砂漠を歩くのは難しい
ラッシージュースをお供にして何とかスープ料理を完食した俺。
他にも露店を見て回ったが、ジャイサールは主食がパンで、それに香辛料を使ったスープや炒めた肉をおかずとして食べるようだ。
中にはパンに香辛料やオリーブオイルをふんだんにつけて食べる猛者もいた。
多分、俺だったら辛さに耐えきれずに呑み込むことができないだろうな。
今の俺のレベルでは何を食べるにしろラッシージュースが手放せない状態だった。
ひとまず、お腹が膨れると喧騒から離れるようにして中心部に向かう。
ジャイサールは水源地が中心となって出来上がった街だ。その街の要であるオアシスを見ておきたいと思った。
やたらと水はいらないかと声をかけられながらも受け流して、俺は中心部にやってきた。
目の前にあるのは大きな水源。
こうやって眺めていると街中に普通に貯水池があるように見えるが、遠くの景色をみてみると紛れもなく砂漠。ここは紛れもなく砂漠の片隅にある街だ。
こうやって見比べていると、こんな砂地しかない場所に綺麗な水が存在していることが奇跡のように思える。
砂漠にはところどころ地下水源があることもあると聞いたが、偶然それが噴き出したか、誰かが掘り出したりしたのだろうか。
渇いた大地にこれだけ豊富な水があるとすごいな。
オアシスの周りはきちんと石畳で整備されており、ベンチも配置されていた。
槍を持った兵士が何人も巡回している。
やはり、街の生命ともいえる水資源なので誰かが悪戯したりしないように見張っているのだろう。
だが、オアシスにそこまで堅苦しい雰囲気はない。
ここにやってきている人々もどこかまったりとしている。
誰もが大切にしている水源だけあって、何かをやらかそうとする者は早々いないのだろう。
まあ、一番大切なものが水といえる街で、水にかかわる粗相をすればどんな仕打ちを受けるかわからないしな。
オアシスの周りを散歩していると、子供達がバケツを持って水をくんでいるのが見える。
兵士はきちんと注視しているが、水辺に勝手に近付いただけで怒ようなことはないよう。
試しに俺も近付いてみる。砂漠地帯なせいか多少の汚れはあるようであるが十分綺麗な方だ。
「ぬるっ……」
試しに手ですくってみると水はぬるかった。お風呂の温度ほどではないが生暖かい。
やはり、これだけ暖かいとそこにある水の温度も高くなるようだ。
特に水を飲むようなことはせずに、ベンチに座ってまったりとする。
コリアット村であれば、それなりの寒さに見舞われているはず。しかし、転移で避寒地にきている俺にはそれを全く感じない。
真冬であるというのに、こうして太陽の暖かさを堪能できるというのはなんと贅沢なことだろう。
ベンチに背中を深く預けてゆったりとしていると、通りの方が騒がしくなった。
周囲を見渡すと、和やかに散歩していた人やベンチに座っていた人達が一目散に走り出すのが見えた。
なんだなんだ? 先程までのんびりとしていた人達が突然走り出すなんてとんでもない事態が起きたんじゃないか?
焦った俺は転移で逃げる準備はしつつも、何事かを確かめるためにベンチから降りて走り出す。
喧騒のある方に寄っていくと、なにやら人々がたくさん集まっており歓声を上げているようだった。
人々の熱狂的な叫びと気温の上昇で何があるのかわからず、俺は適当な屋根上に転移。
屋根上から通りを見下ろすと、そこには浅黒い肌をした屈強な戦士や魔法使いと思える杖を持った女性達が闊歩していた。
列の中心にいるのはカバみたいな生き物で、その背中には大量の物資らしきものが乗っている。
ここらでは名のある冒険者とか傭兵なのだろうか? それとも商隊とか? それにしては人々の反応が大袈裟な気がする。
「あら、小さな旅人さん? すごいところにいるのね」
などと推測していると建物の窓から女性が顔を出してきた。
今の俺は屋根上。家主であれば、どこから上ってきたんだと怒られるところだろうな。
「すみません、ちょっとこの騒ぎが気になりまして」
「ああ、この辺に詳しくないと驚くわよね。下にいる人達は砂漠の運び屋よ。砂漠を横断して、街から街に物資を売り、人を送り届ける戦士達。外からの物資に頼りがちな砂漠の街では、彼らは英雄なの」
ここはオアシスなので水は他所よりも豊富だろうが、それでも日用品や野菜、鉄製品と足りないものはたくさんある。
危険を冒しながらもそれらを運んできてくれる彼等は、町民からすればまさに英雄だな。
彼らが日々物資を売りにきてくれなければ、この街の住人だって生活が干上がってしまうからな。
「なるほど、生半可な冒険者より人気が高そうですね」
「間違いないわね」
ああやってキラキラした瞳で見ている子供達の憧れの職業は、運び屋に違いない。
「ところで、どうやってそこから降りるの?」
しばらく眺めていると、女性がジーっと眺めながら聞いてくる。
適当にボーっとしていれば、先に向こうが飽きて引っ込んでくれるかと思ったが、中々そうはいかない。
俺の身体能力では、こんな高くて梯子や取っ手もないところを降りるのは不可能だ。
転移を使うしかない。
「あっ」
「ん?」
こういう時に使うのは、やはり相手に視線を逸らして転移に限る。
俺は女性が視線を逸らした隙に転移を発動させるのであった。
◆
「おっとと!」
たまたま屋根上で目についた場所はジャイサールの外にある砂漠だった。
転移で着地すると、足がずっぽりと砂にハマってしまう。
最悪だ。今ので靴の中に大量の砂が入ってしまった。
でも、ここまで砂が入ると最早どうでもいい気分だ。
俺が入ってきた入り口の反対側は砂漠地帯。延々と砂漠が続いている。
街の傍の砂漠は比較的安全なのか、子供達がきゃっきゃと遊んでいる姿が見える。
少なくてもこの辺りでは魔物と遭遇する確率は低そうだ。
前世では社畜だったためにロクに海外旅行を経験してはいないので、砂漠を体験するのは初めてだ。
カグラやエリックの領地にあった浜辺の砂と違って、茶色っぽい砂だ。
試しに歩いてみると浜辺とは比べ物にならないくらい砂がまとわりついてくる。
「これ、靴脱いじゃった方がよくない?」
あまりの歩き難さに辟易する。
遊んでいる子供達を見てみれば、皆裸足になって走り回っていた。
どうやら裸足で歩けないほど熱くはなさそう……いや、ラズール人が特別に頑丈な肌を持っているだけで、俺からすれば火傷するような熱さかもしれない。
水魔法を出せる準備をしつつも、おそるおそる地面に手をついてみる。
「暖かいけど別にそれほどでもないな」
太陽の光を浴びて暖かくなっているが、別に火傷するような温度ではない。これなら火傷になる心配もないだろう。
しばらく手をついても大丈夫だったので、俺は靴と靴下を脱いでしまう。
砂漠の砂はとてもサラサラだ。
歩くたびに指の間にサラリと砂が流れてくるのが何ともこそばゆい。
ここまで広いと歩くだけなのは勿体ない気がして、思いっきり走ってみる。
サラサラとした砂が煙のように舞い上がるが、混じりっ気のない砂の上を走るのは中々に爽快だ。
「おおおおお――ふべっ!?」
しかし、走り続けていると柔らかい砂に突っ込んだのか足がとられた。
七歳児故に足が短いので、お尻を付いてしまった。
去年の収穫祭で雪に足をとられて埋もれてしまったアスモのようだ。
「「あはははははは!」」
そんな俺の醜態を見て、遊んでいた子供達が笑い声を上げる。
無邪気な笑い声で悪意はないが、いい歳をしているので中々に恥ずかしい。
俺は自力で脱出して、何事もなかったかのように歩き出してみせるが三歩目でまた同じように足がとられた。
「君、砂漠を歩くの下手!」
三つ編みにした少女が笑いながらそう言って、引き上げてくれる。
女の子なのに意外と力が強い。
「俺と同じ場所に立っているのに、どうして足をとられないの?」
「ぜんぜん違うよ? ここは地面が硬いから」
何を当たり前のことを言っているんだ、とでも言うような純粋な表情で首を傾げられた。
試しに彼女の足元を踏みしめてみると、濡れた浜辺のように砂に硬さがあった。
どうやら埋もれるような柔らかい砂の場所もあれば、このようにしっかりと足がつける場所もあるらしい。
彼女達はそれがきちんとわかっていて、そこを選んで移動しているようだ。
少女いる足元を手で叩き、何となく感触を確かめてみる。
「ふむ……なら、この辺りは大丈夫かな?」
そう言って足を踏み出してみると、やっぱり足をとられて笑われてしまった。
砂漠の歩き方が難しすぎる……。




