泡の音
書籍9巻は本日発売です! 電子版や書き下ろしもありますので、書店などで見かけたら是非!
「アル、スキーしない?」
「しない」
部屋でゴロゴロしていると、エリノラ姉さんがノックをすることなく誘ってきた。
即座に断ってあげると、エリノラ姉さんは若干イラっとしたような顔をした。
「……なんで?」
「出かけたくないから」
シンプルな理由を告げると、エリノラ姉さんは不満そうにする。
「最近、よく外に遊びに行っていたじゃない」
俺がジャイサールやラジェリカに行っていたことを指しているのか。
勿論、家族には転移で出かけていたなどとは言っていない。既にトールやアスモと口裏を合わせて、外でスキーやスノボをして遊んでいた設定になっている。
「だからだよ。頻繁に外に出ていると、屋敷でゆっくりしたくなるの」
「なによそれ」
俺の言葉を聞いて、エリノラ姉さんが理解できないとでも言うような顔をする。
インドア派ではないエリノラ姉さんには、わからない感覚なのだろう。
たとえるならば、休日が二日あればどちらかは絶対に家にいたくなる感じなのだが、それもわからないか。
「とにかく、今日は屋敷でゴロゴロする日だから絶対に外に出ない」
「そう、ならいいわよ」
ベッドにある布団にくるまり、断固とした態度で主張するとエリノラ姉さんは諦めたのか部屋から出て行った。
扉に張り付いて気配を確かめると、足音が遠ざかる音がする。
「……やった。エリノラ姉さんを退けた」
ここのところ避寒地に行ったり、香辛料を探したりと、色々あり過ぎたからな。
将来、快適なスローライフをおくるために色々と動くことは重要であるが、今ある時間をんびりと大切に過ごすのも大事だ。
なにせ、八歳の冬という時間はこの先二度と訪れることはないのだから。
今しかできない過ごし方というのもあるものだ。
「さて、今日は何をしようかな……」
このまま部屋でだらだらと過ごすもよし、昼寝に興じるのもいいだろう。
ああ、可能性がたくさんあるということはなんと素晴らしいことだろうか。
「この自由な感じがたまらないな――いてっ!」
部屋の中でくるりと回って手を広げると、棚の上にある何かに手が当たった。
丸い小さな箱が床へと落ちる。
「ああ、魔導具か……」
それは貴族のパーティーに召集されて、王都に向かった際に何かに使えるかもと買い上げた魔導具。
あの時、立ち寄った魔導具の店は、値段こそ親切的であるものの発想が独特だった。
ただ回るだけのものや、ほんのりと温かくなる板、ちょっとした水が出るもの。
一般的には何に使えるんだと言われている癖のある魔導具であったが、うちではコマの加工に使ったり、コタツに使ったりとたまに役に立っている。
とはいえ、全てが友好的に利用できているわけではない。何かに使えるかもと思って買ったはいいが、思っていた以上に癖が強くて使い物にならなかったり、使い道が思い浮かばずに眠っているものもある。
今、棚から落ちた魔導具も眠っているものの一つだった。
「これは何の魔導具だっけ?」
買い上げた魔導具の中に危険性の高いものはないので、試しに魔力を流してみる。
すると、丸い箱についている穴から弱々しい風が噴き出た。
「ああー、これか……」
扇風機の代わりになるかもしれないと思って、買ってみた魔導具だった。
想像以上に噴き出る風の力が弱くてしまい込んだやつ。
このまま放置するのも勿体ないので、何か使い道はないものだろうか。
風で涼をとるには風力が弱いしな。
でも、今は冬なので、涼をとる必要はないな。涼をとるために使うという発想から外した方がいい気がする。
魔導具を見つめながらしばらく考えてみる。
「うーん……」
だけど、この魔導具の面白い使い方が思い浮かばないな。
色々と思考していると、俺の部屋の扉が開いた。
何事かと思って視線を向けると、エリノラ姉さんが飲み物とお菓子を持って部屋に入ってきた。
「なにしにきたの?」
「アルの部屋の方が暖かいから、ここで過ごそうと思って」
「そう」
俺の部屋では常に火球が浮いており、部屋の温度が快適に保たれている。
夏や冬になると、このように家族の誰かが部屋にやってきてくつろぐことも珍しくない。というかもう慣れた。
無理矢理外に連れ出そうとするならまだしも、部屋で家族が大人しくしている分には文句はない。特に集中した作業をしているわけでもないし。
「それなに?」
エリノラ姉さんはおもむろに腰を下ろすと尋ねてきた。
「王都で買った魔導具だよ」
「へー、ちょっと使ってもいい?」
「いいよ」
魔導具を手渡すと、エリノラ姉さんが魔力を込める。
すると、魔導具がシューッと緩やかな風を出した。
エリノラ姉さんは魔力を込めるのをやめると、微妙な顔をする。
「……これ何に使うの?」
「それを今考えているところ」
「使い道も考えてないのに何で買ったのよ?」
「そ、その時は何かに使えると思ったんだ」
エリノラ姉さんのド正論に思わず口ごもってしまう。
あの時は扇風機として使えると思ったんだ。
でも、今思えば明らかに風力が足りていないので、扇風機として代用はできないな。
なんでそれくらいわからなかったんだろう? はじめて魔導具の店に行って高揚していたのだろうか。
「まあ、買っちゃったものに文句を言っても仕方がないよ。それよりもちゃんとした使い道を考える方が建設的だね」
「使い道があればだけど」
スキーの誘いを断ったからだろうか、エリノラ姉さんの反応がどことなく冷たい気がする。
部屋の中ではエリノラ姉さんがグラスを傾ける音がする。
氷が入っているのか傾ける度にカララッと涼しげな音が鳴る。
暖かい部屋で冷たい飲み物を飲むなんていいじゃん。氷の音がなんともいえない風情を――なんて思っていると閃いた。
この魔導具にも使い道があるのだと。
俺は棚の中にある箱を漁る振りをして、亜空間からガラスの箱を取り出した。
収穫祭の時に小魚をとったら飼おうかなと思って水槽にできそうなものを用意していた。
結局は飼う事はせず、肥やしになっていたもの。
そこに水魔法で水を入れていく。
「……なにしてんの?」
「ちょっと面白い使い道を思いついてね」
エリノラ姉さんが怪訝な表情をする中、俺は水槽もどきの七割くらいまで水を入れた。
そして、魔力をしっかりと込めた魔導具を水槽に沈める。
水の中に入れてもきちんと作動するだろうか?
ちょっと不安に思っていたが魔導具はきちんと作動して、水の中に風を吹き込み始めた。
水の中で空気が放出されれば、泡が噴き出る。
そう、まるで水が沸騰しているかのようにポコポコと。
「おー、できた!」
「……なにが?」
感動している俺とは正反対のエリノラ姉さんの冷めた言葉。
「そんなの見たらわかるじゃん」
「見てもちっともわからないから聞いてるんじゃないの」
目の前にしっかりと完成品があるというのにわからないというのか。
「ちゃんと見るのは大事だって、エリノラ姉さんも剣の稽古で言ってる癖に」
「もしかして、何か魔法的な要素でも加わっているの?」
などと言ってみると、エリノラ姉さんが見当違いなことを言い出した。
ちょっと真剣に観察しているみたいだけど全然違う。確かに魔導具のお陰で発生している現象だけど、特に難しい事象が起こっているわけではない。
「もっとあるがままを見なよ」
「あるがまま? 泡が噴いてるだけじゃない」
「そう、その通りだよ――いたっ! なんで叩いたの?」
「バカにしてるの? ちゃんと何ができたか言いなさいよ」
懇切丁寧に説明してあげているというのに訳がわからない。
「だから、さっきから言ってるじゃん。泡が噴き出してるって」
「で?」
ここまで言っても伝わらないというのか。これ以上言葉にするのは野暮ってもんだというのに。
「噴き出す泡を眺めて聴いて楽しむ」
そう、これが俺の閃いたこの魔導具の使い方だ。
風で涼をとるには出力が足りない。かといって他にロクな使い方がないわけで。
エリノラ姉さんのグラスにある氷の音を聞いて閃いた。
部屋の中で聴いて涼をとれるような物を作ろうと。
こうして泡が噴き出る音は聞いていて涼やかだ。それにポコポコと変幻自在の泡が出てくるのは見ているだけでも楽しい。
暇な時にボーっとしながら眺めるのに一番じゃないか。
「…………」
「…………」
「…………で?」
「いやいやいや、おかしい。今ちゃんと言ったよね!?」
「ふざけないでよ! 噴き出す泡を見るって何よ!」
「そのままだよ! 流れる水の音を楽しむのと同じ! 今回は魔導具を使って部屋の中でも噴き出す泡の音を聴いて、見て楽しめるようにしたんだ!」
「こんなもの眺めて何が楽しいのよ……」
などと言いながらエリノラ姉さんは水槽を眺める。
ボーっと視線を固定して噴き出す泡を見つめている。
部屋の中ではポコポコと気持ちのいいまでに泡の噴き出す音がしている。
それ以外の音はせず、その音だけに空気が支配されていた。
「…………」
「……とか言いながら、もう三分は眺めてるよ」
「うえっ? べ、別に眺めてなんかないから! 水の音がうるさいから他の部屋に移る!」
肩を叩いてあげると、エリノラ姉さんは正気に戻り、少し戸惑った様子ながらも部屋を出て行った。
俺はそれを見送ると、再び視線を水槽に戻す。
泡の噴き出る音が実に心地良かった。
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