いざ、避寒地へ
書籍8巻が発売しました。
そして、文庫版1巻が本日発売です。
書き下ろしもありますのでよろしくお願いします。
「はあ、早く暖かくならないかなー」
コタツのテーブルでうつ伏せになっているエリノラ姉さんがぼやいた。
その態度から何となく構ってほしそうな意図を感じる。
敢えてスルーしていると俺の足が軽く蹴られた。
チラリとエリノラ姉さんを見ると、構えとでも言うような眼差しを向けられた。
この場にはシルヴィオ兄さんやエルナ母さんもいるのだが、話し相手として指名されるのは俺のようだ。
「それは寒いから?」
「違うわ。雪が積もると思うように稽古ができないからよ」
ご期待通りに質問すると、エリノラ姉さんはサラリと答えた。
普通、早く暖かくなってほしいと願うのは気温によるものだと思うのだが、エリノラ姉さんは稽古が基準だったようだ。
「確かに雪が積もっていると除雪しないといけないし、溶けていたら稽古場がグシャグシャになっちゃうもんね」
「そうなのよ! 凍結していたら場所を変えないとダメだし、稽古の時間が減るのよね!」
共感するような言葉を投げかけると、エリノラ姉さんから次々と稽古時間が減少している理由が挙げられる。
普段は女子力の欠片もないエリノラ姉さんだが、こういったところは女性らしく喋り出すと意外と止まらない。ただし、それは稽古や剣に関連するものに限る。
このままだとエリノラ姉さんの稽古話を聞かされる羽目になるので、俺は隣で本を読んでいるシルヴィオ兄さんに話を振る。
「シルヴィオ兄さんは早く暖かくなってほしいと思う?」
「うん、やっぱり僕は寒いのが苦手だから」
シルヴィオ兄さんは本を読んでいたのにも関わらず、律儀に視線を合わせて答えてくれた。
エリノラ姉さんのまだ話し足りないというような視線が突き刺さるがスルー。
俺は共感だけで会話を盛り上げるタイプではないので、その辺は同性であるエルナ母さんかエマお姉様達で済ませていただきたい。
「アルはどう?」
「うーん、そうだね。寒さは魔法で何とかなるけど、やっぱり外に出るときや朝起きた時は辛いな。嫌いとまではいかないけど春の方が好きかも」
冬には冬の良さ、夏には夏の良さがある。
そのどちらかを否定するわけでもないが、やはり過ごしやすい春や秋の方が好きだな。
いつでも適温を維持できればいいのだけれど、魔法にも限界があるからな。
寝ている時は魔法を使うことができないし。
「ルーナの領地は暖かかったりしないかな?」
げっ、もしかしてエリノラ姉さん、快適に稽古をしたいがためだけにエリックの領地に行くつもりではないだろうか。
「ミスフィリト王国の気候はどこもそれほど変わらないわよ」
「えー」
しかし、エリノラ姉さんの希望はエルナ母さんの一言で潰えた。
そうだった、王国内にはそれほど気温差のある土地はなかったな。
「じゃあ、どこまで行けば暖かくなるの?」
どの辺りまで行けば暖かくなるのかは気になるところ。
「ラズール王国の近くまでいけば暖かくなると思うわ」
「うちと真反対じゃない。さすがに遠すぎるわよ」
それを聞いてエリノラ姉さんが呻いた。
「あっ、ちゃんと地理覚えてるんだ」
「あんた、バカにしてるわね?」
さすがに今の言葉は舐めすぎと捉えられたのか、エリノラ姉さんがキッと睨んでくる。
だって、エリノラ姉さんの普段の勉強の様子を見ていたらねえ。
にしても、ラズール王国か。
ナターシャさんの故郷であり、国土のほとんどが砂漠で年中暑い気候なのだとか。
隣接している国とはいえ、コリアット村はミスフィリト王国の最東端。距離としてはかなり遠い。
だけど、空間魔法で転移ができる俺にとって、距離の遠さというものはさほど問題ではない。
ラズール王国に行ったことはないが転移を繰り返して進んでいけば、すぐに行けるようになる。
避寒地としてラズール王国まで行ってみるのも悪くはないかもしれない。
転移の練習もできるし、魔力増量訓練にもなる。それに一度行って記憶してしまえば、次に観光でだって向かうことができる。一石二鳥以上だ。
よし、行ってみるか。そうと決まれば行動だ。
俺は軽やかにコタツを抜け出して、準備をするべく自分の部屋に戻るのであった。
◆
「よし、準備万端!」
外出する旨をサーラに伝えて、屋敷の外に出た俺は人気の少ない草原にやってきていた。
一面雪が積もっているので、草花の類はほとんど見えない。
残念ながら草原で昼寝さえできないが、今日の目的は昼寝ではなく転移を繰り返して避寒地に行くことだ。
ここなら誰もいないので悠々と転移できるというわけだ。
長旅になるかもしれないが俺には転移がある。魔力量を見誤らなければ、帰ってくるのは一瞬だ。
それに亜空間に必要な食料や水なんかも収納されているので荷物さえいらない。
その辺を散歩に行くような格好で遠出できるのだ。
空間魔法の長所が遺憾なく発揮されているな。
「……ラズール王国はミスフィリト王国のずっと西だね」
屋敷から持ち出して亜空間に収納している地図を確かめる。
ミスフィリト王国に西側に広大な国土を誇るラズール王国。
王都を越えて、ずーっと西に転移を続ければいいわけだ。
「俺が行ったことがあるのは王都までだから、王都に転移して、そこから西に転移し続ければ着く計算だ」
無茶苦茶な計画であれば、空間魔法があればそれで問題ない。
どこまで進めるかは俺の魔力次第だな。
逆にいえば、旅で唯一気を付けるのも魔力だ。
もし、魔力量を見誤れば日帰りは難しくなって魔力が回復するまで待機、あるいはどこかの街や村で一泊することになる。
七歳児の俺が一泊すれば、当然家族の皆が心配する。
トールの家やマイホームに泊まると嘘をついてもいいのだが、万が一確かめにこられたりでもしたらそれこそ面倒だ。
嘘を塗り替えるにはより大きな嘘を重ねる必要がある。やがて、それは綻びを生んで露呈する。
だから、冒険はしないに限る。
魔力量が怪しいと思ったら転移はせずに引き返すのが鉄則だな。
とはいえ、以前カグラまで長距離転移を成功させたことがある。
魔力の消費は激しかったが、一往復半するくらいの余裕はあった。
ラズール王国までの距離がカグラよりも遠いとは思えないが、念のために魔力には注意しておこう。逆にそれさえ守れば気楽なものだ。
外に行けば魔物がいるが、転移で移動すれば接敵することもない。
少しずつ転移して自分の中の地図を広げればいいのだ。
「じゃあ、まずは王都から」
前回と同じ建物の屋上をイメージして転移を発動。
すると、視界がぐにゃりと曲がり、次の瞬間には王都にある民家の屋上にやってきていた。
いつもながら圧倒的な利便性だ。馬車で一週間はかかる距離が一瞬だもんな。
王都へ転移でやってきたが魔力の消耗はほとんど感じられない。魔力量の問題はないな。
ここから向かうには西門を出て、西に向かい続ければいいのだが、門をくぐれば当然衛兵や騎士の検問を受ける。
コリアット村にいることになっている俺が王都にいられると知られるのはマズい。
大したことがない男爵家ならまだしも、俺の家は有名だし、アレイシアやラーちゃんといった知り合いも増えたことだしな。
情報の流出はないに限る。
門をくぐらない方法で移動するとなると――
「……やっぱり、空かな」
これが一番だろう。空から転移して越えれば検問に引っかからないし、人目にもつかない。
不法入国、不法出国万歳だ。
シールドで階段を作った俺は、そのまま王都の上空へと登っていく。
そして、視認されないように高度がとれたところで西門を確認。
目指すは避寒地、ラズール王国。
俺は遥か西を見据えて、転移を発動させた。




