再びのジャイサール
九巻、Amazonで予約始まりました。
是非、よろしくお願いします。
「外で遊んでいたせいかちょっと焼けたかな……?」
洗面台にある鏡に写った自分の顔を見て、俺はそう呟いた。
最近はスキーやスノボが我が家で大流行だったせいで、真冬だというのに外に連れ出されることが多かった。
冬とはいえ、山の頂上で日差しを浴び続けているとそれなりに紫外線のダメージはくるもので。俺の肌はほんのりと茶色くなっていた……多分。
「アル、顔洗ったのならそこ退いて。手、洗いたいから」
「あ、うん」
鏡で自分の顔を見ていると、いつの間にかエリノラ姉さんがいたので素直に譲る。
魔道具で水を出して、パシャパシャと手を洗うエリノラ姉さん。
朝の自主練をしていたのかシャツが身体に張り付き、肌には汗が浮かんでいた。
それなのに男性のような汗臭さをまったく感じないのはエリノラ姉さんも女性ということか。
「何か失礼なこと考えてない?」
不穏なことを考えていたからだろうか、エリノラ姉さんが鏡越しに鋭い視線を向けてくる。
「別に失礼なことなんて考えてないよ。ただ、俺と違ってエリノラ姉さんは、あんまり肌が焼けてないなーって」
人間は嘘をつこうとするから動揺が前に出る。
確かにその時に思った本当のことを言えば、怪しまれることはないものだ。
「日焼け止めを塗ってるわけでもないけど、肌が焼けたりしないのよね。母さんは塗れってうるさいけど」
特に俺の言葉を疑うことなく、シレッと全女性を敵に回すような台詞を吐くエリノラ姉さん。
世の中にいる女性がどれだけ美しさを保とうと努力しているのか、エリノラ姉さんには一生わかんないんだろうな。
俺も女性じゃないから堂々とはいえないけど、前世では姉しかいなかったので努力はわかっているつもりだ。
だけど、エリノラ姉さんはそんな努力など不必要とばかりの髪の美しさ、肌のきめ細やかさ、スタイルの良さがあるんだよな。
こういうのを生まれ持ったモノとでも言うべきか……。
などと思っていると、手を洗い終えたエリノラ姉さんが俺の頬にピトッと手を当てた。
「冷たっ!」
ただでさえ外に出て冷えているのに水で洗ったばかりとなれば、手が冷たいのは当然だった。
「アルはほんのり焼けたわね。少し男らしくなっていいんじゃない?」
エリノラ姉さんは俺の反応を見ると、笑いながらご機嫌そうに去っていった。
エリノラ姉さんもそう言うということは、やはり俺の肌は焼けているのか。
「……待てよ。日焼けしてる今ならラズールに行っても怪しまれないんじゃないか?」
前回、避寒地へのマッピングと観光を兼ねてジャイサールに行った際は、冬なのに肌が軽く焼けてエルナ母さんに怪しまれたものだ。
しかし、今の日焼けした状態なら、多少焼けしても怪しまれないのではないだろうか?
うん、きっとそうに違いない。
もうちょっと観光したかったけど、どうしようと思っていたラズール観光が再開できるぞ。
とはいえ、南国の紫外線を甘く見てはいけない。エリックのような褐色肌になってしまわないようにエルナ母さんに日焼け止めを譲り受けるべきだろう。
リビングに入ると、ガバリと何かが動いた。
物凄い速さであったが、俺の視界はしっかりとその動きを捉えていた。
コタツで仰向けに寝転がっていたエルナ母さんが、急いで起き上がったということを。
「エルナ母さん?」
「なにかしら?」
にっこりとした笑みを浮かべながら、どこか重圧をかけてくるエルナ母さん。
突っ込みたいところであるが、日焼け止めを欲している今、藪をつついて蛇を出す必要はない。
「外に出るから日焼け止めのクリーム貸してほしいなーって。ほら、最近肌が焼けてきたから」
「あら、本当ね。洗面台の引き出しに入れてあるから一個持っていってもいいわよ。ただし、無駄に使わないようにね? 結構、高いんだから」
「わかった。ありがとう」
どうやら突っ込みを入れないのは正解らしく、エルナ母さんは快く了承してくれた。
あるいは目的の物を渡すことで口封じを兼ねていたのかもしれないが。
とりあえず、リビングを後にして洗面台に戻る。
適当に引き出しを開けてみると、日焼け止めの入った瓶がギッシリと詰まっていた。
……これ、何個あるんだろう? この日焼け止めは高いんじゃなかったっけ?
いや、深くは考えないようにしよう。女性は美を保つためであれば、何でもするんだって俺は知っているのだから。
とりあえず、瓶の一つを開けて、日焼け止めのクリームを塗っていく。
ほのかにいい匂いがするし、油っぽくない。しっとりと肌に馴染むようで、さすがは高級品だと唸らざるを得ない使い心地だった。
日焼け止めを塗り終わると、防寒着を身に纏って屋敷を出ていく。
人気のない平原あたりまで歩くと、転移を使ってジャイサールの屋根裏に転移。
雪一面から一転し、砂や泥、土魔法で築き上げられたレンガの街へと景色が変化する。
砂漠に囲まれたオアシス街だ。
気候は真冬から陽気な夏に。しっとりとした寒さではなく、熱気が身体を包み込んだ。
防寒着を纏ったままでは勿論暑いので、そそくさと肌の露出を抑えるラズール服に着替えた。
「さて、ジャイサール観光の続きでもしようかな」
準備をしっかりと整えた俺は、転移を使ってジャイサールの街に降り立った。
◆
ジャイサールの街は、今日も人が多く行き交っている。
しかし、王都のような忙しさは不思議と感じない。地面に布を広げて、ラズール人が座り込んで手作りの人形を売っていたり、日陰で若者が呑気に話し込んでいたり。
「そこの君。うちの店寄ってかねえか?」
「今はブラッと見て回りたいので」
「一通り見て回ったら戻ってこいよー」
だらりといている店主の前を通り過ぎると、そんな風の声をかけられたり。
接客にあるまじき言葉遣いと距離感であるが、さすがにもう慣れてきた。
今では不思議とそれが気にならない。むしろ、その軽さが心地よくも感じられる。
「陽気な気温をしていると、そこに住む人も陽気になるのかな?」
都会だけど、都会のような忙しさが感じられない不思議な街だ。
緩い空気を感じながら歩いていると、通りの端で何かを一生懸命になって彫っている人がいた。気になって覗いてみると、露店にはたくさんの生き物を象ったものがある。
花、魚、魔法陣、人間、サソリ、狼などなど。凹凸でそれらを見事に表現していた。
「これは何です?」
俺が声をかけると、男性はようやく気付いたのかハッと顔を上げた。
「あ、ああ、いらっしゃい。それはハンコだよ。インクをつけて押すと、そのままの形で写るんだ」
「あー、ハンコか。随分と細かいね」
「ハハハ、どうも。まあ、ハンコなんてあんまり買う人もいないんだけどね。ちょっとした趣味みたいなものさ」
趣味のハンコにしては凝り過ぎているような。魚やサソリは鱗の一枚一枚まで掘られているし、花だって丁寧に花弁が描かれている。
本業も彫刻関係だったりするのだろうか。
「お父さん、お弁当持ってきたよー」
「おお、マヤ。仕事があるのにわざわざ悪いね」
ハンコの出来栄えに唸っていると、男性の娘さんだろうか。包みを持ってやってきた。
「うん? マヤ?」
「あっ、アルだ!」
聞き覚えのある名前と声に思わず見上げると、前にサンドボードで一緒に遊んだマヤが立っていた。
マヤも俺を覚えていたのか驚きの声を上げる。
「こんなに早く会えるなんて思ってなかった! 旅から戻ってきたの?」
「ああ、うん。またすぐに出発するけど、ちょっと買い物をしにね」
本当は転移で気の向くままにやってきているだけだったので、ちょっと答えるのが気まずい。だけど、本当のことを言えるわけもないしな。
「この子と知り合いなのかい?」
「うん! この間新しいボードを作ってくれたアルだよ」
「ほぉ……」
年齢が少し近い異性とあってか、マヤのお父さんから値踏みを含んだ視線が向けられる。
そんな目で見ないでください。別にお宅の娘さんのいい人とかじゃないですから。
「ああ、せっかくアルがいるのに遊べないなぁ。今日は仕事の日だから」
「マヤは普段何してるの?」
「宿のお手伝いをしているよ!」
「なるほど、ハキハキしているマヤにはぴったりかもしれないね」
「そうかな?」
きっと客受けもよくて、人で賑わっているに違いない。
「少しなら時間があったけど、仕事ならしょうがないね」
「……うん」
マヤがどんな風にサンドボードで滑っているか気になったけど、仕事があるのだから無理に遊ぶわけにもいかない。
「しょうがない。今日は父さんが宿の仕事をしよう」
「え? いいの?」
マヤの父さんの男前な台詞に、しょんぼりとしたマヤが笑顔になる。
「マヤはいつも真面目に働いているからね。ちょっとくらいそういう時があってもいいさ」
「ありがとう! お父さん!」
サンドボードで遊べるのが余程嬉しいのか、マヤが父さんに勢いよく抱き着いた。
いいお父さんだな。
「アル君だったかな? 娘をくれぐれも頼むよ?」
「は、はい……」
なんて思っていると、マヤのお父さんが威圧感のある笑みを向けてきた。
前言撤回、マヤのお父さんは大人げないよ。
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