ワラサビ料理
書籍8巻、本日発売です!
よろしくお願いします!
厨房に入るとワラサビの籠を台に置いて、洗い場で手を洗う。
「ワラサビをどう料理する?」
焼いてよし、煮てよし、揚げてよしの素材だ。どう料理するか迷ってしまうところだ。
「天ぷらにしようと思ってる。坊主は何か作ってみたいものとかあるか?」
「天ぷらいいね。俺はシンプルに醤油で焼いてみたいかな」
「おお、そっちもいいな。じゃあ、天ぷらと醤油焼きにするか!」
バルトロと俺の意見が一致したので、天ぷらと醤油で焼くことになった。
「じゃあ、焼く方は醤油に漬けこんでおこう」
ワラサビを塩水で軽く洗って半分ほどボウルに移した俺は、そこに薄口の醤油を注ぐ。
まだ生きている個体がいたのかワラサビが跳ねていた。
後はしばらく漬け込んで味が染みたら網で焼くだけだ。
俺がそんな作業をやっている内にバルトロは天ぷらの元を作り上げていた。
泡だて器でシャカシャカとボウルをかき混ぜている。
魔道コンロの鍋には勿論油が入っており、温められていた。
特にやることがない俺は、暇つぶしにめんつゆを作ることにした。
これがあれば今後の料理にも使えるし、天ぷらにつけて食べることもできる。
作り方は醤油さえあれば意外と簡単だ。
鍋に醤油、カツオ出汁、みりん、カグラ酒、砂糖を少量入れてひと煮立ちさせるだけ。
手順は簡単なのであるが、問題は材料だった。
カグラに行かなければ醤油、みりん、カグラ酒を豊富に手に入れることができなかったし、シルフォード領に行かなければ新鮮な魚を仕入れることもできなかった。
楽しさと同じくらい面倒なこともあったが、俺の努力は報われているのだな。
「坊主、なに作ってんだ?」
「天ぷらに合いそうな醤油ベースのソースを作ってたんだ」
「おお? 酒と出汁が入ってるのか? 醤油よりもまろやかで上品だな」
バルトロは煮立せているソースをスンスンと嗅ぐと、すぐに材料を当ててみせた。
これなら俺が教えなくても、勝手に作ってくれるかもしれないな。
「そっちはもうできた?」
「おう! ワラサビはいつでも揚げられるぜ!」
バルトロの持っているボウルを見ると、そこにはワラサビが衣に塗れていた。
後は揚げてやって、カラリと仕上げるだけ。
「だけど、せっかく天ぷらの日だから他の奴も入れようぜ」
「そうだね」
せっかく天ぷらを作るのだ。どうせなら他の食材も揚げた方が皆も喜ぶ。
野菜類を先に揚げる方が油が汚れずに済むので、俺とバルトロはキノコ、ニンジン、カボチャ、ピーマンなんかを下処理して、速やかに鍋に入れる。
ジュワアアアッと油の弾ける音が厨房に響き渡る。
「揚げ物といえば、この音だよね」
「ああ、いい音だぜ」
油の弾ける音をBGMにしながらバルトロは食材の下処理をはじめ、俺は揚がり具合を見守る。
「聞きました!? 今の音!? 絶対に揚げ物ですよ!」
「ミーナ、そんなに騒いだら厨房にまで聞こえますよ」
メイド達の控室の方から明らかにミーナのものとわかる歓喜の叫びと、それを嗜めるサーラの声が僅かに聞こえていた。
この音が響けば、誰かしらが反応するのがスロウレット家の日常だ。
そう、厨房の出入口に視線をやれば、風呂から上がったばかりのエリノラ姉さんがこちらを覗いているように。
食材を次々と揚げると、バットの上に乗せて油を切る。
そして、お皿へと美しく盛り付ける。
ひとまず、野菜を揚げ終わると次は本命であるワラサビだな。
だが、このまま野菜を放置していれば冷めてしまうことは明白。
「エリノラ姉さん、これをダイニングに持って行って皆で先に食べてて」
「ええ、わかったわ」
冷めてしまった天ぷらほどマズい料理はない。天ぷらは揚げたものをすぐに食べるのが一番だ。
つまみ食いを黙認する形でそう頼むと、こちらを覗いていたエリノラ姉さんは上機嫌に返事してお皿を持っていった。
しかし、そんなエリノラ姉さんはすぐに厨房に戻ってくる。
「ちょっと! ワラサビが入ってないじゃない!」
どうやらワラサビをつまめると思っていたら、野菜しかなくて文句を言いにきたようだ。
「ワラサビは今から揚げるから。ほら、天ぷらが冷めるから行った行った」
手を払ってシッシとすると、エリノラ姉さんは悔しそうにしながら厨房から出ていった。
「さて、俺達はしっかりと揚げたてをいただくとするか」
「そうだね」
料理をしているからといって冷めた天ぷらに甘んじるわけにはいかない。
俺とバルトロは味見用に盛り付けた天ぷらをそれぞれ摘まむ。
俺が口に入れたのは青々としているピーマンだ。
口の中でサクッと衣が弾け、ピーマンの旨味と苦みが広がった。
「うーん、衣がサクッとしてる」
「やっぱり、油で揚げると甘味がグンと増すなぁ」
バルトロの言う通り、野菜は高温で加熱すると甘味を増す。
まさに、天ぷらとの相性はぴったりだな。
つまみ食いをしながら天ぷら粉を油に垂らすと、しっかりと浮いてきたので百八十度になっていることを確認。
「おっ、もう十分な温度になったみたい」
「なら、本命といくか!」
バルトロがボウルを寄せてきたので菜箸でワラサビを持ち上げて、油の中へとスルリと沈める。
心地のいい油の音が鳴り、ワラサビが白く染まっていく。
あまりたくさん入れると油の温度が下がってしまうので、少しずつ入れて丁寧に揚げていく。
白い衣がきつね色になり、泡が小さくなれば熱の通った証。
それらを次々とバットに上げて、残っているワラサビを適宜揚げていく。
「そして、きちんとワラサビが揚がったかを確かめるのは――」
「料理人の務め! だな!」
俺の意図を勿論理解しているバルトロはそう言って、ニカッと笑う。
大好物としているノルド父さんには悪いけど、これは料理人の特権なので譲れない。
俺とバルトロは揚がったばかりのワラサビを摘まんで、口の中へ。
サクッと衣が弾けて、中に閉じ込められたワラサビの旨味が広がる。
「美味しい!」
「美味いな!」
味はししゃもに近いだろうか? 小さな身ながらも味がしっかりとしている。
内臓は敢えてとらなかったが、それがいい苦みとなっていた。
臭みなんてまったくなく、何匹でも食べられそうだ。
このままパクパクと全部食べたい衝動に駆られるが、それを必死に我慢する。
あまり食べ過ぎると、皆に恨まれてしまうからな。
「じゃあ、俺は漬け込んでおいたワラサビを焼くよ」
「おう、天ぷらは任せとけ」
もうワラサビにしっかりと醤油の味が付いた頃合いだろう。
煮詰めためんつゆを冷蔵庫に入れると、俺は七輪を持ってきて火をつける。
十分に網が温まったら、その上にワラサビを乗せていく。
まだ生きている個体がいたのか網の上でピチピチと跳ねる。しかし、それは儚い抵抗で火に炙られると、すぐに動かなくなった。
ワラサビに火が通るにつれて、とてもいい匂いがするようになった。
「あー、焼き魚の匂いと醤油の焼ける香ばしい匂いがするな」
「これもたまらないよね」
バルトロとなんて会話をしながら七輪に次々とワラサビを投入して焼いていく。
またこうやって七輪で焼いていくというのがいい。
今度は七輪も持っていって、釣り上げてすぐに焼いて食べるのもいいかもしれないな
◆
「ほい、ワラサビの天ぷらと醤油焼きだよ」
「「おおー」」
ダイニングルームに主役の料理を届けると、皆から感嘆の言葉が漏れた。
既に第一陣の野菜の天ぷらはほとんどなくなっている様子。
あまり時間は経過していないはずだが、相変わらず天ぷらは人気だな。
ワラサビの料理以外まで手伝う気にはなれないので、俺はバルトロと別れて席につく。
すると、目の前にサッと皿が差し出された。
「これ、アルの分の天ぷらだよ」
「おお、ありがとうシルヴィオ兄さん。ちゃんと守っていてくれたんだ」
目の前には全種類の天ぷらが盛られている。
どうやら俺の分をしっかりと保護してくれていたようだ。
「失礼ね。アルの分まで食べたりしないわよ」
なんてエルナ母さんがやや憤慨した様子で言うが、大皿に盛られていた天ぷらが九割ほどなくなっているので怪しいところだ。
大好物を前にしてノルド父さんがソワソワしている。
食べたいけどすぐに手を伸ばしたら、落ち着きがないと思われるのは嫌なのかもしれない。
「俺は厨房で味見したから、気にせずに食べて」
「「はーい」」
俺がそのように言うと、エリノラ姉さんやシルヴィオ兄さんがフォークを伸ばす。
それに続いてエルナ母さんとノルド父さんが続くような形でフォークを伸ばした。
「サクサクで美味しいね」
「癖もなくて食べやすいわ」
ワラサビの天ぷらはシルヴィオ兄さん、エリノラ姉さんにも好評のよう。
エリノラ姉さんなんてもう二匹目に手を出している。
「うん、美味しい」
ワラサビを食べているノルド父さんが実に満足そうな声音で言う。
短い言葉であるがノルド父さんが心の底から言っているのがよくわかる。
よっぽどワラサビが大好きなようだ。
隣にいるエルナ母さんもノルド父さんを見てニコニコとしている。
「こっちに塩とめんつゆがあるからよかったら付けて食べてみてね」
「めんつゆ? 醤油じゃないのかい?」
俺がそのように勧めてみると、ノルド父さんが首を傾げる。
今まで天ぷらはそのままか塩につけて食べていたからわからないのも無理はない。
それに色だって醤油とほとんど一緒なのだし。
「醤油をベースにしたソースだけど味がちょっと違うんだ」
「そうなんだ。じゃあ、付けてみるよ」
ノルド父さんがワラサビをめんつゆに少しつけて口に運ぶ。
「塩もいいけどこれもいいね! 醤油に似ているけどあっさりとして食べやすいよ」
感激するノルド父さんに釣られて、エルナ母さんもワラサビをめんつゆに付ける。
「あら、本当ね。醤油よりも上品でワラサビによく合う」
どうやらエルナ母さんの舌にも合ったようだ。
そのままで食べたり、塩で味わうのもいいけど、たまにはめんつゆで食べるのもいいよね。
天ぷらの方を厨房で食べた俺は、先に醤油焼きを食べることにする。
「あっ、これも美味しい」
ワラサビほんらいの味とほんのりと香る醤油の風味。それが絶妙なバランスだ。
「白ご飯が欲しくなるわね!」
まさしくエリノラ姉さんの言う通り。
もし、明日の分まで残っていたら朝食は、ワラサビの醤油焼きと味噌汁、ご飯だけで十分だな。それだけで満足できる。
ミーナやサーラが他の料理を持ってきてくれるが、皆は主役であるワラサビに夢中だった。
「あなた、味はどう?」
「うん、今年のワラサビも美味しいよ」
「そう、よかった」
満足そうに味わっているノルド父さんを見て、エルナ母さんは我がことのように喜んでいる様子だった。
いつもなら見ているだけで胸やけがしそうになる甘酸っぱい光景であるが、今回はノルド父さんの大好物なだけあってか安心して見ることができた。
ノルド父さんがこんなにも喜んでくれるのであれば、また機会があれば釣りに行ってもいいかもしれない。
『今後に期待!』
『続きが気になる!』
『更新頑張れ!』
と思われた方は、下のポイント評価から評価をお願いします!
今後も更新を続けるためのモチベーションになりますので!
次のお話も頑張って書きます!




