避寒地
王都から西へと転移した俺は……ひたすら転移し続けていた。
それだけかいと思われるかもしれないが仕方がない。
だって俺がやっていることといえば、ひたすら遠くを見据えて脳にイメージを刻んで転移する。ただそれだけなんだから。
カグラや王都に行く時のような、誰かとの賑やかな会話や出会いなんてものは全くない。
誰にも怪しまれないように転移を繰り返すだけだ。
人が普通に視認できる距離には限界があるので、魔力で視力をより強化して遠くを見据えている。
大体、二、三キロほど遠くまで見えている。
とはいえ、その周囲に何もなければ転移に必要なイメージがしづらいわけで、イメージしやすい場所を探す必要がある。なので、ずっと三キロずつ転移できるわけでもないのだ。
街道に転移した俺は、次に転移する場所を探すべく遠くを見渡す。
だだっ広い街道では印象に残る物が少ないので転移しづらいが、それでも探すしかない。
遠くまでジーッと眺めると、二キロ先に雪を被った荷車が放置されているのが見えた。
何かを輸送している最中に雪が積もったのか、車輪が壊れたのか。
理由はわからないがいい目印だ。
荷車の傍の光景を脳裏に焼きつけて、俺は転移を発動。
すると、俺は雪をかぶった荷車の傍にやってきていた。
よし、二キロほど転移できたな。こういうわかりやすいオブジェクトがあれば、次にやってくるときも転移がしやすいものだ。
転移を成功させた俺は、また次の転移場所を探すべく遠くを見据える。
すると、遥か前方で民家らしきものが見えた。
どうやらあの辺りには小さな村があるようだ。ああいった村があるとこちらも転移しやすい。
村の入り口近くに俺は転移をする。
視界が一瞬で入れ替わると、俺の目の前には簡素な木でできた村の入り口があった。
「……ルーリック村か」
看板を見てみると、そのように書かれてある。
王都から遥かに西にいったところに、こんな村があったのか。
「うおっ!? お前いつの間にいたんだ?」
呆然と看板を眺めていると、すぐ傍にいる槍を持った男性が叫んだ。
「うわっ、ビックリした!」
まさか、村の入り口に人がいるとは思っていなかったので、すぐ傍で叫ばれた俺は驚いた。
「いや、驚いたのはこっちだっての。お前、いつの間に村の前にきたんだ?」
「え、えっと、普通に歩いてですけど?」
「歩いて? おいおい、ここは一本道だぞ? 見張りの俺が気付かずに近付いてこれるわけねえだろ?」
「でも、現に俺はいますけど?」
まさか、転移でやってきました……なんて言えるはずもないので、あくまで歩いてやってきたと誤魔化す。
目の前に俺がいる以上、それを認めるしかこの男性にはないだろう。
毅然とした態度でそう告げると、男性は悔しそうに歯噛みする。
「それもそうだが……お前さん、見かけない顔だな? 少なくてもこの村の子供じゃない。一体どこから何の用できたんだ?」
しかし、男性の抱いた感情は疑問から怪しみへと変わった。
そういえば、そうだった。小さなコミュニティでは住民同士の繋がりはとても深い。
俺だってコリアット村に見かけない顔がいたら、すぐに気付く。
これが近隣の村や集落の子供で度々顔を出していたり、付き添いの大人がいれば怪しまれることはないだろうが、俺はどちらにも当てはまらなかった。
七歳児がフラッとやってきただけなのに不審者扱いされるとは悲しいが、前世に比べて魔物の脅威があったり地域で治安にも差がある以上仕方がないだろう。
だけど、仕方がないで俺の身元を明かすのは面倒だ。
紋章を見せて貴族である証を立ててもいいが、それで家に連絡がいったら意味がない。
結果として俺がやるべきは――
「あっ! あそこに何かいる!」
「ん? どこだ?」
大声を上げて指をさすと男性が視界から俺を外す。その瞬間、遠くにある木の傍へと転移。
転移してすぐに木陰に隠れた俺はこっそりと村の入り口を覗き見る。
見張りの男性が慌てふためいて俺を探しているのが遠目に見えた。申し訳ないけど、どれだけ懸命に探そうとも俺はそこにいない。既に転移して離れているのだから。
「ああいった小さな村には不用意に立ち寄らない方がいいかもしれないな」
俺は成人していないし、付き添いの大人もいないから目立つようだ。
どうしても目印にして転移したい時は、人から離れたところに転移することにしよう。
俺はそう心に決めて、次なる場所へと転移した。
◆
そうやって何度も転移を繰り返し、大きな街や小さな集落をいくつも通り過ぎることしばらく。積もっていた雪はなくなり、一面が荒野になっていた。
気温は遥かに上昇していて、まとわりつくような熱気が出ていた。
防寒着を着ていた俺はたちまち大量の汗をかいてしまう。
「あつっ!」
転移で一瞬にして移動をしていたせいか、気が付いたらこのような気候に突入していた。
夏手前くらいの温度がありそうだ。
汗をかいてしまった俺はたまらずに脱いで、亜空間から取り出した半袖に着替える。
そして、モコモコの防寒具は亜空間へと収納。
「はー、涼しい……」
すーっと肌を撫でる風が気持ちいい。半袖を着たのなんて随分と久し振りだ。
わかりやすい変化に転移を幾度となく繰り返してきた俺もさすがに新鮮感を覚える。
恐らく、ラズール王国に近付いてきたのだろう。荒野に入る前から草木がぱったりと見えなくなってきたし。
魔物や人との出会いを極力避けているので、旅らしい旅をしていないが景色の変化は楽しいものだ。
こうやって未踏の地域を記憶していくのは自分の脳内にある地図をマッピングしていくような感覚だ。
オープンワールド系のRPGの地図を細かくマッピングしていくタイプの俺としては、こういう地味な作業も中々に好きだな。
暖かい場所にまでたどり着いたので避寒地にやってくるという目標は達成だな。
でも、避寒地がなにもない荒野では面白くない。
避寒地である以上、くつろげるだけの魅力ある場所を見つけるべきだ。
それにどうせここまできたのだから砂漠だって見てみたいし、ラズール王国がどんな国か気になる。
「快適なスローライフをおくるためにも、ここで妥協はせずに避寒地足りえる場所を見つけるのが次なる目標かな」
面倒くさいけど、快適な生活をおくるために惜しんではいけない。一度、行けば転移でいつでも行けるようになるんだ。一度だけの我慢。
次のステップに進むため、俺は体内の魔力を確認する。
転移を百回以上繰り返しているが、極端に消費している様子はない。
魔力残量を経験で測るにコリアット村まで転移しても余裕だろう。
とはいえ、ここにくるまで何度も転移をしているせいか精神的な疲労はある。
魔力的にはまだ保つかもしれないが、俺の気力が保たないような気がする。避寒地域にやってきたことで緊張の糸が切れてしまったのだろうな。
一日で全てやり遂げる必要はないし、ここらで終わりにしよう。
わかりやすい目印のところまで行ったらコリアット村に引き上げる。
視界の中でわかりやすい目印になっているのは、遥か前方にある巨大な岩山。
前世のオーストラリアにあるエアーズロックのようにこんもりとしていて、表面はなだらかだ。高さは数百メートルほどありそうだ。
あれなら印象に残りやすいし、かなり高いところなので人気もない。
それに遠くまで見渡せるので次の転移がしやすそうだ。
シールドを足場にして遥か上空まで昇った俺は、岩山の頂上部分を目視。
その光景を鮮明に焼き付けて転移を発動すると、一瞬にして岩山の頂上にたどり着いていた。
「おお、砂漠だ!」
頂上からの見通しの良さは勿論のこと、俺に大きな感動を与えたのは彼方で見える砂漠地帯だ。
木々や草木は一片たりとも生えていない。ただただ、茶色い砂だけが広がっており地平線が見えている。
あの辺りからラズール王国の国土なのだろうな。そうわかるほど砂漠と荒野の境界はハッキリとしていた。
岩山のすぐ麓では湖が広がっており、そこを中心に民家が広がっている。
恐らく、あそこで入念な準備をして、人々は厳しい環境である砂漠に足を踏み入れるのだろうな。
うん、ラズール王国の玄関までやってこられたのなら一日の成果としては十分だ。
「よし、帰ろ」
岩山の頂上でしばらく座り込んで休憩した俺は、転移でコリアット村の平原に戻る。
すると、目の前の光景は砂漠から雪景色に早変わり。
「寒っ!」
そして、あまりの気温差に半袖であった俺は身を震わせるのであった。
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