それぞれのセンス
「あんた達、なにやってんのよ?」
醜く取っ組み合っているトールとアスモを見下ろしていると、誰かが声をかけてきた。
聞き覚えのある声に振り向いてみると、エリノラ姉さん、エマお姉様、シーラがいた。
三人とも防寒具を身に纏っている。
エリノラ姉さんは去年と同じように動きやすさを重視したスタイルで若干太ももが見えている。寒くないのだろうか?
エマお姉様はケープなどを重ね着しており、パッと見るとお嬢様にように見える。
冬の重ね着って肌の露出はないはずなんだけど、大人っぽさを感じさせるよね。
一方、シーラは寒がりなのか一番防寒具を着込んでいる。重ね着もたくさんしているし、耳当てや毛皮の帽子もしっかりと被っていた。
なんだかモコモコとした動物みたいで、別の意味の可愛らしさをしていた。
「ちょっと傾斜を作って滑っているだけだよ」
「ふーん。その板の上に乗って滑るわけ?」
エリノラ姉さんがこちらにやってきて、俺の乗っているスノボをじろじろと眺める。
言うまでもなく興味を示しているのだろうな。
「あれ~? この辺りってこんなに起伏の大きい場所だったっけ~?」
「傾斜を作るために魔法で大きくしたんだ」
「魔法でこんなにあっさり地形を変えられるんですね……」
シーラの問いに答えると、エマお姉様がちょっと苦笑いしていた。
ただ雪を積もらせただけなので簡単だった。土魔法で地形を変えようとしたらもう少し大変だろう。
とはいえ、魔力量の増えて制御能力も上がった今では大した負担ではないけど。
傾斜先にいるトールとアスモをサイキックでこちらに引き寄せる。
「エリノラ様! うげっ、姉ちゃん!」
「うげっとはなによ」
エリノラ姉さんの顔を見たトールはすぐに顔を輝かせるが、エマお姉様を見ると顔をしかめた。普通は逆だと思うのだが。
「あっ、姉ちゃん」
「なんか楽しそうな声がしたからきちゃった~」
一方、アスモとシーラは仲がいいのか非常に良好だ。
傍から見たら恋人の待ち合わせを思わせるようなやり取りだな。
「ねえ、試しに滑ってみせてよ」
「いいよ」
ちょっとパン買ってこいみたいなノリで頼まれたので、弟である俺はそれに応えるほかない。
俺は素直に傾斜からスノボで滑り降りることにした。
ただ、真っすぐに滑り降りるだけではつまらないので、左右にターンを決めながら進んでみる。
ジャイサールの砂漠よりもやはり滑りやすいな。砂の上を滑るのと、雪の上を滑る感覚はまったく別物。
気分が良くなった俺は三百六十度板を回すグラトリを決めて滑り降りた。
「なんだあれ!? 板が回ったぜ!?」
滑りを終えてサイキックで浮遊して戻ると、トールがキラキラとした表情をしていた。
「ちょっとした魅せ技だよ」
「やべえ、滑っている時だけ若干アルがカッコよく見せたぜ。今はそうでもないけど」
「うん、いつも通り目が死んでる」
「目が死んでるね~」
「皆、殴ってもいい?」
もうちょっと普通にグラトリを褒めてくれてもいいんじゃないだろうか。あれってかなり難しい部類の技なんだけど。
「なあ、今の板を回すやつ俺にも教えてくれよ!」
「真っすぐ滑ることもできないトールには無理だよ。せめて、普通に滑れるようになってから」
初心者が挑戦するには難易度が高すぎる。マヤくらい運動神経がよかったら可能かもしれないけどね。
今度、ジャイサールで出会ったら、ジャンプ技とか教えに行ってもいいかもしれないな。
「意外と面白そうね。あたしにもやらせてよ」
「私もやってみたいです」
「私も~」
エリノラ姉さんに続き、エマお姉様やシーラもやってみたいと言ってきた。
冬になると身体を動かすことのできる遊びが減ってしまうからな。何かと刺激が欲しいみたいだ。
「いいよ。俺とトールの使っているスノボか、アスモの使っているスキーかどっちがいい?」
「あたしはスノボ」
「私はスキーで」
「私もエマと同じで~」
「わかった」
エリノラ姉さん用にスノボを作り、エマお姉様とシーラ用にスキーを作ってあげる。
それぞれの部分に足を置いてもらって土魔法で固定させた。
そして、先ほどと同じようにスノボとスキーの簡単な滑り方を教える。
「ふーん、大体わかったわ」
ブレーキのかけながらゆっくり滑る方法を教えていると、エリノラ姉さんはそう言って滑り出した。
しっかりと重心でバランスを取り、まだ教えてもいないターンまでやってみせた。
「うわっ、すげえ! エリノラ様、もう滑れてる!」
これには同じボード乗りのトールも驚いて目を剥いている。
トールも経験したからこそ、これをすぐに乗りこなすエリノラ姉さんの凄さがわかるのだろうな。
「相変わらず身体を動かすことは得意だね」
「要はバランスと体重移動でしょ? 慣れればそんなに難しくないじゃない」
言葉にすればそうだけど、普通の人からすればそれが難しいんだって。
「エリノラ様はすごいですね。私達は立つことで精いっぱいなのに……」
「アスモってば、よくこんな板の上で立っていられるね。このまま滑っていきそうで怖いんだけど~」
エマお姉様とシーラは少し恐怖感があるのかへっぴり腰になっており苦戦しているようだ。
「アルの言った通り、しっかりハの字にしていれば勝手に進むことはないよ」
「あ、本当だ~」
「でも、意外と速い!」
しかし、あちらにはアスモが付いているので、ブレーキを踏みながら滑ることができている。
あっちの方が和やかでちょっと楽しそう。
「ねえ、アル。これ、どうやって戻るわけ? 足が固定されてて動けないんだけど?」
「ああ、俺が魔法で持ち上げて運ぶよ」
傾斜の下まで滑り降りてしまったエリノラ姉さんのボードにサイキックをかけて、こちらに引き寄せる。
「いちいちアルの魔法で引き寄せていたら面倒じゃない?」
うん、それは人数が増えるにつれて思ったことだ。
俺もいちいち魔法を使うのは面倒だし、エリノラ姉さんも歩けるなら自分のタイミングで戻って歩きたいだろう。
「固定するために土魔法を使ってるからね。本当は取り外しできるような固定具をつけるのが一番だけど急増品だから。今はこれで我慢して」
「わかったわ。なら、帰りにエルマンのところに寄って作ってもらいましょう」
「そうだね。それが一番いいよ」
最近はキックターゲットの製造もひと段落ついて、それなりに落ち着いているはずだしエルマンならやってくれるだろう。
そうすれば、取り外しのできるスノボを各自で持てて楽になるな。
「このスノボってやつ、中々面白くていいわねっ!」
エリノラ姉さんは不敵な笑みを浮かべると、その場ジャンプで勢いをつけて、そのまま斜面を滑っていく。
スノボの爽快感とスピード感にすっかりとハマってしまったようだ。
滑りながら重心を移動させて左右にターンをしながら斜面を滑り降りていく。
「ふべっ!」
エリノラ姉さんの滑る先ではトールが転んでしまいルートが塞がれてしまう。
事故が起きないように魔法で止めようとしたが、エリノラ姉さんは難なくトールを避けて降りていった。
「トール、大丈夫か?」
「……エリノラ様にすげえ邪魔者を見るような視線を向けられた気がするぜ」
心配になって滑り降りて尋ねると、トールがどこか呆然と呟く。
「まあ、実質邪魔者だったわけだしね」
スキー、スノボの上級者あるあるだ。奴等は転倒しまくっているのが友人であろうとコースを阻もうなら邪魔者を見るような視線を向けるのだ。
上手い人は容赦がないのがこの世界。サッカー部が体育のサッカーの授業ですごい本気のプレーで無双をするかの如きだ。
「ああいうエリノラ様もカッコいいな……」
これにはトールの恋も冷めたかと思ったが、そんなことはなかった。
悪友が変な趣味に目覚めてしまわないかちょっと心配だな。
「アスモ、やっぱり私たちにこの斜面は早くない?」
「そうだよ~。もうちょっと経験を積んでからの方が――」
「えいっ」
斜面の上を見上げるとエマお姉様とシーラが後ろからアスモにストックで押されていた。
エマお姉様とシーラが斜面を滑り降りていく。
後ろで笑っているアスモの黒い笑みを見ると、間違いなく確信犯だ。
「アスモやったわね!? うわうわうわ! 速い速い!」
「ひゃあああああ、止まって止まって!」
二人はそんな悲鳴を上げながら、俺達から少し離れた場所で弾丸直下滑りを披露していた。
「うわっ、すげえスピ―ドだな。姉ちゃん達」
「スキーは直線だとかなり速度が出るからね」
多分、速度だけで比べるならスキーの方が速いはずだ。
「「どうすればいいのー!?」」
「ハの字でブレーキを踏むか、そのままバランスをとって滑りきって!」
もうそうなってしまったらバランスを保ったまま滑りきるか、ブレーキして減速するしかない。
「「無理無理ーッ!」」
必死に対処法を教えるが、二人はそんな悲鳴を上げて最終的に転んだ。
アスモとのレクチャーのお陰で転び方は学んでいたらしく、下手な転び方をしていないのが幸いだった。
「アスモ、ちょっとこっちにおいで~?」
「私達とお話しましょう?」
むくりと起き上がったシーラとエマお姉様が黒い笑みを浮かべながらそう言う。
「そう言われて行くバカはいないよ」
しかし、アスモは自分の優位を確信しているのか恐れることはない。
「……おい、アル。あいつの余裕のある笑みを崩したくないか?」
「うん、ちょうど俺もそう思ったところ」
何だかんだアスモにはしてやられていることが多いからな。たまにはあいつも痛い目を見てもいいと思う。
「土魔法、解除」
カッコつけて指を鳴らして、シーラとエマお姉様の固定部を解除してやる。
すると、あら不思議。二人が自由に歩けるではありませんか。
「さすがアルフリート様は話がわかる~」
「ありがとうござます! これでアスモを捕まえられる!」
「おい、アル! ちゃんと獣は檻に繋いでおかないとダメでしょ!?」
自由になった復讐者を見て、余裕の笑みを浮かべていたアスモが焦る。
「ハハハ、お前のその顔を見たかったんだよ!」
「ああー、どうやら魔法が緩かったみたいだなー」
「このクズ野郎ッ!」
トールが笑い、俺がすっとぼけてみせるとアスモが汚い言葉を吐く。
「待て~、アスモ~!」
「今、行くからね!」
「ひ、ひいい!」
斜面をシーラとエマお姉様が駆け上がってくる。
自由な二人に対して、アスモはスキーだ。逃げ回ることもできない。
アスモは苦し紛れの抵抗として、斜面を滑り降りていくが追い付かれてしまうだろうな。
斜面を滑り降りたアスモが少しでも遠く移動していくのが見える。
しかし、スキー板では満足に歩くこともできない。まるで、肉食獣の狩りを見ているかのようだ。
そんなアスモの無様な様子をトールと俺は見世物でも見るかのように楽しんで笑う。
「アル、魔法で運んで」
「ほーい、わかった」
そして、エリノラ姉さんはストイックに滑り続けた。
外に出るのは寒いけど、こんな風に皆で遊べるのなら悪くはないかな。




