家族で足湯
書籍九巻発売中です!
朝食を食べ終わった後の家族の団欒タイプ。
真冬になった今では、こうしてリビングで温かいロイヤルフィードを口にしながら談笑をするのがスロウレット家の日課だ。
「母さん、何で屋敷の中でも靴履いてるの?」
チビチビと紅茶に口をつけていると、エリノラ姉さんが突拍子もなく尋ねた。
視線をやると、エルナ母さんの足は靴に包まれていた。勿論、外履き用ではなく、内履き用のもの。
我が家ではスリッパが導入されてから、基本的に皆がスリッパで過ごしている。
何故ならばすぐに着脱できて、足を締め付けられることのないスリッパが楽だからだ。
今となっては家族だけでなく使用人や客人にまで使われる日用品である。
エルナ母さんもこよなく愛していた一品ということもあり、急に靴に戻っているのは変だ。
これはおかしい。
「本当だ」
「どうしたんだい、エルナ?」
「最近は寒さがきつくなって。スリッパじゃ足が冷えてしまうのよ」
ロングドレスとタイツに包まれた足を少しさすりながら言うエルナ母さん。
「ああー、確かに。この季節は足の冷たさがキツいよね。僕も座って本を読んでいると、足がむくんじゃって」
「そうよね」
シルヴィオ兄さんの言葉に強く頷くエルナ母さん。
どうやらこの二人には共感できるものがあるらしい。
「スリッパは冬用になってるけど、それでもダメ?」
勿論、こうなることを見越して備えはしている。
スリッパに使う布の量を増やしたり、内側に暖かい毛皮を入れてみたり。きちんと気候に適した冬用スリッパを作っているのだ。
「それでもダメなんだ」
「靴下を重ねて履いても冷えるわよね」
シルヴィオ兄さんはともかく、エルナ母さんは年のせいで新陳代謝が悪くなって――などと脳裏をよぎった瞬間、リビングの体感温度が下がった気がした。
エルナ母さんを見ると、怖いくらい綺麗な笑みを浮かべている。
「アル? 何か失礼なこと考えてないかしら?」
「め、滅相もございません。とりあえず、コタツにでも入りませんか? あっちは温かいですよ」
「……それもそうね」
俺がそのように促すと、エルナ母さんは釈然としないながらも誘導に従ってくれた。
それと同時に他の家族もコタツへと移動する。
エルナ母さんは内靴を脱ぐと、真っ先に足先をコタツの中に入れた。
「はぁ……やっぱりコタツの中は温かいわね」
「エルナ母さんもサイキックが使えたらコタツにこもったまま移動できるのね」
「ええ、まったく――って、私はアルみたいな怠惰なことはしないわ」
いや、今「まったくよ」って言おうとしていたよね?
その口ぶりからエルナ母さんもそうできればいいと絶対思っていたはずだ。
釈然としないながらもコタツに入った俺であるが、温かさを享受するとそんなことはどうでもいいと思えた。
それほどコタツの温かさというものは素晴らしい。
今日はもうずっとここから出たくないや。
などとのんびり思っていると、不意に足をワシワシと揉まれるような感覚。
ごそごそと動いているのはエリノラ姉さんだ。
彼女は俺の足だけでなく、自分の足やシルヴィオ兄さんの足まで触っている。
「どうしたのエリノラ姉さん?」
「確かにシルヴィオの足がむくんでるわね。一体、どうして?」
どうやらシルヴィオ兄さんの足が俺達に比べてむくんでしまっているのが気になるらしい。
「寒いと血管が縮こまってしまって、上手く流れなくなるんだ。だから、血液の巡りが悪くなってしまって足がむくむ」
「ふうん、足がむくむのは重要な血管が多いからってわけね?」
「おかしい。エリノラ姉さんなのに察しがいい。なんでだ?」
「最近、思うんだけどアルってあたしをバカにし過ぎじゃない?」
「いだだだだだ! 足の変なツボ押さないで!」
ムッとしたエリノラ姉さんが俺の足を指で刺激してくる。
ツボだかなんだかわからないけど、足の奥にズンと響いてくるようでやけに痛い。なんだこれ?
俺が一通り悶絶すると溜飲を下げたのか、エリノラ姉さんは指を離してくれた。
自分で軽く押してみるも痛くはない。
エリノラ姉さんにしかわからないツボというやつか?
「にしても不思議だ」
「人体や魔物の構造を把握するのも、騎士として必要な知識だから」
「ああ、納得した」
魔物とほとんど縁がない俺と違って、エリノラ姉さんは日常的に相対している。
戦うべき相手の事を知るのは当然なのだろう。
そして、戦闘に役立つことであれば、知識をスポンジみたいに吸収していくのがエリノラ姉さん。その吸収力の高さを他の分野でも発揮できれば、エルナ母さん達も頭を悩ませないのにな。
「でも、足のむくみってどうすれば改善できるわけ?」
「簡単だよ。温かくすればいいんだよ。コタツで温めるのもいいけど、一番効果的なのんはお風呂に入ることだね」
そうすれば寒さで縮こまっていた血管が拡張されて、血の巡りが良くなる。
「足がむくむからって、いちいちお風呂に入るのは面倒ね」
「ええ? そんなに面倒?」
別にお風呂なんて毎日入るものだ。何度も入るからといって、嫌なものでもないと思うが。
「あはは、アルはお風呂が大好きだからね」
「それに色々と準備のかかる女性にとって、何度もお風呂に入るのは手間なのよ」
苦笑いするシルヴィオ兄さんと、悩ましそうに言うエルナ母さん。
あー、家族でも毎日のように入るのは俺だけだったな。
それに女性は化粧だってあるし、長い髪を乾かさないといけない。
男性のようにサッと入って、サッと出られるわけもないか。これについては反省だ。
「だったら、足湯なんてどう?」
「足湯っていうと、足だけお湯に入れるってことかい?」
俺の提案にノルド父さんが少し前のめりになる。
「うん、それだけで十分に足は温まってむくみは解消されるし」
「へー、それなら気軽に入れそうだね」
「うん、それに血行が良くなると代謝が良くなって、太りにくくなるし」
「すぐに入りましょう! ――コホン、面倒も少ないのであれば、入るほかはないわね」
思わずコタツから出て立ち上がったエルナ母さんが、咳ばらいをして楚々として言い直した。
むくみ以外のキーワードに惹かれたのは紛れもないがが、そこを突くとどんな恐ろしい目に遭うかわからないので口をつぐんだ。
「それじゃあ、浴場に向かおうか」
「ええ、行きましょう」
浴場に向かおうと、エルナ母さんだけでなく他の皆もぞろぞろと付いてくる。
どうやら皆足湯に入る気満々のようだ。
「サーラ、悪いけど皆の分のタオルと水だけ用意してくれる?」
「かしこまりました」
リビングに控えていたサーラに頼むと、恭しく礼をして部屋を出て行った。
足湯だけとはいえ水分補給は大切だ。
それに出るときは濡れた足を拭く必要があるからね。
脱衣所で靴下を脱ぐと、俺達は服を脱がずにそのまま浴場に入る。
「なんだか家族全員で浴場に入るっていうのは新鮮だね」
「エリノラ達が小さかった頃以来かしら? とはいっても、今日は湯船に浸かるわけではないけど」
ノルド父さんとエルナ母さんが和やかに笑う。
確かに家族全員で浴場に入るなんてことはないな。
俺が今よりも小さな頃でも、エリノラ姉さんは自立した年ごろでもあったし。
浴場はメイド達が清掃してくれているので、いつもピカピカだ。
軽く水魔法で洗い流すと、魔導具で湯船にお湯を溜める、
そして、ふくらはぎくらいの高さまで溜まったら魔導具を止める。
しっかりと腰かけられるように土魔法で作った長い板を設置すると完成だ。
「できた。これでゆっくりと足湯に入れるよ」
試しに足を入れてみると、ちょうどいい温度だ。
あまり熱すぎると、ゆっくりと足をほぐすこともできないからね。
俺が板に腰かけると、皆も続々と入ってくる。
「あら、気持ちがいいわね」
ドレスをたくし上げながら入り、腰かけるエルナ母さん。
「こうして足を入れるだけでも十分気持ちがいいね」
「うん」
ノルド父さんやシルヴィオ兄さんもほっこりとしている様子。
そうそう、この足だけというのが気軽でいいんだよな。
しっかりと足を温めると、血の巡りがよくなって身体もスッキリとする。
なんだかボーっとしてしまう朝は、足湯に入って身体を覚醒させるのもアリだな。
「これ、どれくらい入っていればいいの?」
「十五分から二十分くらいかな」
俺はタイマー代わりとして砂時計を置いておく。
「結構長いわね」
そりゃ、それなりに温めないとね。あまり長時間浸かっていると疲れてしまうが、それくらい入らないと意味がない。
「失礼いたします。アルフリート様、タオルとお水をお持ちしました」
温かなお湯を堪能していると脱衣所の方からサーラの声がした。
「ありがとう! そこに置いておいて」
「かしこまりました」
「せっかくだからサーラも入っていきなさいな」
「いえ、皆さんのご入浴をお邪魔するわけには……」
「サーラも足が冷えるって言っていたじゃない。足のむくみに効くみたいよ?」
「……では、お言葉に甘えて」
エルナ母さんが手招きすると、遠慮がちだったサーラがストッキングを脱いでおずおずと入ってきた。
お湯の温度を確かめるように足先を入れると、そのままゆっくりと足を沈めて腰掛に座った。
「んっ」
サーラの顔がみるみるうちに柔らかなものに変わる。
そんな様子が面白くて俺達は思わず笑ってしまう。
「な、なんです?」
「いいえ、気持ち良さそうだと思ってね」
「これは、その……いいものですね」
エルナ母さんにクスリと笑われながら言われ、サーラはほんのりと顔を赤くした。
これはお湯で温まって赤くなったわけではないだろうな。
「なんだか身体がポカポカしてきたわね」
「それに足の強張りもなくなった気がする」
「身体が温まってきた証拠だよ」
十分も経過すると、足が温まってきたのかエルナ母さんとシルヴィオ兄さんの額にほんおりと汗が出ていた。
血行の巡りが良くなって新陳代謝が上がっているのだろう。
「……熱い」
「足が熱くなってきたのはわかるけど、俺の太ももに乗せないでくれる?」
エリノラ姉さんの健康的な足が俺の太ももに乗っている。
勿論、お湯で濡れているので太ももがびちゃびちゃだ。エリノラ姉さんは代謝がよほどいいのか、足もかなり温かくなっている。
「こしょこしょこしょ」
「えっ、ひゃっ、きゃははっ! やめて!」
乗せられた足をくすぐってやると、エリノラ姉さんは足をバタバタさせてお湯に戻した。
撃退完了だ。
「よくもやってくれたわね!」
「ちょっとエリノラ。ここで暴れるのは無しよ」
立ち直ったエリノラ姉さんはすぐに反撃しようとするが、エルナ母さんもピシャリと止められた。
ふふふ、エルナ母さんはスロウレットの名を冠する者の行動を縛る能力があるんだよ。
この場でエルナ母さんに貢献している俺は、しっかりと庇護下にあるのだった。
「そういえば、エリノラ。最近は勉強の方はどうなんだい?」
「え? あの、それは……」
「ちゃんと自分で言いなさい」
ノルド父さんに勉強のことを切り出されてしどろもどろになるエリノラ姉さん。
エルナ母さんもそれに加わりつつ、なんてことのない会話が始まる。のんびりと足湯に浸かりながら。
足を温める以上、他にやることがないので必然的に会話が暇つぶしとなる。
普段とは違ったコミュニケーションの場となって中々いいものだな。
「冷えていた足が温まってとてもいいですね」
「気に入ってくれたなら休憩時間に入るのもアリだね」
「次はミーナやメルさんも誘って、そうしてみようかと思います」
うちの女性は結構冷え性が多かった気がするしな。浴場なんて一日中使うものでもないし、是非休憩時間としても使っていいと思う。
サーラ達は普段からとても頑張ってくれているのだし。
「入る前に比べて足に赤みが増してきた気がするわ」
「そろそろ二十分くらい経っているし十分だね」
喋っているといつの間にか砂時計の砂がすっかりと落ちていて二十分が経過していた。
あんまり入り過ぎるのも良くないので、俺達はぞろぞろと湯船から上がることにする。
しっかりとタオルで足を拭って脱衣所へ向かう。
「うわっ、足が軽い!」
「なんだかとてもスッキリとした気がするわ」
足湯に浸かっていたからだろう、俺達の足はすっかりと軽くなっていた。
別に俺はむくみがあったわけではないが、それでも血流に僅かな淀みがあったのかもしれない。しかし、今は羽毛のように足が軽かった。
「皆で入る足湯ってのも楽しいものだね。また明日も入ってみようか」
「ええ」
「うん」
ノルド父さんの柔らかな声にエルナ母さんとシルヴィオ兄さんだけでなく、俺とエリノラ姉さんも頷くのであった。
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