買っておいてよかった
水売りに新たなる可能性を見出した俺は、ジャイサールの市場にきていた。
とはいっても、王都のように立派な店が並んだ上品なものではない。簡易的な布テントで作った寄り合い所みたいな感じだ。
でも、日光を遮るだけで意外と涼しく感じられる。
やはり、ここらの太陽光はバカにならない温度なのだろうな。
市場にはたくさんの種類の食材があるわけではない。肉類は豊富にあるようだが野菜の種類が少なかった。
僅かに並んでいる青野菜類は貴重なのか随分と強気な値段だった。
やはり、砂漠地帯だけあって野菜を育てることが難しいのだろう。
とはいえ、まったくないわけではなく乾燥に強い芋類、根類、葉野菜などが存在していた。
そちらは一般的な青野菜と違って値段も優しい。
だが、この街にはそんな野菜の少なさがどうでもいいと思えるような魅力があった。
それは香辛料の豊富さである。
パプリカパウダーのように真っ赤な粉や黒い粉、茶色い粉、殻に包まれた豆っぽいの、なにかの葉を干したもの、青い唐辛子……といった風に何十にも及ぶ香辛料が置かれていた。
あちこちの店を覗けば当然のように置いてあり、店主がブレンドしたものまで多岐に渡って売られてある。
このような数の香辛料はこの世界にきてはじめてだ。
王都で僅かにラズール産の香辛料を売っているのを見たが、あれはほんの一部だったようだ。
「うちの特性香辛料だ。ちょっと食べてみるかい?」
「是非、お願いします」
香辛料を凝視していると、店主が試しに試食させてくれるとのことで俺はしっかり頷いた。
「手を出しな」
素直に手を出すと、店主が瓶に入った特性香辛料を少し出してくれた。
それを舐めてみると、ピリッとしたスパイシーな辛み、そして旨味と苦みが押し寄せてきた。
「これ美味しい」
「だろう? 肉の臭みもとれるし、味にアクセントもつく。野菜に振りかけて食べてもいいし、スープに入れるのも良しだ」
自慢の香辛料が褒められて嬉しいのだろう。店主は得意そうな顔で使い道を教えてくれた。
確かにこの複雑な味わいなら、肉にかけて焼くだけでご馳走になる。というか絶対にご飯に合う。エリノラ姉さんとかエルナ母さんとか喜んで食べそうだ。
香辛料の凄さを甘く見ていた気がする。
「あっ……でも、なんか辛っ!」
最初は別にそう思わなかったのに、後からジワジワと辛さがやってきた。
舌の上が焼けるように辛い。
「辛いか? 誰でも食べやすいように辛みは抑えたつもりなんだがなぁ」
これで誰でも食べやすいってラズール人の味覚はおかしいんじゃないだろうか。
「水ください」
「一杯、銅貨二枚だがいいか?」
コップ一杯で銅貨二枚だなんて冗談じゃない。
辛いものを食べさせて水代を請求するだなんてあくどい商法だ。
「いや、やっぱりいいです」
お金はたくさん持っているが、無駄に高いお金を払ってまで手に入れたいとは思えなかった。
仕方なく背嚢に手を突っ込んで亜空間を開き、水筒を取り出そうとする。
すると、店主がここぞとばかりにいい笑顔を浮かべた。
「ちなみに辛い時はこのラッシージュースがオススメだぞ? 甘くて美味しいし、辛みを抑えてくれる」
「値段は?」
「銅貨四枚だ」
なんだろう、この店主にすごく手玉にとられている気がする。
でも、この辛さから即座に解放されるかつ、美味しい飲み物なのであれば買うしかない。
香辛料の辛さがすごくて舌がヒリヒリするし、汗をかいてきた。
「……買います」
「毎度あり」
店主の実にいい笑顔がムカつくが、今はそれが気にならないくらいラッシージュースとやらが飲みたい。
実際に辛さを抑える効果があるのかは不明だが、今はとにかく甘いものでも入れて味覚を誤魔化したかった。
店主から奪い取るようにコップを受け取ると、白い液体のジュースをコクコクと飲む。
「甘くて爽やか!」
口の中に広がる甘い味。まるでココナッツミルクのように上品で後味が爽やかであった。
それになにより、焼けるようだった辛さがまったく感じなくなった。
まさかここまでピタリとなくなるとは思いもしなかった。
「ラッシージュース、よかったら買っていくかい? 樽で銀貨六枚だ」
「店主の特性香辛料を二つ付けてください。そうすると今後も贔屓にする可能性が上がります」
そう言って金貨で払うと、店主は目を白黒とさせた。
そして、にこりと笑みを浮かべた。
「……ほう、意外と強かじゃないか。いいだろう」
最後の最後でちょっとした仕返しができたようで気分はよかった。
◆
店主にラッシージュースや香辛料を買い込んで、人気のないところで亜空間に収納。
そんなことをしているうちに胃袋が寂しさを訴えだした。
先程香辛料を試食して食欲が増進されているのか、いつもより空腹感が強く感じられる。
露店ではあちこちから香辛料の利いた、香ばしい匂いがしている。
これがまた堪らない。
露店を覗いてみると、様々な香辛料の混ざった肉と根菜のスープが売られてある。
とても食欲のそそられる匂いだ。
「どうだい?」
「辛くないですか?」
「おう、うちのスープは子供でも食べられるように甘くしてあるぜ」
さっきも同じような台詞を聞いた気がするが、辛くないというのなら食べよう。
お兄さんにお金を払って、木製の皿にスープを入れてもらう。
王都の広場のようなベンチはなく、人々は通りの端や家の前の影に座って食べている。
地べたに座るのはちょっと行儀が悪い気がしたが、国が違えば文化も違うので習うことにした。
レンガの段差になっている部分に腰かけて、スープを飲む。
「おお、複雑な味わいだ」
これもまたいくつもの香辛料を組み合わせているのだろう。旨味、甘味、苦味、酸味といったものが渾然となっていた。
口の中で次々と味が変わっていくのが面白い。
「でも、やっぱり辛っ!」
「本当か? ここじゃその程度全然辛い内に入らねえぜ?」
俺の声が聞こえたのか、スープを売っていたお兄さんが振り返りつつ笑った。
周囲にいるラズール人が微笑ましそうにしている辺り、どうやらそれは本当らしい。
さすがに辛すぎて食べられないというほどじゃないが、十分に辛いんだよな。
でも、それを苦に感じないくらいに美味さもある。
スパイシーなスープが肉と根菜と絡んで食べ応えは抜群だ。
「この肉は何だろう?」
スープに入っている四角い肉。
とても弾力があって、今までに食べたことのない味だな。
牛肉っぽい味がしてるけどそこまでジューシーではない。不思議な味だ。
「ああ、それは砂漠ワニの肉だよ」
「あいつらはそこいらにいてここじゃ安いんだ」
木匙の肉を見つめていると、その辺にたむろしているおじさんが教えてくれた。
「へー、そうなんですね」
どうやら砂漠に生息しているワニらしい。他にも砂漠トカゲや砂漠リザードといった砂漠特融の生き物がいて、ここいらにある肉はそれらが主らしい。
砂漠ワニの肉か。道理で食べたことのないはずだ。
面白いのでそれらの肉も買い込んでみることにしよう。
買った香辛料を振りかけて味わってみるのも楽しそうだ。
屋敷で試すとバルトロにどこから買ってきたのかと言われるので、マイホームでこっそりと試すことにしよう。
レンコンのような根菜のシャキシャキ感が楽しい。味はゴボウに近いな。
「ああっ、辛い」
スープを食べ進めていると、遂に耐えきれない辛さになってしまった。
堪らず水筒に移しておいたラッシージュースを口に含むと、焼けるような痛みはなくなった。
「ああ、買っておいてよかった」
俺にはこのスープは辛すぎるがラッシージュースがあれば食べられる。
これでも辛さにはちょっと強い方なのだが、そんなちょっとではラズール人の耐性には敵わないようだな。
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