雪ノコギリ
スローライフのコミック電子版1巻から3巻発売中です。
4巻と5巻の電子版については準備中です。
こちらについても書き下ろしが付属しますので、少々お待ちください。
テーブルマナーのレッスンを終えた翌日。俺は外を歩いている。
歩くごとに降り積もった雪がギュッギュッと音を立てて沈む。
呼吸をすれば白い息が漏れ、ヒンヤリとした空気が肌を撫でる。
いくら防寒着を着ていようと顔などの露出する部分はあるし、服の隙間から風が入ってくるので寒い。屋敷の中の方が暖かくて快適だ。
とはいえ、ずっと屋敷に籠っているとまたエルナ母さんからマナーのご指導を食らいかねない。
その危険を感じて屋敷ではエリノラ姉さんもいなくなっていた。
多分、どこかで自主稽古でもしているか、外でエマお姉様やシーラと遊んでいるのだろうな。
そんなわけで軽い運動も兼ねて俺は散歩しているのだ。行く先はコリアット村。
トールやアスモでも見かけたらちょっかいでもかけようかなって感じだ。
外の空気は冷たく、息を吸うだけで肺が冷える。でも、ヒンヤリとした空気が体内を循環してスッと頭が冴えるような感覚がするので好きだ。
空を見上げると灰色の絵の具で塗りつぶしたかのような雲が広がっている。
春や夏と違って周囲に生命の息吹は感じられない。
シーンとした静かな空気が流れる。聞こえるのは俺の呼吸と足音だけ。
いつもとは違った散歩の楽しさがあるものだ。
踏みしめる雪の感触を楽しみながら進んでいくと、コリアット村にたどり着いた。
今日も派手に雪合戦をしているものかと警戒したが、今日はそのようなことはなく静かに生活している。
さすがに毎日雪合戦をやっていられるほど村人たちも暇ではないようだ。
冬は農業こそできないものの、やるべき内職がたくさんあるからな。
蔓や革を使った籠を作ったり、靴を作ったり、衣服を作ったり。
作物の収穫ができない穴埋めをしようと皆が必死になっている。こうやって村を歩いていて静かな
のも皆内職に集中しているからなのだろうな。
ザシュザシュザシュザシュザシュザシュ……
「なんだこの音?」
いつもよりも静かなコリアット村を歩いていると、妙な音が聞こえてきた。
まるでノコギリで木材を切断しているかのような音。
しかし、微妙に音が柔らかい上にすぐに音がなくなる。
またすぐに音は再開されたが、すぐに音はしなくなった。ひたすらそれの繰り返し。
この寒空の中で木材を切断しているのか? ノコギリを使う音にしては音の間隔が短い気がする。
気になって音源に近付いてみると、そこには見慣れた奴等がいた。
「あ、アルだ」
「おー! アルじゃねえか!」
そこにいたのはコリアット村の悪ガキことアスモとトールだ。
「トールの持っている道具はなに?」
アスモはスコップを持っており普通に除雪作業をしているのだと思うが、トールの長細い棒がわからない。自分の身長よりも遥かに高い棒の先には薙刀のような物騒な刃が付いていた。
「あん? 知らねえのか? これは雪ノコギリっていうんだ。これで邪魔な雪を落とすんだよ」
「雪ノコギリ? どうやって使うの?」
それが除雪作業で使うものだというのは理解できたが、どうやって使うのかがわからない。
「ちょっと見せてやるぜ」
俺が首を傾げると、トールは雪ノコギリを持って積み上がった雪に向かう。
薙刀のような刃で雪を一気に斬り裂くのだろうか?
いや、エリノラ姉さんやノルド父さんのような武芸者ならともかく、ただの村人であるトールにそんなことはできないだろう。
疑問に思いながら見つめていると、トールは雪ノコギリを振り下ろしてサクッと雪に食い込ませた。
そして、そのまま刃をスライドさせてノコギリのように雪を縦に切り裂いた。
ザシュザシュザシュと先程聞こえた音が鳴り響く。
「おおっ、楽しそう!」
「なんならやってみるか?」
「やる!」
トールから雪ノコギリを受け取る。
結構な長さがあるので少し重いが、剣の稽古で身体を鍛えているお陰もあってか普通に持つことができた。
「少し間を空けたところを切ってくれ」
「わかった」
トールに指定された辺りに雪ノコギリを振り降ろす。
すると、柔らかな雪に刃がサクッと刺さった。その感触がとても心地良い。
「刃を刺したら後はノコギリと同じように動かすだけだ」
トールに言われた刃をスライドさせる。すると、ザシュザシュと雪が削れて、縦にラインができていく。
まるで大きなケーキにナイフを入れているかのようだ。
「おお、楽しい!」
「そこが終わったらまた同じくらいの間隔を空けて切ってくれ」
すっかりと雪ノコギリの楽しさに魅了された俺は、トールに言われた通りに雪を切断し続けていく。
そうやって五つ目の切れ込みを入れたところで、俺はふと疑問に思った。
「なあ、雪に切れ込みを入れているだけじゃ除雪できてなくないか?」
雪に深い切れ込みができてはいるものの、積み上がった雪はまったく崩れていない。
これじゃあ雪で遊んだだけで除雪したことにはまったくならないだろう。
「だから、最後に横から刃を入れてくんだよ。ほら」
俺の手から雪ノコギリを取って、今度は横側から切れ込みを入れる。
すると、積み上がった雪の一部が分離されて、大きなショートケーキみたいな雪がバサリと落ちた。
「おおおおお、すごい! 俺にもやらせて!」
「ほらよ」
トールに雪ノコギリを渡されて、俺はウキウキとしながら横から刃を入れる。
既に切れ込みが入っているお陰か刃はスルスルと入っていき、そして大きな塊がバサリと落ちた。
大きな雪を切り崩していく感覚が楽しい。
トールやアスモがやけに親切にレクチャーしてくれるのは、面倒な作業を少しでも俺にやらせて自分たちの負担を軽減したいという思惑だろうが、そんなことがどうでもいいくらいに楽しい。
ザシュザシュと横からも切り込みを入れて雪を崩していると、傍に長い棒が突き刺さっているのが気になった。
「ここに立っている棒はなに?」
「この棒よりも前に雪が積もっていたら除雪するって目安。あんまり大きくなると道幅が狭くなるし落雪で危ないから」
「なるほど」
雪ってかなり重いので落ちてきたら大変だ。
道だって人だけでなく、馬車だって通ることもあるので危険は減らすに越したことはないだろう。
村で安全に生活するための知恵があるんだな。
「アルって除雪作業したことないの?」
「屋敷で使っているのは主にスコップだし、いざとなったら俺かエルナ母さんが魔法で除雪するから」
「おお、それがあったな! アルの魔法でパパッとこの辺りの雪を退かしてくれよ!」
魔法の話をすると、トールが顔を輝かせて頼んでくる。
「これはトールとアスモの仕事だろ? 人様の仕事をとっちゃ申し訳がないよ」
「今、まさに仕事を取っているお前が何を言ってんだよ」
「じゃあ、返す」
トールに突っ込まれたので俺は雪ノコギリを返してやる。
雪ノコギリで雪を切っていくのは大変楽しかったが、ずっとやっていると疲れる。
雪ノコギリ自体重いし、効率だって悪い。
「あー! 悪かったって! アルフリート様、頼みます!」
「これさえ、終われば今日は自由に過ごせる」
地面には雪が積もっていて冷たいにもかかわらずに、地面で平伏してみせるトールとアスモ。
そこまでこの除雪作業が嫌なのか。
まあ、寒空の中延々と除雪作業をするのは中々に辛いだろうな。
雪が多くて終わりが見えないだけに精神へのダメージは高い。
「……しょうがないな」
「「ありがとうございます、アルフリート様!」」
そう言葉を漏らしただけで礼を言ってくるトールとアスモ。
その場での強者を理解すると、即座に態度を変えてそちらになびく。
相変わらず清々しい態度をする奴等だ。
仕方なく俺は氷魔法を発動して、雪を移動……させようとしたところでやめた。
どうせなら雪ノコギリを使って遊びたい。
「トール、雪ノコギリを貸してくれる?」
「ささっ、どうぞ」
そう声をかけると、トールが素早く駆け寄ってきて雪ノコギリを献上する。
「アスモ、周囲に人は誰もいない?」
「確認しましたけどいません」
うん、周囲に誰も人がいないならいいや。
実は雪ノコギリを思いっきり振り回してみたかったんだよね。
やっぱり、自分の小さな身体を使って動かすと疲れるし。
念入りに周囲に誰もいないことを確認すると、俺は雪ノコギリにサイキックをかける。
すると、雪ノコギリがふわりと宙に浮いた。
そのままサイキックで軽く素振りをしてみると、ブオンブオンと空を切る。
「よし、これならいける」
問題なく魔法で動かせることが確認できたので、このままやってみる。
大きく振りかぶって打ち付けてみると、雪が綺麗に切断された。
俺たちが振るう力と範囲はたかが知れているが、サイキックを使えば振るう力は遥かに大きくなってエネルギーは強くなるのだ。結果として雪ノコギリをスライドさせる必要もなくなるわけだ。
サイキックの力で雪ノコギリを振るうと雪が崩れていく。
自分の手で振るう必要もなくなり、広範囲が崩れてくれるので楽しい。
「雪ノコギリが勝手に動いて、雪を削ってる」
「すげえ、便利だけどこんな風に武器が襲ってきたらやべえな」
そんな様子をアスモとトールがどこか不気味なものを見る目で呟いている。
「うん? 武器が勝手に襲ってくる?」
……待てよ。サイキックで剣を自在に動かすことができれば、エリノラ姉さんにも勝てるんじゃないか?
自分の身体で振るう剣に限界があるのならば、魔法で補ってやればいいじゃないか。
どうしてこんな簡単なことを今まで思いつかなかったのか。
サイキックで剣を動かすのを上手くなれば、別に自分で振るう必要もないじゃないか。
俺としたことが、剣だからといって手で振るうことに囚われていたようだ。
「どうしたんだよ、アル?」
「トールのお陰でいいことを思いついたんだ!」
振り返ると、トールとアスモが悲鳴を上げて後退る。
「おわああああっ! なんか知らねえけど連動して雪ノコギリまで動かすのはやめろ!」
「危ない!」
「……ごめん」
画期的なアイディアを思いついたせいで周りがよく見えていなかったようだ。
シンプルに俺が悪いので俺はトールとアスモに素直に謝った。
しかし、いいことを思いついたものだ。これなら自主稽古に連れ出されても返り討ちにできるぞ。
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