砂漠での出会い
ジャイサールでクミンを発見した俺はカレーを再現するべく、香辛料の豊富な王都ラジェリカを目指していた。
ジャイサールを出ると、外は砂漠風景。
ひたすらに砂と空が広がっているのみ。
そんな砂漠の中を突っ切るように俺は空中で転移を繰り返して横断している。
視界の中に人気はない。
それもそうだ。オアシスの外は厳しい暑さと魔物が跋扈する危険地帯。
水魔法が使えぬものは、すぐに喉の渇きに飢えることになるだろう。
砂が全てを支配する大地には、自然といったものはほとんど存在しておらず、採取とは無縁。
僅かに生えている植物も砂漠に適応するためか、やたらと棘の多いものであったり、蔓が動いていたりととても食用には思えない。
さらに砂に紛れるかのような毛の色をした獣や、大きなサソリのような魔物がいたりと、コリアット村周辺のように気軽に出られる場所でもないことは明らかだった。
時折、商人らしき人たちがズオムに乗って一列に進んでいるのを見かける程度。
それ以外で人を見かけることはまずない。
「その分、こっちは周囲に気を遣うことなく転移できて楽だからいいけどね」
人がいない以上、転移を見られないようにと気を遣う必要がないのが楽だった。
氷魔法で暑さを和らげながら長距離転移を繰り返すだけの簡単な作業。
足に絡みつくような砂の上を歩く必要もなく、暑さに晒されることもない。
危険な魔物はいれど、主に潜んでいるのは砂の中や上なので俺からすれば、何の障害にもなっていなかった。
くっきりとした茶色と青のコントラストは中々に綺麗だ。平原の緑と空の青もいいが、こちらも案外と悪くない。
厳しい砂漠環境の中を俺はのんびりと転移し続けた。
◆
ジャイサールから転移で移動し続けること数時間。
進めど進めど変わることのない景色に、少し辟易しながらも俺は転移を繰り返す。
景色がまったく変わっていないからか、ぜんぜん進んでいないように感じる。
ミスフィリト王国からジャイサールにやってくるまでは、景色が色々と移り変わって新鮮だったのであまり退屈しなかった。
だけど、ここでは砂と少しの植物以外何もない。四方八方が砂。
少しでも油断して方向を見失えば、どこの方角からやってきたのかもわからなくなるくらいだ。
時折、砂漠の魔物が大怪獣バトルのように諍いを始めるのであるが、そのような恐ろしいものを間近で眺める度胸も趣味もない。
「何か面白いものでもないかな?」
小さな街でもオアシスでもなんでもいい。何かないだろうか。
文字通り、砂漠で針を探すかのように視線を巡らせながら転移することしばらく。
視界に建造物らしきものが見えた。
「おっ、何だあれ?」
魔力を瞳に集めて見てみると、砂に埋もれた神殿のようにも見える。
豪奢な彫刻が施された柱が何本も建っているが、長い年月のせいかすっかりと朽ち果てており大半は砂に沈んでいる。
もしかして、砂漠に眠る遺跡とかだろうか? オアシスが枯れ果てて、街を廃棄したなんて話も前世ではよく聞いていたし。
「ちょっと行ってみるか」
転移による移動疲れと飽きを感じていたので、俺は休憩を兼ねて見に行くことにした。
砂に埋もれた遺跡をしっかりと脳裏に焼き付けて、その場所へと転移。
気が付くと、俺は空中ではなく遺跡の目の前に降り立っていた。
ずっと空中転移をしていたからか砂の上を歩くのは久し振りだった。
柔らかい砂を踏みしめながら俺は遺跡らしき石造りの建造物に近付いていく。
まるで前世にあったパルテノン神殿のように荘厳だ。
しかし、破砕と風化によって劣化が激しく、それが却って虚しさのようなものを醸し出していた。
強い風が吹いたせいで砂が吹き荒れ、遺跡が大量の砂を被る。
俺の服にもたくさんの砂が付いたが、いちいち払っていてはキリがないので諦めた。
劣化する前はさぞかし立派な神殿だったんだろうな。でも、それをもう一度目にすることは叶わない。
今はそこにある建物から推測して、想像するしかない。だからこそ、歴史的建造物にはロマンがあり、多くの歴史研究者が調べているのかもしれないな。
なんて思いながら柱で陰になっている部分を見つけて腰かける。
過去にここはどんな場所で、どんな人たちが生活していたのかは知らない。
今となっては砂漠を横断するための、ちょっとした休憩所でしかなかった。
そのまま日陰で俺は仰向けに寝転がる。
日陰になっている部分が冷たいわけはないが、こうして横になれるだけでも十分だ。
さすがに砂漠で眠るつもりはないが、ほんの少しだけ目を瞑っていると足音らしきものが聞こえた。
「うん?」
思わず目を開けて周囲を見渡してみるも、俺以外には誰もいない。
もう一度、横になって今度は耳を床に当ててみると、さっきよりも鮮明に足音が聞こえた。
足音の反響具合から恐らく二人。
「……もしかして、ここに地下がある?」
などと呟いていると、近くにあった朽ちた台座がゴゴゴゴとスライドした。
そして、そこから二人の人間がゆっくりと出てくる。
エリックよりも濃い肌をしていることから二人ともラズール人だ。
先頭にいる黒髪の人は、フードで顔をこそ見えないものの髪の長さと、その女性らしい丸みを帯びた肢体から女性だということがわかる。
手首には金色の腕輪が装着されており、腰にはしなりを帯びた剣を佩いている。鋭い空気感と歩き方からして武人だろうな。
そして、女性の後ろにいるのは男性だ。癖のある黒髪をしているが、とても整った顔立ちをしている。
黄色い瞳に女性のような長い睫毛。どこからどう見てもイケメンだ。
甘いマスクをしていると形容するべきか。
……この人達。今、地下から出てきたよな? この神殿には地下があるのだろうか?
俺が呆然と見ていると、向こうもこちらに気付いたらしく女性が慌てて腰から剣を抜いた。
「何者だ! いつからそこにいた!?」
シミターのような湾曲した剣を向けて、警戒感たっぷりに問いかけてくる女性。
太陽の光がシミターに反射してとても眩しい。
いきなり物騒なものを向けてくるなと思っていたが、ここは危険な魔物がひしめく砂漠なので無理もないか。
「え? 少し前からですけど?」
「こんなところで何をしている?」
「疲れたので、ちょっと日陰で涼んでいました」
「…………」
などと正直に答えてみせるも、女性は怪しい者を見るような目を向けてくる。
現に俺は日陰で座り込んでいるじゃないか。本当にそうだったのでそれ以外に言いようがない。
なんだかこの女性は妙に怖いので、後ろにいる男性に視線を向けると面白そうなものを見るような目をしていた。
……なんかこの人も違う意味でダメな気がする。
「あの、そちらこそ何をされていたんです? なんだか地下から出てきたように見えましたが?」
「そ、それはお前には関係のないことだ」
「地下にある遺跡の調査をしていた」
「サルバ様!?」
こちらの質問を誤魔化そうとした女性であるが、後ろにいる男性があっさりと白状した。
「ハハハ。あの少年は我々が地下から出てくるところを目撃している。誤魔化しても不信感を与えるだけだろ?」
「それはそうかもしれませんが……はぁ、もういいです」
気楽に笑いながら言う男性の言葉を聞いて、女性は諦めたようにため息を吐いた。
待てよ。この男性ってば『様』づけで呼ばれていなかったか?
となると、貴族に準じるようなそれなりの地位にいる可能性が高い。
「やあ、少年。俺の名はサルバ=ラズール。この国の第二王子だ。広大な砂漠でこうして会えたのも何かの縁。俺たちと仲良くしようじゃないか」
なんだか嫌な予感をヒシヒシと感じていると、男性は実にいい笑顔を浮かべながら名乗った。




