切り札
コミック五巻発売中です!
よろしくお願いします。
「それじゃあ、ニコルもやってみようか!」
「はい!」
ニコルの分のソリも作り、新しく連れてきた二匹の犬も繋ぐと準備は完了だ。
「よし、走れ!」
座ったニコルが命令すると、二匹の犬が走り出してソリが進んでいく。
「お、おおおお! 速い! 速いぞ!」
初めてソリを体験することとなったニコルが興奮した声を上げる。
すごく楽しそうだ。
元々体格がいい上に猟犬だからか、成人男性であるニコルが乗ろうとも犬達はへっちゃらだ。猛スピードで雪をかき分けて、ソリを引きずっていく。
遠目から眺めていても結構速いな。
「ふむ、大人が乗ってもあれほどのスピードが出るのか」
「犬の数を増やして、ソリを大きくすれば簡単な荷物も運べそうね」
ノルド父さんとエルナ母さんは、犬ゾリを見て感想を漏らしていた。
冬の間の交通手段として真面目に考えているのかもしれない。
「そういう場合はこういう形のソリならいいかな」
二人の呟きを聞いて、俺はバスケット型のソリを土魔法で作り上げる。
犬ゾリと聞くと、人が後ろに立っていて指示をして……こんな形のソリを思い浮かべる人も多いのではないだろうか。
「でも、人が乗ったらあまり物を置けなくないかい?」
「人は後ろに伸びている接地面に立って乗ればいいよ」
「なるほど」
一度スキーを経験しているので、そこに立つことに違和感もないようだ。
「あと、犬が増えれば増えるほど指示を出すのも難しいし、距離に合わせて犬種を選ばないといけないと思うよ」
「確かに。短距離は速いけど、長距離を走るのは苦手って犬もいるものね」
「……すぐに導入するのは難しいかもしれないけど、来年に向けてチャレンジしてもいいかもしれない」
おお、ノルド父さんが結構本気で導入を検討している。
冬の間でも移動が便利になるのは村人にとってもいいことだ。転移魔法があるから俺には必要ってことではないが、気軽に犬ゾリを楽しめる環境になってくれると嬉しい。
「ワンワン!」
なんて風に話し合っていると、ソリに乗っていたニコルが戻ってきた。
犬が猛スピードでやってきて、ニコルの声を合図にゆっくりと止まる。
「どうだった?」
「控えめに言って最高でした!」
ソリから降りてそう言うニコルの表情は、それはもう楽しそうだった。
走り終わって待機している二匹の犬も、全力疾走して「はっはっは」と息を荒げているが、どことなく達成感に満ちている気がする。
「ねえ、私達も乗ってみてもいいかしら?」
「あ、はい! どうぞ!」
領主の妻であるエルナ母さんにそう言われてニコルが断れるはずもない。
増してやエルナ母さんは美人だ。初心な青年であるニコルは顔を赤くして素直にソリを譲った。
「アルの作ったこのソリなら二人でも乗れるのよね?」
「うん、そうだよ」
相変わらずこの夫婦はラブラブだ。昨日、スキーでいちゃついてからラブラブ度がさらに上がったような気がする。
「僕が後ろに回ろう」
「じゃあ、私は――」
ノルド父さんが後ろのランナーに立ち、エルナ母さんも移動するがピタリと足を止めた。
「……ねえ、アル。私はどこに乗ればいいの?」
「ええ? 前の荷台に座ればいいじゃん?」
何を当たり前のことを言っているのだろうか。
「嫌よ。そんな荷物みたいな扱いは。美しくないじゃない」
荷台にちょこんと三角座りをするエルナ母さんを想像してみた。
確かにあんまり美しい光景じゃないな。まるで台車の上で遊んでいる子供のようだ。
子供である俺なら微笑ましいが、淑女であるエルナ母さんがやるには恥ずかしい。
「じゃあ、別々に乗れば――」
「何とかならない?」
「…………」
一番手っ取り早い解決策を提案したにも関わらず、ねじ伏せてくるエルナ母さん。
一人用のソリが二つあるんだし、それぞれが一人で乗ればいいじゃないか。
なんて思うが、二人で一緒に乗って楽しみたいんだろうな。
エルナ母さんの無茶に応えるために、俺はソリのランナー部分を太く長くしてあげる。
そして、待機していたラグも二人用のソリに繋いであげた。
「これでここに二人で立てるんじゃない? かなり密接するけど、馬の二人乗りみたいな感じで前の人に腕を回せばいいでしょ」
「アル、あなたは天才ね」
この構造がかなりお気に召したのかエルナ母さんが満面の笑みで頭を撫でてくる。
この世界に生まれて一番褒められたような気がする。二人乗りという要望に応えつつ、二人のイチャイチャという部分も叶えてみせた。
正直、思いついた俺自身も天才だと思ってしまったほどだ。
「それじゃあ、僕が前に」
「私が後ろね」
ノルド父さんが前に立ち、エルナ母さんが後ろから抱き着くようにして乗った。
エルナ母さんの要望を満たすことはできたけど、第三者的に眺めてみると結構滑稽だな。
まあ、本人が満足しているようだし、恒久的に乗るわけではないので気にしないことにしよう。
「よーし、それじゃあ――」
「あっ、待って!」
ニコルが合図しようとしたが、俺はその直前にある問題を思い出した。
「どうしたのよ?」
出発を止められて、エルナ母さんが若干不満そうにする。
しかし、それに構っている場合ではない。
「ニコル、ラグと他の犬を合わせた総体重を教えてくれる?」
「えっと‥‥大体九十後半だと思います」
若干計算が苦手そうな気がするが、それぞれの個体の体重は大体三十過ぎなのだろう。
それが三匹で大体九十後半。ソリの重さを十キロと仮定すると百キロ程度の体重になる。
ノルド父さんの体重を七十くらいだと仮定してと、エルナ母さんの体重が三十に収まるわけが――
「アル? 何か変なこと考えてないかしら?」
「か、考えてないですよ!?」
別に口に出していないのに、エルナ母さんから勘の鋭い言葉がかかる。
一瞬だけ周りの空気が五度くらい下がったような気がした。
と、とにかく、現実的な問題でラグ達がソリを引くのは無理だ。
しかし、エルナ母さんが乗っている手前、体重が原因で二人乗りは無理だなんて言えるはずがない。それは一番の禁忌だ。言ったらどんな目に遭うかわからない。
「ちょっとロープのチェックをするね!」
俺はそう説明しつつ、ラグ達に近付く。
そして、ロープの調子を確認するフリをして無魔法と水魔法の複合魔法である身体強化付与を使う。
「ワン!?」
こうすれば、ラグ達の身体が魔力で強化され、身体強化を使ったような状態になるのだ。
その人の魔力総量や肉体強度によって発揮できる効果は変動するが、三匹合わせて足りない二十キロ程度なら補えるはず。
「ワンワンワン!」
身体を強化されて力がみなぎったのか、ラグ達が興奮したように吠える。
エリノラ姉さんを何とか複数人でボコすための切り札だったのだけれど、それ以上に今が使い時だと本能が叫んでいた。
雪合戦でどうしてトールやアスモに使わなかったって? 一をどれだけ強化しようが、大した数字にならないからである。
カグラの枕投げでもルンバを相手に使うか迷ったが、そこまですれば本当に収集が付かなくなる気がしたから自重したのだ。
とにかく、これで二人とソリを引っ張ることができるはずだ。
「問題ないよ!」
「そうですか。じゃあ、この辺りをぐるっと回って戻ってこい!」
「ワンワン!」
ニコルがそう命令をすると、ノルド父さんとエルナ母さんを乗せたソリが無事に滑っていった。
楽しそうな声を上げるエルナ母さんとノルド父さんの声を聞いて、俺は心の底からホッとする。
これで進むことができなければ、重量オーバーと無慈悲に宣告せざるを得なかった。
「うん? 二人が乗っているのに一人の時よりも速い? それにラグ達がいつもより興奮しているよう
な?」
「き、気のせいだよ」
とりあえず、ラグ達に大きな負担がかからないように早めに切り上げてもらおう。
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