雪山へ
スキーの準備を終えた俺達は、屋敷の裏にある山に向かっていた。
各々で使うスキー板やスノーボードを持って雪道を歩いていく……ことはなく、俺が全てサイキックで運んでいた。
「ごめんね、アル。これだけ持ってもらうと重いよね? せめて、少し僕が持とうか?」
「大丈夫だよ。これくらいの重さなら大したことじゃないから」
さすがはシルヴィオ兄さん。ちゃんと相手を労わるということを知っている。
「そうよ、シルヴィオ。アルならこれくらい平気よ」
「平気なのは確かだけど、そんな風に言われるとちょっとムカつくなぁ。エリノラ姉さんのボードだけ降ろしちゃおうかな」
「えっ、ちょっとそれはやめて! ごめんってば!」
俺がそんな風に言うと、エリノラ姉さんが珍しく焦って謝った。
さすがに山に向かう中、それなりの重さのボードを運んでいきたくはないようだ。
手ぶらで快適に歩けている今だからこそ、その恩恵を強く感じていたのだろう。
日頃の鬱憤がちょっとだけ晴れた想いだ。
「さすがは私の子ね。これだけ自在に魔法を操れるとは誇らしいわ」
「ああ、とても助かるよ。ありがとう、アル」
さすがに両親はわかっているようで、すぐに労いの言葉を入れてくれた。
ちょっとエルナ母さんの褒め方がわざとらしい気がするが、感謝しているのは確からしいので気にしないことにしよう。
「この先は斜面になるけど大丈夫かい?」
そんな感じでサイキックで板一式を運んでいると、山の斜面に差し掛かった。
ここからは足場が悪くなるので、ノルド父さんが心配しているのだろう。
うーん、やっぱりこのまま迂回して斜面を登るのは面倒だな。皆がいるから転移だって使えないし。ただでさえ、雪道で進みは遅くなるんだ。そんな中での登山となると気が重くてしょうがない。
「……ねえ、魔法で近道していい?」
「土魔法で道でも作るのかしら?」
「それよりもっと楽に移動するんだ」
エルナ母さんが小首を傾げる中、俺は土魔法で大きな板を作って乗り込んだ。
「皆、ここに乗って」
そう言うと、皆は訝しみながらも板に乗ってくる。
「それじゃあ、行くよ」
「行くよってどうするつもり――うわわわっ!?」
エリノラ姉さんが疑問の声を上げる中、俺は板にサイキックをかけてそのまま空へと浮かび上がった。
足元が浮遊感に包まれて、エリノラ姉さんが慌てた声を上げる。
運動神経がいいだけあって尻もちを突くようなことはないが、自然と口から漏れた声にちょっと恥ずかしそうだった。
「うわー、すごく高いや」
「サイキックで足場を浮かせて空を飛んでいるのね?」
既に屋敷で見せてある魔法技術だけあって、エルナ母さんは実に冷静だった。
「そうだよ。布団にくるまりながら移動する魔法の応用だよ」
「普通は逆で、こっちが基本なんじゃないかしら?」
確かにそうかもしれないけど、使用頻度は圧倒的に布団にくるまって移動することの方が多かった。だから、布団の方を基本と言っても間違いではないはずあのでスルーだ。
「これもノルド父さん達がカグラに行くのを許してくれたから閃いた魔法だよ」
「すごく役に立っているけど、僕としてはもっとアルの大きな成長を望んでいたんだけどね」
「……布団にくるまりながら移動するだけでは物足りない?」
俺の中では大きな発見と成長だったのだが、ノルド父さんの中では足りないようだった。
これより先の成長って一体なんなのだ? ノルド父さんの要求する成長の奥深さに戦慄せざるを得ない。
「……もしかして、寝ながら魔法を行使できるようになれとか?」
さすがの俺でも寝ながら魔法を行使するのは不可能だ。意識を落としてしまうと、魔力も止まってしまい魔法を維持することはできなくなってしまう。
ノルド父さんはその壁すらも越えて、寝ながら移動できるようになれと言っているのだろうか。
「全然違うよ。そういう部分的な魔法技術の成長じゃなくて、アルの見識や将来の道についてだね……」
サイキックで上昇している間、ノルド父さんはずっと俺の将来についてくどくどと言っていた。が、そもそも将来まともに働くつもりがない俺からすれば、世の中に貢献することや、魔法を活かして働くなどと言われてもピンとこない。
こちとら不労所得でのんびりと暮らしていくつもり満々なのだ。むしろ、ノルド父さんの想像している十倍くらいはしっかり将来設計をしている。
魔法学園に入ったり、宮廷魔法使いになるなど論外だ。
せめて、働くにしろ趣味のような感覚でできる、ちょろいものがいい。
コリアット村で氷室をやるとか、ラズールで水を売るとかそんなのがいい。マイホームにルンバを住まわせているように大家になるのも手だな。
なにせ、ここはスロウレット領。俺が多少家を建てようが問題はない。土地も十分に余っているし。
「あっ! 頂上が見えてきたわ!」
そんな不労所得な生活に想いを巡らせていると、エリノラ姉さんが明るい声を上げて指さした。
いつの間にかすっかりと山の頂上部分まで上昇していた。
屋敷の裏にある山もすっかりと雪が積もっており、天然のゲレンデと化している。
枝葉に乗った雪がくっきりとした輪郭を彩っていて美しい。
「それじゃあ、滑りやすいところに降りようか」
俺はここぞとばかりにエリノラ姉さんの言葉に便乗。
お説教を遮られる形になったノルド父さんは消化不良そうな顔をしていたが、スキーが始まる以上続けるべきではないと思ったのかため息を吐くにとどまった。
エリノラ姉さんもたまにはいい仕事をしてくれる。
空を旋回しながら木々の少ない滑りやすそうな場所を見つけると、俺たちはそこに降り立った。
「アルのお陰であっという間に登ることができたね。ありがとう」
「どういたしまして」
普通に登っていたらこちらの身が持たないし、かなり面倒だからな。
こういう時のために日々魔法を磨いておくものだ。
「冬の雪山って綺麗だね」
シルヴィオ兄さんが白い息を吐きながら、キラキラとした瞳で呟く。
「うん、この時期にしか見られない穏やかな美しさがあるよ」
透き通る空に煌めく雪面。静かで穏やかな樹林帯と雄大な稜線。
冬の雪山でしか味わうことのできない、景色が目の前では広がっていた。
「さあ、早速滑るわよ!」
冬の景色に見惚れる俺達とは対照的に、スノーボードを装着し始めるエリノラ姉さん。
こんな景色のいい場所にやってきたのに、もうちょっと感じることはないのだろうか。
雪の降っている今しかじっくりと見ることのできない光景なのに。
「まあまあ、エリノラ。そう焦らないの。滑るのは温かい紅茶を飲んでからにしましょう?」
「冬でも脱水症状に陥ることはあるからね。しっかりと水分は補給しておかないと」
「わかった」
さすがはエルナ母さんとノルド父さん。それらしい大人の台詞を言って休憩をもぎ取ってくれた。
ここで飲む温かい紅茶はきっと美味しいに違いない。
サーラ達が用意してくれた温かい紅茶の入った水筒を、各自取り出す。
蓋であり、コップとなる部分に紅茶を注いでいくと、芳醇な香りと湯気が吐き出される。
それらが山風にさらわれる中、熱々の紅茶にゆっくりと口をつける。
「いつもよりも少し甘いや」
今日の紅茶はいつもに比べて少しだけ甘い。うちでは茶葉の味を生かした飲み方が多いので、砂糖は入れない方が多い。
「雪山で運動することを考えて、甘めにしてくれたのかな?」
「そうかもしれないね」
シルヴィオ兄さんの言う通り、俺達に気を遣って甘めにしてくれたのかもしれない。
普段なら少し甘いと感じるこの味も、外で運動することを考えるといい塩梅だろう。
さすがは我が家のメイド。細やかな気配りだ。
「あら? そっちは少し甘いの?」
「あれ? エルナ母さん達の紅茶はそうじゃないの?」
試しにエルナ母さんの紅茶を少し貰い、俺のコップを渡して飲ませてみる。
「あ、こっちは普通だ」
「そっちのはいつもより甘いわね……」
エルナ母さんのコップに入っていた紅茶は、屋敷で飲む味そのものだ。砂糖は少ししか入れていないか、入っていないかっていうくらい。
「……こうなるとサーラの気配りか、ミーナが砂糖の分量を間違ったのかという可能性が出てくる」
「あはは。でも、敢えて大人用と子供用とで二種類の味を作ったのかもしれないよ?」
「あるいはミーナがやらかして、サーラがそれらしい辻褄合わせをしたのかも!」
「それもあり得るね!」
などと姉弟で推測をしてみて俺達は笑う。
別に飲めない甘さではないし、これもこれでアリなので文句などない。むしろ、用意してくれた事に感謝だ。
「どれもあり得るけど、二種類の味が楽しめていいものだね」
「そうね。今飲むには少し甘いけど、滑り終えた後なら私にもちょうどいいかも」
ノルド父さんとエルナ母さんも、そんな風に微笑みながら紅茶を飲んでいた。
温かな紅茶が口内だけでなく、体内からじんわりと温めてくれる。
屋敷でぬくぬくとした場所の紅茶も美味しいけど、寒い外で飲む温かな紅茶も美味しいものだね。
雪に覆われた銀世界を静かに眺めながらそう思った。




