ビッグスライム
マンガUPにて「転生したら宿屋の息子でした」のコミカライズがスタートしてます。よければ、そちらもどうぞ。
「で、どうやって捕まえるんだ?」
「さあ、アルの魔法なら何とかなるかなって」
ルンバの問いにエリノラ姉さんが適当に答えた。
まあ、ビッグスライムを捕まえるにもどうしたらいいかわからないもんな。
攻撃を加えたら逃げちゃう可能性もあるし、捕獲してクッションとして迎えたい以上、こちらに敵意は持たれたくはない。
ふと、思った。この世界での魔物の捕獲なんかはどうやるんだろう?
「ねえ、ルンバ。一般的な魔物の捕獲ってどうやるの?」
「戦って勝ったら懐いてきたり、従うタイプの魔物もいるぜ。でも、それは珍しいことで狙ってやるには難しいな。温厚な魔物だったら捕獲檻に入れるだけで何とかなるが、ビッグスライムはどうなんだろうなぁ……」
首を傾げるルンバ。
「氷魔法で凍らせるか? それとも土魔法で囲ってしまうか、布でも被せてしまうか……」
色々と無力化する方法は浮かぶが、どれもしっくりとはこない。
それで持ち帰っても、敵意を抱かれたら屋敷で暴れられそうだ。そうなったらクッションとして共生することは不可能だろう。
うーん、何が正解なのかわからないな。
「ちょっと近づいてみるよ」
「おお」
あのビッグスライムが何を考えているのかわからないが、近づいてみることでわかることがあるかもしれない。
危険だけどルンバやエリノラ姉さん達も付いてきているので安全だ。いざとなったら魔法を放てばいいし。
ボーっとしているビッグスライムへと近づいていく。
距離が近くなっていくがビッグスライムが反応することはない。
ずっと、どこを見ているのかわからない様子で静かに佇んでいる。
そして、俺とビッグスライムの距離は一メートルになった。もはや、人と喋る時の距離と変わらない。
「……何も反応がないね」
「普通のスライムでもここまで近づけば、何かしら行動をするものだけどね」
これにはエリノラ姉さんも驚いているようだ。
自分の能力に自信があるのか、それとも全てがどうでもいいのか、あるいは諦め切っているのか。
まあ、エリノラ姉さんにルンバもいるので、諦めるような気持ちもわからなくもないな。この二人を前にしてどうこうできるような気がしないし。
とりあえず、隣に腰を下ろして並んでみる。
「…………」
それでもビッグスライムは動くことがない。
試しにその体を突いてみると、とても素晴らしい弾力があった。
「おお、すごい! スライムでは得られない弾力感と圧倒的な質量だ」
そのままプニプニと突いてみるも嫌がることはなかった。
「本当ね。すごく気持ちいいわね」
「ずっと撫でていたくなります~」
警戒心よりも好奇心が勝ったのか、エリノラ姉さん、シーラ達も無遠慮に撫でたり、ぺちぺちと叩いている。
それでもビッグスライムは動じることがなかった。
触られているという感覚すらないのだろうか。人間に触られてここまで動じないとはすごいな。考えることを放棄しているのか?
屋敷にいるスライムでも最初は撫でられるのを嫌う個体がいた。まあ、十分な餌を貰えるとわかった瞬間、嫌がることはなくなったけど。
……うん? 十分な餌? それを先に提示してやれば、コイツは何も考えずについてきてくれるのではないだろうか?
そんな直感のような閃きが脳裏をよぎった。
ポケットの中で亜空間を開いて、そこからクッキーを取り出す。
それをビッグスライムの目の前に置くと、目にも止まらない速さで取り込んだ。
気が付けばビッグスライムの体内ではクッキーが一枚透けて見えている。
そして、ビッグスライムはまるでおねだりをするかのような視線を向けてきた。
いや、視線なんてどこにあるかわからないんだけど、そんな雰囲気を感じ―ーいや、違う。
コイツが待っているのは追加のクッキーなんかじゃない。もっと根本的な欲求だ。それも深く堕落的な。
だったら俺がやること追加でクッキーをあげることなんかではなく……
「一生養ってあげるから、うちでクッションになりなさい」
すると、ビッグスライムは体を器用に凹ませて頷いた。
やっぱり、それが殺し文句だったか。
「ほら、やっぱりアルみたい」
エリノラ姉さんのたとえ言葉が的を得ている結果になって悔しかった。
◆
見事にビッグスライムを口説くことに成功した俺は、山を下りていく。
うちの子になれば、一生が安泰だと理解したビッグスライムは健気に後ろをついてきている。
スライムよりも若干移動は速いが、人間の歩く速度よりかは遥かに遅い。
シーラとエマお姉様は後ろをついてくるビッグスライムが可愛いのか、実に和やかな表情で見守っている。
しかし、せっかちなエリノラ姉さんはイライラしている様子だった。
さすがにこの速度では日が暮れてしまうので、俺は補助することにする。
土魔法で板を作る。そのまま板に誘導しようとすると、ビッグスライムは飛びつくようにそこに乗ってきた。
……うん、そうしてあげるつもりだったけど、理解が速いな。
「ああっ! これ可愛いですね!」
「アルフリート様! ロープ持ってるので引っ張ってあげましょうよ~」
何ともいえない気持ちになりながらサイキックを使おうとすると、シーラがそんなことを言ってきた。
犬をソリに乗せるようなテンションだろうか。
サイキックで運んだ方が遥かに楽であるが、二人が強く望んでいるので板に空けてあげる。
すると、シーラが手早くロープを通してみせた。
「よーし、これで出発――って、意外と重い~!」
結んだロープを手にして進もうとしたシーラであるが、進みは僅かなものであった。
スライムって意外と質量があるからな。これだけの大きさになると結構重いんだろうな。
「エマも手伝って~」
「いいよ」
増援としてエマお姉様も加わると、ビッグスライムを乗せた板はするすると進みだした。
「エマは力持ちだね~」
「ちょっとそういう言い方やめてよ! シーラがひ弱なだけだから!」
自分の腕力で進みだしたということが、乙女的に恥ずかしいのかエマお姉様が顔を赤くする。
こういう話題に男が入るとロクなことにならないと知っている俺は、特に突っ込むことはせずスルー。これが正しい処世術というものだ。
「それじゃあ、俺は一足先に帰るぜ」
ズリズリと引っ張って下山していくと、マイホームの前となりルンバは帰っていった。
「エマとシーラもこの辺りでいいわよ」
「それじゃあ、お先に失礼しますね」
「お疲れ様でした~」
エリノラ姉さんの珍しく気を利かせた一言により、エマお姉様とシーラもここで解散となる。二人の家はコリアット村なので屋敷まで来てもらうのも悪いしな。
「エリノラ姉さん、引っ張る?」
「あたしはいい」
エリノラ姉さんは特に引っ張りたくないらしいので、ここからはサイキックでビッグスライムを浮かせて屋敷へと戻る。
程なくすると俺達は屋敷へとたどり着いた。
玄関に向かうと、ちょうどサーラとミーナが出てきた。
出迎えというより、何か外に用事があったのだろう。
「あっ! エリノラ様、アルフリート様、お帰りなさ――なんですかそれ?」
出迎えの言葉をかけようとしたミーナが驚きの表情を浮かべる。
サーラも目を瞬かせて呆然としているみたい。
一メートルを越えるスライムを急に持ってきたら驚くよね。
「ビッグスライムだよ。さっき森で捕まえてきたんだ」
「だ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫大丈夫。この子も大人しいから。屋敷にいるスライムと一緒だよ」
スライムのお世話はたまにミーナ達もやってくれている。ちょっとサイズが違うだけで、いつもと変わりはないさ。
「いえ、さすがにこのサイズになるとノルド様の許可が必要な気が……」
「えー、そう?」
「私、お呼びしてきます!」
俺がごねる前に、屋敷の中に引っ込んでしまうミーナ。
さすがにビッグスライム程度なら問題ないと思うけどね。
「そういえば、出かける用意をしていたみたいだけどサーラ達は何をしようとしていたの?」
ノルド父さんが来るまでジッと待っているのも退屈だし、サーラ達が仕事の途中であれば、引き止めるのも申し訳ない。
「屋根に雪が積もっていましたので落とそうかと」
サーラに言われ、玄関から離れて見上げてみると、それなりに雪が積もっている様子。
「あー、それなら俺が落とすよ」
こんな寒い日に、広い屋根に積もっている雪を落としてもらうのも大変だ。
マイホームでやった時と同じように氷魔法で、雪をザザザーッと落としてしまう。
「ありがとうございます。大変助かります」
「雪は中庭に積んでおくね」
「やめなさいよ。稽古ができなくなるでしょ」
などと言っていると、エリノラ姉さんに軽く小突かれた。
くそ、自然に稽古を中止にさせる完璧な計画だったのに。
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