家族でスキーに
エルマンの工房でスキーの注文をした三日後。ノルド父さんとエルナ母さんの分のスキー板などが屋敷に届いた。
「これで山に行けるわね!」
これに一番喜んでいたのはエリノラ姉さんだ。少し前からずっと山で思いっきり滑りたいと言っていた。
お陰で早朝からとてもテンションが高い。
「そうだね。これから近くの山に行ってみようか」
「ええ、行きましょう」
すっかりとスキーにはまったらしく、ノルド父さんとエルナ母さんも実に乗り気だ。
今日は特にやるべき仕事もないようだ。
「……うーん、さすがに山を滑るのは今の僕じゃ難しいかな」
三人が行く気満々の中、シルヴィオ兄さんが微妙な表情を浮かべて言う。
「大丈夫よ! シャーッと滑ってブレーキかけてれば何とかなるわ!」
「いや、山を滑り降りるとなると中々慣れていないとダメだと思うんだけど……」
根拠のあるようなないような言葉を投げかけるエリノラ姉さんの言葉に、シルヴィオ兄さんが苦笑する。
ちょっとした遊び場や傾斜ならそれでも大丈夫だが、山で長距離を滑り降りるとなると話は別だ。
エリノラ姉さんやノルド父さん、エルナ母さんは運動神経の塊であるが、俺とシルヴィオ兄さんは普通だ。
俺は前世で嗜んでいたので滑れるが、シルヴィオ兄さんは始めたばかりの初心者だ。いきなり山滑りはハードルが高すぎる。
「僕も行きたいんだけど自信がないよ……」
「じゃあ、皆で行くのはシルヴィオが上手くなってからにしようか」
「それもそうね。もし、今年は無理でも来年に行けばいい話よ」
シルヴィオ兄さんだけが行けないというのは可哀想だ。家族皆で行くことに意味があるので、全員が行けないのなら無理に行く必要はない。
ノルド父さんとエルナ母さんは、そのように余裕のある判断をしている。
何となく本日の家族スキーは中止の気配が漂っている。
それに対してエリノラ姉さんは若干残念そうだ。
身体を動かすことの大好きなエリノラ姉さんは、今すぐに行きたくてたまらないのだろうな。
そして、そんなエリノラ姉さんの気持ちにシルヴィオ兄さんは気付いている。
申し訳なさそうにしながら何かを口にしようとする。
……ちょっと待て。この先の展開が読めるぞ。
『僕のせいで皆が行けなくなるのは申し訳ないから、せめて姉さんはアルと一緒に行ってきなよ』
『しょうがないわね。早く上手くなりなさいよシルヴィオ。じゃあ、アル。今日はあたしと二人で行くわ
よ』
↓
エリノラ姉さんと二人っきりで一日スキーに付き合わされてへとへとになる。
……ヤバい。そんな未来が簡単に想像できてしまう。そうなれば、一番に割を食ってしまうのはどう考えても俺だ。
体力お化けのエリノラ姉さんが、一回の滑り降りで満足できるはずがない。
様々な要望に応えて一人で一日サポートするのは荷が重すぎる。その未来だけは何としても阻止しなければならない。
「大丈夫だよ、シルヴィオ兄さん! 自信がなくても俺がしっかり付いていてサポートしてあげるから!」
「アル……?」
「もし変な方向に滑っちゃったり、転びそうになったり、スピードが出過ぎたとしても俺のサイキックを使えば安定させてあげるよ」
「練習中もアルの魔法でサポートを受けていたわね! それがあれば、シルヴィオでも安全だわ!」
エリノラ姉さんとの二人っきりを避けたい俺。
今すぐに山に滑りに行きたいエリノラ姉さん。
考えていることがまるっきり違う俺達であるが、今この瞬間。シルヴィオ兄さんを説得してスキーに行くという目論みで利害が一致していた。
「確かにそれならシルヴィオでも滑れるし安全だね。どうする、シルヴィオ?」
「アルがそこまでしてくれるなら、僕も皆とスキーに行きたい!」
俺のサポートを心強く思ってくれたのか、シルヴィオ兄さんが力強く宣言した。
「それなら今日は、予定通り山でスキーね」
「やったー!」
今日の家族の方針がしっかりと纏まり、エリノラ姉さんが喜びの声を上げた。
そんな中シルヴィオ兄さんが実に感動した様子で話しかけてくる。
「僕のためにそこまでしてくれるなんて優しいよ。本当にありがとう、アル」
「うん。俺も皆でスキーに行きたいからね」
だって、そうしないと俺がエリノラ姉さんと二人っきりになっちゃう。
俺一人が苦労しないためにも、家族皆でスキーに行くことは必須条件なんだ。
だから、シルヴィオ兄さん。そんな純粋な瞳で俺を見つめないでほしい。心が痛む。
◆
家族でスキーにいけることになった俺達は、早速着替えて外に出ていた。
ノルド父さんは爽やかな青のジャケットに黒ズボン。エルナ母さんは山吹色に黄緑色のズボン。
スタイルのいい二人が冬のウェアを着ていると、まるでファッションモデルのようだ。広告に『この冬おすすめのスキーウェア!』と書かれて二人がイメージ写真に載っていてもおかしくはない。
「……地味にエルナ母さんがズボンを穿いているところを見るのは初めてかも」
「あ! 確かに!」
「そうだったかしら? なんだかそう言われると少し恥ずかしいわね」
ズボンを穿いている姿を見られるのは照れくさいのか、エルナ母さんがモジモジする。
そんな姿も似合ってしまうのがエルナ母さんの若さだろうな。
今日はいつもよりも姿が新鮮だ。
エリノラ姉さんは赤いジャケットに黒ズボンという、また自身の髪色にあったものを着こんでおり実にスノボができそうな気配を出している。実際、かなりできるんだけどね。
シルヴィオ兄さんは緑のジャケットに青めの黒ズボンというセットで、これまた子供モデル顔負けの仕上がりになっていた。
そして、俺はというと茶色のジャケットに黒ズボンだった。
「うん、アルは相変わらず地味な色が似合うわね。結構、難しい色合いなのだけど、やっぱり私の目は間違ってなかったわ」
「……もうちょっと渋いとか表現を変えてよ」
自分でも思っていたことをエルナ母さんに言われてしまった。
着る人が間違えれば、全然似合う事のない色合いなんだけど俺にはぴったりとハマっていた。
どうせなら俺も皆みたいな鮮やかな色合いの服を着てみたかった。まあ、そこまで拘りもないし、似合っているからいいんだけどね。
「というか、この服の生地って耐水性だよね? よくこんなもの持っていたね?」
俺たちが着ている服装は水を弾く耐水性のもの。
まるでレインコートのようにツルツルで触り心地がよかった。
「こんなこともあろうかと買っておいたのよね」
そういえば、一昨日くらいにトリエラ商会がきていたな。その時にエルナ母さんが買っておいたんだろう。
「帽子とゴーグルもあるからつけておきなさい」
「帽子はともかくゴーグルまで……」
エルナ母さんの差し出してきた装備に戦慄する。準備が良すぎだ。
別に来年でもいいとか言っていたが、エルナ母さん実は相当楽しみにしていたんだろうな。
とりあえず、言われた通りに俺とシルヴィオ兄さんは帽子をかぶり、ゴーグルも調節してつける。
さすがに前世の物のように軽くてクリアに見えるとは言い難いが、これなら雪や風から目を守ってくれることだろう。
「あたしはどっちもいらないわ」
俺達が装着する中、エリノラ姉さんが元気な小学生男子みたいなことを言う。
「エリノラはマフラーもつけてないじゃない。せめて、帽子とゴーグルはつけなさい。山に行ったら、ここよりももっと寒いのよ?」
「だって、帽子被ったら髪の邪魔になるんだもん」
「だったら、髪を下ろせばいいじゃないの」
エルナ母さんによって髪を解かれて帽子とゴーグルを瞬く間に装着させられるエリノラ姉さん。
姉弟の中で年上だけど、こういうところで一番手がかかるのがエリノラ姉さんだった。
まあ、そういうところが微笑ましい。世話をしているエルナ母さんや見ているノルド父さんも穏やかに笑っている。
装着させられた本人は不満そうで、鬱憤を晴らすようにゴーグルをずらして首にかけているけどね。




