コタツ
トリーがコリアット村から去った後、俺はエルマンの工房に出向いて改めてバトル鉛筆の増産を頼んだ。
王様に献上をする以上、一本だけ渡せば終わりというわけにはいかない。身の周りの人と一緒に遊べるくらいの本数は用意しておくべきだろう。
俺の遊ぶ分を渡すことはできないので、追加で発注しておかないと足りないからな。
素体こそ作ってもらっているものの仕上げるのは王様からの返事がきてからだ。
既に他のバトル鉛筆や王様オリジナル仕様の構想もできているので慌てる必要はない。
そういうわけで俺にいつもの日常がやってきているというわけだ。
「うーん、ちょっと寒いな」
暖炉を稼働しているがリビングの空気がどこか冷たい。まだ火をつけたばかりだろうか、全体的に空気が温まっていなかった。
俺は寒がりであり、寒いのは嫌なので火球を生成して部屋を暖めようとしたが、ふと我に返った。
「そうだ。今年はコタツがあるんだった!」
以前、冬に作ろうとして四苦八苦したコタツ。
安全性の高いコタツを再現するには魔道具に頼るのが一番。
しかし、去年は年齢が低く、王都に入ったことがなかったので魔道具が買えず、火魔法と暖炉で冬を過ごしていたのである。
勿論、火魔法があれば十分に快適であるが、やはり冬にぬくぬくとするならコタツの中と決まっている。
そうと決まれば早速行動あるのみだ。
俺はリビングから急いで飛び出して、二階の自室に移動。
空間魔法で亜空間からコタツ用のテーブルと掛布団を取り出し、魔道具店で買った火の魔道具を取り出した。
コタツ用の火の魔道具はとても薄っすらとした銀色の板で、その上に魔法文字が描かれている。
そこに魔力を注いでやれば、しばらくの間は温かな熱を発する仕組みだ。
「……これをコタツの裏側に設置して、足が当たっても大丈夫なように断熱材のカバーをかければ完成だ!」
元々去年の冬に出してやろうと思って用意していたので、あっという間に完成した。
俺の部屋には見事なまでのコタツが君臨していた。
とはいえ、コタツというのはリビングに設置するもの。自分の部屋に置いておくものではない。
寝室に置いておく方がいいじゃんという意見もあるが、俺はそうは思わない。
なぜならば寝室にはベッドがあるからだ。室内に同じ休憩場所はいらないのだ。
寝室ではない広いリビングでぬくぬくダラダラすることに異議があるのである。
サイキックでコタツを持ち上げた俺は、そのまま階段を降りてリビングへ。
疑惑の眼差しを向けてくるシルヴィオ兄さんを無視して、リビングの中央にコタツを設置する。
ちょうど床にはカーペットも敷かれているし、床を傷つける心配もないな。
コタツを置いた俺はすぐに中に入り、魔道具に魔力を注ぎ込む。
すると、板に刻まれた魔法文字が赤く発光し、そこから熱が発生した。
最初はそれほどで暖かくなかったが、密閉された内部が徐々に暖かくなる。
「ほわぁ……あったかい……」
下半身がと温められているのを感じ、俺は思わず弛緩した声を上げた。
あー、これこれ。この感覚を待っていたんだ。
ストーブや暖房、暖炉、火球とも違ったじんわりとした暖かさ。なんともほっこりとさせてくれるじゃないか。
「アル、それはテーブルの間に布団を入れているのかい?」
「うん、そうだよ」
「まさかテーブルの下で眠るために……?」
コタツを知らない人からすれば、そういう意図で挟んでいると思うのかもしれない。
「それも理由の一つだけど最大の理由じゃないんだよね。シルヴィオ兄さんも入ってみるといいよ」
俺がそう言うと、シルヴィオ兄さんは小首を傾げながら本を持ってやってきた。
そして、布団をめくって俺と同じように足を入れる。
「うわっ!」
コタツの暖かさに驚いたのか、シルヴィオ兄さんが後退った。
そんな微笑ましい様子を見て俺はクスリと笑う。
「内部に火の魔道具があるんだ」
「なるほど、暖房器具の一種なんだね」
暖房器具とわかると安心したのか、シルヴィオ兄さんは改めて足を入れた。
「ふわぁ……暖かい」
すると、シルヴィオ兄さんはすぐに表情を弛緩させた。
「いいでしょ、これ」
「うん、よくこんなものを思いついたね。僕は足先が冷えやすいからこれは本当に助かるよ」
シルヴィオ兄さんの想いには共感できる。我が家では俺達が一番寒がりだからね。
「アル、ここで本を読んでもいいかい?」
「いいよ」
コタツでは他人に迷惑をかけない限り、喋ろうが、本を読もうが、ボーっとしようが自由だ。
コタツでぬくぬくとしながら本を読むのも醍醐味の一つ。
シルヴィオ兄さんが本を開くのをよそに、俺はサイキックを使ってテーブルの上にあるドライフルーツを拝借。さらにスライム枕も引き寄せた。
土魔法で二人分のコップを生成し、水魔法でそこに水を入れた。
「はい、スライム枕とお水ね」
「ありがとう」
やっぱり、コタツの上にはこういうお茶菓子も必要だよね。
オレンジのドライフルーツを摘まむと、俺はそのままスライム枕を敷いてうつ伏せに寝転んだ。
すると、ちょうど視線の先はリビングの入り口で、エルナ母さんが珍妙なものを見る目をしていた。
妙な角度で視線がぶつかり合う中、俺はオレンジを口に入れた。
ああ、濃縮された甘味がとてもいい。
「カタツムリごっこでもしているの? テーブルの下で寝るなんてお行儀が悪いわよ」
「違うよ。コタツの中で暖まっているんだって」
「コタツ?」
「暖房器具だよ」
暖房器具と言われると気になるのか、エルナ母さんの表情が真剣なものになる。
「……確かに魔力が感じられるわね」
エルナ母さんはそう呟くと、こちらに近付いてコタツの布団を捲り上げた。
「テーブルの下に熱を発する魔道具があるわ。それを布団で覆うことによって熱を密閉し、温度を維持できるってわけね」
「そういうこと」
さすがはエルナ母さん、こういう便利な道具を見た時の理解が早くて助かる。
意外と何度も説明するのは面倒だからね。
「……ふーん」
意味深そうな言葉を漏らしながら、こちらに視線をやるエルナ母さん。
最初にお行儀が悪いと言ってしまった手前、自分からコタツに入りづらいのだろう。
エルナ母さんが何を欲しているかわからない息子ではない。
「エルナ母さんからもコタツの使い心地を聞いてみたいな」
「そう。それならば、どんなものか確かめてあげるわ」
息子からコタツの使い心地を依頼されるという大義名分を得たことで、エルナ母さんは自身のプライドを傷つけることなくコタツに入れるというわけである。
服が皺にならないように楚々としながらエルナ母さんがコタツに足を入れる。
「――あっ!」
エルナ母さんの口から漏れた吐息のような言葉と表情で全てを悟った。
……堕ちたな。
じんわりと伝わってくる熱でエルナ母さんの表情がどんどんと柔らかいものになっている。
そして、エルナ母さんは俺と同じようにうつ伏せに――
「はっ! いけない! いつの間にかアルと同じカタツムリになるところだったわ!」
さすがはエルナ母さん。いきなりコタツ上級者の体勢に入ろうとするとは。
考えるのではなく、身体が無意識にもっとも安らげる体勢に移行する感じだったな。
やはり、エルナ母さんは芯からの堕落体質なのだろう。
「いいじゃん、カタツムリ」
「ダメよ。行儀の悪い」
とはいえ、俺達が見ていないところで絶対試すだろうな。俺だけでなくシルヴィオ兄さんも確信しているに違いない。




