砂丘滑り
砂に足をとられ、子供達に笑われながらも俺は砂丘を上った。
地味にきつい傾斜を上ると、そこには延々と続く砂丘地帯が広がっている。
ただそれだけだがここまで規模が大きくなると清々しいな。
吹き付ける風がサラサラの砂を運び、一秒一秒で姿を変えているのがわかった。
それは一時も同じ姿をすることのない炎と同じで、ボーっと見ているだけで楽しいな。
「『我は求める 大地よ 意のままに凝固せよ』」
砂丘の上から砂漠を眺めていると、不意に詠唱の声が聞こえた。
振り返ってみると、近くで遊んでいた少女が土魔法で板を作っていた。
少女の魔法は発動が割とスムーズで複数生成されたものの形はしっかりと統一されていた。
少女は作り出した板を子供達に配っていく。
子供はそれを受け取ると、地面に置いてその上にうつ伏せになりはじめた。
子供達のやろうとしている遊びらしきものが気になった俺は、近付いて尋ねる。
「なにしてるの?」
「砂丘滑りだよ。砂丘の上から滑って遊ぶの」
少女はそう言うと、板の上で寝そべっている子供の身体を後ろから押した。
「うひょー!」
突然の不意打ちに子供は悲鳴を上げることなく、嬉しそうな声を上げて砂丘を滑り降りていった。
「なるほど、傾斜を利用した遊びだね」
「そうそう。やってみる? 押してあげるよ」
少女が抱えていた板を差し出して言ってくる。
前世の子供の頃、土手を段ボールで滑る遊びをやったことはあるが、さすがに砂丘でやった経験はない。
せっかく厚意で提案してくれているのだ。ここはやるしかないだろう。楽しそうだし。
「じゃあ、せっかくだからお願い」
受け取った板を地面に敷いた俺は、その上にうつ伏せになる。
「こうして砂丘の上でうつ伏せになってみると意外と角度があるね」
「あはは、ここは他の場所より緩やかな方だよっと!」
「そうなんだ。他の場所の方が――って、ええええええええ!」
ひっでえ! 会話の途中だというのに、少女はなんの合図も無しに俺の身体を押しやがった。
少女の無邪気な笑い声が一瞬聞こえたが、すぐにそれは置き去りとなって俺は傾斜を猛スピードで滑る。
スキーよりスピードは少し遅いだろうが、うつ伏せの状態で滑ってみると中々に迫力があって体感的はもっと速いように思える。
とりあえず、俺は体勢を崩さないように無我夢中で板に掴まり、砂丘の下まで滑り降りた。
長いようで一瞬の体験だ。
「ちゃんと滑りきれたね! ボーッとした顔の割にいいバランス感覚してるじゃん!」
しばらく板の上でうつ伏せになっていると、砂丘の上にいる少女が楽しそうに言った。
ボーッとした顔の割にというキーワードは不必要だと思う。
いきなりの悪戯に文句を言ってやりたいが、遠くから叫ぶのも面倒なので戻ってから言う事にした。
とりあえず、立ち上がって砂丘を上る。
が、この見上げるような傾斜を徒歩で進んでいくのが面倒くさい。
他の子供は有り余る体力と無邪気さを見せて、滑っては走るようにして傾斜を上っていく。
身体こそ若くなっている俺であるが、あのように何度も傾斜を往復するような若い精神は持ち合わせていなかった。
俺は板の上に乗っかってサイキックを発動。
板に身体を持ち上げられた俺は、そのまま浮遊して砂丘の上まで昇っていく。
これなら何度滑ろうが、楽に頂上まで上れるので楽だな。
「うえええ、なんか浮いてる!」
「すげえ!」
横を通り過ぎる俺を見て、小さな子供達がはしゃいでいた。
ふふ、遊ぶなら効率よく遊ばないとな。
頂上まで浮いてやってくると、先程の少女が目を丸くしていた。
「ねえ、それどうやってるの?」
無言で押してくれたことについて文句を言ってやろうと思ったが、少女の純粋な疑問を前にして霧散した。
まあ、別に楽しかったからいいや。
「サイキックっていう無属性魔法で板を持ち上げて、その上に乗っているだけだよ」
「あー、無属性かー。残念だけどあたしには適性がないや」
その辺にいる子供が普通に魔法を使う事に驚いたが、ナターシャがラズール人は比較的土魔法が得意だと言っていたな。
これだけ砂しかなければ死に物狂いでそれを利用しようとするだろうな。
土魔法さえ使えたら家だって作れるわけだし。
「ねえねえ、今度はもうちょっと傾斜がきついところに行かない?」
「……俺を誘うその心は?」
「君がいると傾斜を上るのが楽そう」
無邪気な笑みを浮かべながらサラリと計算高いこと言ってくる少女。
ここまで堂々と言われると、いっそのこと清々しい。
「素直でよろしい。まあ、俺ももうちょっと滑りたいと思っていたからいいよ」
「やったー!」
承諾すると、少女は喜びを露わにして跳ねた。
うん、こういうところを見るとこの少女も相応に子供だ。
「ところで、君の名前は?」
微笑ましく思っていると、ふと思い出したかのように少女が尋ねてくる。
「アルフリート。長かったらアルって呼んで」
「わかった! あたしの名前はマヤ! よろしくね、アル!」
どうやら俺は少女こと、マヤの砂丘滑りの仲間として認められたようだ。
「で、どこの砂丘を滑るの?」
「あっち」
マヤの指さした方を見ると、少し離れた場所にひと際高い砂丘がある。
砂丘の傾斜がえげつない上に、そこまでの道のりが遠い。
俺は迷うことなく魔法での移動を決意した。
「とりあえず、板の上に乗って」
「うん」
マヤが板の上に乗ると、サイキックをかけて浮かせてやる。
「わわっ!」
突然の浮遊感にマヤは驚きの声を上げた。
その可愛らしい反応に思わずクスリと笑ってしまう。
本来なら優しく浮かせるタイミングを教えるものでありが、マヤには先程意地悪をされたからな。仕返しという奴だ。
「……アルっていい性格してるよね」
「お褒めに預かり光栄です」
皮肉をサラッと流すと、マヤは不満そうに唇を尖らせた。
◆
サイキックで浮遊して移動した俺達は、ひと際高い砂丘へとやってきていた。
マヤがオススメする傾斜地だけあって、砂丘の高さはかなりのものだ。
先程の場所よりも断然に角度が急だし、長さも二倍以上ある。
滑ればスリルを味わえるだろうが、もう一度頂上まで昇ることを考えると億劫になるな。
マヤが俺の魔法を目当てに誘ってくる理由がわかる。
「じゃあ、ここから滑るから身体を押して」
早速板の上でうつ伏せになるマヤ。
「別に手で押さなくてもサイキックを応用すればいけるよ」
「本当? それってもしかして、普通に押すよりも勢いがつく?」
「うん、スピードも出せるよ」
「じゃあ、それでお願い!」
速度が上がると聞いて、途端に目を輝かせるマヤ。
どうやらより大きなスリルを求めているらしい。
「いいけど板からずり落ちた時に危ないよ?」
「大丈夫! ここ柔らかい砂だから!」
「そこまで言うならいいけど怪我だけはしないでね」
怖気づく様子のないマヤを見て、俺はサイキックで板を前に進ませる。
すると、板の上にうつ伏せになっていたマヤは傾斜の勢いをつけてとんでもない速度になった。
砂の起伏でたまにふらつくが、それでも板からずり落ちることなく安定して真っ直ぐに進んでいく。
「うああああああああっ!」
悲鳴ではなく、大変嬉しそうな声を上げるマヤ。
後ろから見ているだけでも速いと思える。きっとうつ伏せで体験しているマヤはそれ以上に速く感じているだろう。
絶叫系のアトラクションとか好きなタイプだな。普通あれだけ速度が出たらビビるだろうに。
そう思いながら見下ろしているとマヤは遂に下までたどり着いた。
「アル! これ最高! 今までで一番速く滑れた!」
サイキックによる助走つき傾斜滑りは大変気に入ったのか、マヤの表情はとてもいい笑顔だった。
「アル、滑ってみなよ!」
マヤにそう言われて俺もやってみる。
ただ、強く助走をつけたらバランスがとれる気がしないので、程よいサイキックの助走で滑り降りてみた。
「お、おお!」
それでも急な傾斜で予想以上の加速がついて、あっという間に速度が増した。
さっきよりもかなり速く、耳元でヒュゴオオと風が過ぎ去る音が聞こえる。
予想以上に砂の起伏が激しくて板から落ちそうになるが、何とか重心でバランスを制御。
そのまま砂丘の下まで滑り降りた。
「どうどう? これすごくない!?」
「ちょっと怖かったけど、中々に爽快だね」
こういうアクティビティは久しくやっていなかったので、ガラにもなく興奮した。
「でしょ!? もっと滑りたいから魔法で上ろう!」
「わかった」
俺はそれぞれの板にサイキックをかけて、再び砂丘の頂上まで上っていくのだった。




