釣果
書籍8巻は5月9日発売。明日です!
文庫版1巻は5月11日発売です。
両方とも書き下ろしついております。
電子版もありますのでよろしくお願いします。
かまくらの中にいる俺は、水面を見つめながらくいくいっと竿を上下に振る。それからしばらくして、再び上下にくいくいっと。
すると、微かに竿に引きらしきものがあった。
「あっ、今クンッてなった気がする」
「それが引きだぜ」
「えっ!」
「もうおせえよ」
慌てて引き上げてみるも、トールの言う通り針先にあった餌は見事になくなっていた。
どうやらワラサビが悠々と食べていったようだ。
「思っていた以上に当たりが弱いんだね」
「小せえ魚だからな」
「だけど、今ので当たりの感覚は覚えたよ」
獲物を逃してしまったが感覚はわかった。次がきたらすぐに引き上げてみせる。
そう意気込みながら針先に餌をつけて、再び水中に投下。
先ほどの深さで引きがきたので、深さは変えずのチャレンジだ。
同じように水中に糸を垂らして待機。
「あっ! 釣れた!」
「おめでとうございます、エリノラ様!」
「いい大きさのものが釣れましたね~」
対面に座っているエリノラ姉さんは見事にワラサビを釣り上げていた。
エリノラ姉さんは俺の視線に気づくと、どうだとばかりにしたり顔をした。
ちょっとムカつくので、こちらとしても釣り上げたい。
たくさん釣っておかないと、今後こういう行事があった時に稽古が回避できる可能性が減ってしまうからな。
そう意気込みながら誘いの動きを繰り返すと、竿に微かな引きがきてしなった。
それが当たりだと確信した俺は即座に引き上げる。
「よし、俺も釣れ――あああああああー! 氷に引っかかった!」
水面ギリギリまで引き上げられたワラサビが見えた。確かに見えたのだが、それは氷に引っかかったせいか針から外れてしまった。
確実に釣れたと思っただけに逃げられた衝撃は大きい。
「ワラサビも走るから竿を動かさないと」
アスモが優しい声音でアドバイスをくれるが、走るという言葉の意味がわからない。
「走るって何?」
「泳いで暴れるってこと」
「ああ、それに合わせて引き上げろってことか」
俺がそう言うと合っていたらしくアスモは頷いた。
それもそうだな。ワラサビだって釣られまいと必死なんだ。こちらも全力で引き上げなければならない。
釣り上げる時こそ油断してはならないということだろう。
それを意識しながらワラサビを待ち受ける。
「きた!」
その間にエリノラ姉さんは次々とワラサビを釣り上げる。
野生的な勘の良さと反射神経を誇るエリノラ姉さんに、ワラサビ釣りはとても相性がいいようだ。
それをボーっと眺めていると、こちらの釣り竿にも引きが来た。
先程よりも感触が重い気がする。もしかすると、大きめの個体かもしれない。
微かな期待を抱き、ワラサビが暴れるのに合わせて竿を動かして、そのまま引き上げる。
「釣れた! しかも、二匹同時!」
五本ある針先の内、二本にワラサビがかかっていた。
道理で引きが少し強いわけだ。
先程は油断もあってか二匹逃がしてしまったが、結果としてそれを取り返すことができた。
釣りというのはのんびりするのもいいが、こうして釣れる方が嬉しいものだな。
「いきなりに二匹とはやるじゃねえか」
「今のはいい引き上げだった」
この結果にはトールとアスモも素直に褒めてくれた。
いつもは口を開けば憎らしい言葉ばかり投げかける二人だが、ワラサビ釣り初心者をいびるような意地の悪さはないらしい。
「エリノラ姉さんは一匹ずつなんだ?」
「……今に見てなさい。あたしは五匹同時に釣り上げてみせるから」
俺が挑発するように言うと、エリノラ姉さんはわかりやすくこめかみをヒクつかせて答えた。
「へっ、アル達に負けてられねえな! 今から誰が一番多く釣れるか勝負しようぜ!」
「いいね~」
俺とエリノラ姉さんの言葉に触発されて、誰がワラサビを多く釣れるかという競い合いが始まる。
これまではのんびりとした釣りの方が多かったが、たまにはこういう釣りも悪くないと思った。
◆
「坊主、嬢ちゃん、そろそろ帰るぜ」
かまくらの入り口でこちらを覗き込んできたバルトロの声が、俺達の競い合いの終了の合図となった。
集中の糸が切れたのか、かまくらの中ではどこかホッとしたような空気が漂う。
「皆、どれくらい釣った?」
俺がそう言うと、皆が釣り上げたワラサビを数え始める。
「俺は八」
「私は九匹です」
「私は七匹~」
「五匹だね」
トール、エマお姉様、シーラ、アスモが順に釣果を述べていく。
残っているのは俺とエリノラ姉さんだ。
エリノラ姉さんの表情は余裕だ。つまり、それは俺と同じくトール達の数を上回っている証にならない。
つまり、俺とエリノラ姉さんの一騎打ちだ。
「アルは?」
しばらくにらみ合った末にエリノラ姉さんが短く尋ねてくる。
「十匹」
俺がそう告げた瞬間、エリノラ姉さんは不敵な笑みを浮かべた。
まさか……っ!
「十一匹よ」
にんまりとした笑みを浮かべながらのエリノラ姉さんに、俺以外の全員が感嘆の声を上げた。
「えー! 一匹負けた!」
「残念だったけどアルの負けね」
わかっている事実を改めて言ってくるエリノラ姉さんがムカつく。
「たった一匹だけで偉そうに」
「その一匹が重要なのよ」
ぐぬぬぬ、勝負の世界に些末な差など意味はない。勝ったのか負けたのかそれが重要なので、エリノラ姉さんの言葉はまったくの正論だ。
それがわかっているのでなおさら悔しかった。
同時釣りで取り返したとはいえ、やはり逃がした獲物は大きいというわけか。
◆
「ただいまー」
「お帰りなさい、ワラサビはたくさん釣れたかしら?」
トール達と別れて屋敷に帰ってくると、玄関でエルナ母さんが出迎えてくれた。
「うん、ちゃんと皆が食べられるくらいに釣れたよ」
俺とエリノラ姉さんの釣果で二十一匹。さらにバルトロは一人で二十二匹という恐るべき釣果を叩き出していた。
俺とエリノラ姉さんが合わせても敵わない。さすがは雪国出身だけあって、ワラサビ釣りにもこなれているようだった。
「ならよかったわ。ノルドに伝えておくわね」
ワラサビが十分に釣れたことを知り、エルナ母さんは満足そうに笑ってリビングに引き返す。
勿論、妻であるエルナ母さんはノルド父さんの大好物は知っており、ワラサビがたくさん食卓に上ることを純粋に喜んでいる様子だった。
相変わらずノルド父さんのことになるとエルナ母さんは甘くなるな。
「さて、早速夕食の準備といくか」
「俺も手伝っていい?」
「おお、いいぜ。その方が助かる」
せっかく自分で釣り上げた魚なのだ。料理にも関わってみたい。
自分で獲って、自分で料理する。それも釣りの醍醐味だ。
「あたしは先にお風呂に入るわね」
エリノラ姉さんは自分で料理することに微塵も興味がないのか、そう言うと自分の部屋へと消えていった。
まあ、エリノラ姉さんが料理を手伝うなんてほぼないので予定調和だ。特に驚くべきことではない。むしろ、手伝うなんて言われた方が困ってしまうからな。
俺とバルトロはワラサビが入った籠を持って厨房へ移動することにした。




