素振りといったウォーミングアップを済ませていたようだ。
やる気満々だね。
「軽く走る?」
今回は馬鹿正直に剣を振るうつもりはないが、ジーッとしていると寒い。
少しくらい身体を動かして身体を温めておこうかな。
「そうするよ」
「あたしも付き合うわ」
俺が頷くと、エリノラ姉さんは既にウォーミングアップが終わっているだろうに付き合うと言い出した。
そんなに誰かと一緒に自主稽古ができるのが嬉しいのか。
思えば冬になってからはノルド父さんも執務が忙しく、シルヴィオ兄さんも寒さに弱いせいかずっと一人で自主稽古をする時間が多いみたいだったな。
まあ、だからといって丁寧に俺が付き合ってあげようとは思わないけどね。
「ノルド様! アルフリート様が稽古服を着て中庭を走ってます!」
「ええっ!? 今日は稽古日じゃなかったよね!?」
「は、はい。今日は稽古日ではなかったと思います」
エリノラ姉さんと中庭を走っていると、屋敷の方からこちらを見て驚くミーナやノルド父さんの声が。
稽古でもないのに俺が稽古服を着ていたらそんなにおかしいというのか……いや、おかしいな。屋敷にいる皆は俺が絶対そんなことをしないとわかっているし。
ノルド父さんの疑うような視線を感じる。
実の息子にそんな視線を向けないでくださいな。
身体が温まる頃合いになると、ミーナとノルド父さんの姿は見えなくなった。それぞれの仕事に向かったらしい。
しかし、代わりとばかりに俺の部屋の窓からエルナ母さんとシルヴィオ兄さんがこちらを覗いている。
俺が自主稽古をしているのが余程おかしく見えるようだ。
「次は素振りでもする?」
「いや、今日はいいや。早速、打ち合いをしよう」
別にサイキックで剣を振るうだけなので、別にそこまでする必要はない。
ランニングで十分に身体は温まったし、これで十分だ。
「いいわよ! じゃあ、早速やりましょうか!」
すると、エリノラ姉さんが早速と木剣を構えだす。
「待って。ちょっと準備をするから」
あまりに興奮しており今にも斬りかかりかねないので待ったを発動。
首を傾げるエリノラ姉さんを確認して、俺は木剣をサイキックで浮遊させる。
「木剣を魔法で浮かせてどうするのよ?」
「魔法で操作する」
「はい?」
試しに素振りをしてみると、ブンブンと音が鳴った。
うん、サイキックを磨いてきただけあって、しっかりと型を再現できているようだ。
「よし、いつでも問題ないよ」
「ちょっと待って。まさか、魔法で剣を操るってわけ?」
「そうだよ?」
「そんなの剣の稽古じゃない!」
「うん。だから、自主稽古としてやってるんだよ」
ノルド父さんの稽古では魔法を使うのは禁止されている。でも、自主稽古であれば何も問題はない。
「くっ、道理で素直にあたしの誘いに付いてきたわけよ」
ようやく俺の意図に気付いたのか、エリノラ姉さんが悔しそうな顔をする。
普通の剣の稽古で俺がノコノコと出ていくはずがない。
「魔法で動かしても剣は剣だよ」
「ぜんぜん違うわよ!」
「もしかして怖い? 別にいいんだよ? いつもみたいに魔法は卑怯だーって言って拒否しても」
「……へえ、言ってくれるじゃない。いいわ。魔法で動かすような剣くらい全部吹き飛ばしてあげるから!」
あからさまな挑発であったが、エリノラ姉さんは見事に乗ってくれた。
こう言われたらエリノラ姉さんが引き下がれないとわかっていたからね。
よし、これで言質はとったぞ。後で卑怯とか言われてももう知らない。
俺のサイキックを駆使した剣技をエリノラ姉さんに見せつけてあげよう。
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